文化・芸術

2009年1月12日 (月)

ターナーはターナーにあらず。ン?

   ぼくのこのブログでは、しょっちゅう美術のことが話題に上る。
 大好きなテレビ番組にテレビ東京『美の巨人たち』があるからだ。毎週土曜日、夜10時から。これを観るとすぐに猛烈に美術の話をしたくなる。ほとんどビョーキ。

2009y01m11d_115744218  テレビ東京で放映のこの類いの美術番組には長い歴史がある。
 一番有名なのが『美の美』。内容的にはこれが頂点を極めているだろう。本当に毎週楽しみで(でも毎週やっていたか?)、食い入るように興奮して観ていた。
 案内役は映画監督・吉田喜重で、例のごとくのボソボソ口調で作品を語っていく。これがいいんだなぁ。味があって。才能ある裏方たちのサポートがあったにしても、彼独自な映画目線での作品描写、カメラの動き、訥々とした語り(内的モノローグ)は、まるで吉田映画の世界で。彼の作品としても傑作のくくりで評価したい。
 その前のも良かった。何てタイトルだったかな? 芸能人のリポーターがやはり「芸術家」・「作品」を訪ねて、その舞台となった「土地」を旅する内容だった。ライトな美術番組ね。世界名画の旅、って感じの。

 偶然というかまぁ当然なのだが、番組はすべて「日経映像」が下請制作している。以前の仕事の関係で、その制作スタッフの中心人物と知り合いだったことを思い出す。美大教授、美術館学芸員のように博識で、番組コンテンツを企画するわけだから感性も鋭い。ユニークでもある。人間だもの、好みには癖がある。嫌いな画家は一度たりとも出てこない。好きなのは何度も別の切り口から企画にのぼる^^;
 ぼくらは会えば、肝心の仕事の打ち合わせ以上に、制作「秘話」「裏話」で盛り上がっていた。
 映画も文学も音楽もそうだが、美術の話は本当に楽しい。精神が昂揚してくる。

 そこで今日のテーマ。“美は・・・歓喜の極みのうちに見出されるものなのか?”
 しかしすでにして予告しておけば、答えは次回持ち越しとなる。時間がないんだ(笑)。
 ゴメンナサイ。

 週末放映された『美の巨人たち』はターナー特集だった。2009y01m12d_071454703
 二年前の五月末にも、ターナーは特集されている。
 そのときの「mixi」記事がある。お詫びついでに(?)、自分の文章なのでいきなり引用して“お茶濁し”してみたい。二度目のゴメンナサイ。ほんとに時間がなくて。結構、身体疲労がしんどくて。でも書かないわけにもいかない追い込まれた情況なので(苦笑)。

 以下、一時間以内で仕上げます!

 
 
 今夜の『美の巨人たち』は、ぼくの大・大・大好きターナーの特集だった。
 ぼくのハンドルネームは、ひとつに、彼のこの名前に由来する。
 Joseph Mallord William Turner(1775-1851)。英国美術史で最も偉大な画家。ぼくが死ぬほど好きな画家だ。
 
 彼は、もちろん、フランスの印象派の画家たちの“父”(いいかい、しっかりとこの点をおさえておくように!)としても知られており、ある書簡ではドガ、モネ、ルノアール、ピサロが連名で署名して彼の業績を絶賛しているほどだ。
 彼の後期作品群が無かったら印象派は生まれていなかった。
 その決定的な作品が『ノラム城 日の出』(1845頃?)だ。2009y01m11d_115732000_2  

 26歳のときだった。ぼくはマユさんと一緒にテート・ギャラリーを訪れてこの絵を観ている。
 ターナーとブレイクと『オフィーリア』で有名なジョン・エヴァレット・ミレイの絵が見たくてテートに出掛けたわけで。テート詣(もうで)は永遠の憧れ・聖地巡礼だった。
 と、一度話を振っておけば専門家のマユさんなら、さらに詳しく日記に書いてくれることだろう。
 今日のブログの後半は「あなた」のmixi日記を長文引用させていただいて、「お茶を濁す」(笑)。でもそれでいいよね、マーちゃん?

 
2009y01m12d_073255031_2   このターナー、人生の途中までは英国一の、誉れ高き写実主義・ドラマチックな迫力のある歴史絵画の世界でアカデミーの頂点に君臨していた風景画家だったが、どの時期だろうか、ヴェネチアへのスケッチ旅行あたりか? 絵の様子が大きく変わっていった。

 輪郭線はほとんど消失し、タブロー全体がぼやけた大気に包まれたようになり、光と風と立ち上る蒸気と煙とが・・・渾然一体となった摩訶不思議な曖昧模糊とした幻想的な色彩世界でキャンバスが塗りこめられるようになっていく。
 ターナー自身が意図的に、色彩の曖昧さを強調するために絵の具にビールを混入したと語る学者もいる。筆先でなく指を使ってボカしたり、筆の柄の部分をキャンバスに擦りつけるようにして絵の具をのせてみたりもしている。
 この画壇の超売れっ子画家は、そのとき以来、批評家たちも含めて一般の人々から“気がふれた”“愚行”“理解不可能”と散々に酷評され、無視され、時の話題から遠く外れ、本当に行方不明となってしまう。
 アガサ・クリスティーにも「失踪事件」がある。実にミステリアスな事件だった。その真実を解明すべく(?)映画もつくられている。一体、この空白の日々、彼女に何が起こっていたのか? そこには“ある愛”が絡んでいるのではないか? ぼくが想うに、誰だって、だいたいこうなる^^; しかしターナーは違っていたね。 

 ターナー失踪事件。
 しばらくして、ロンドン・南西部の街チェルシーのテムズ河畔に一人の退役軍人と称する老人が住みつく。近所付きあいもなく、階上のテラスで朝な夕なテムズ河の風景を描いて日々を過ごしていたそうな。
 彼の死後、その部屋に残されていたのが『ノラム城  日の出』だった。
 
 今夜の番組はよく作られていた。根っからのターナー・ファンのこのぼくも驚く新情報が盛り込まれていた。 (・・・省略・・・)

2009y01m11d_115753328  六本木の新国立美術館では『大回顧展 モネ』が開催中。
 印象派の輝かしい始まりの一枚とされるモネの『印象・日の出』を思い出してほしい。
 いかにターナーの世界に影響されてあれが描かれたか、いかに強烈な“印象”をモネに与えたか、あるいはその類縁性・近親性の絆。そうしたことがよく理解できる。

 ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーはそれほど偉大な画家なのであります。

※1. 『ノラム城 日の出』は、よほどこの構図が気に入っているのか、ターナーは何枚かの同一の絵を残している。はじめのうちは中央に見える廃墟ノラム城をリアルに描いているし、河畔の風景も牛もリアルだ。しかし次第に輪郭が溶けていくように、光と靄の世界と化していく。多分、普通じゃ、訳わかんネーッって絵だろうな。
 2. 映画『アガサ 愛の失踪事件』(マイケル・アプテッド監督・79年/ヴァネッサ・レッドグレイヴが主演。共演はダスティン・ホフマン。撮影のヴットリオ・ストラーロの芸術的映像が素晴らしい!  作品全体としては68点だが^^)

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2008年11月 8日 (土)

フェルメール講義 Ⅲ

 最終回としたい。

 (もしかするとこのブログ自体の最終回にもなるかもしれない。)

 モト原稿に、若干、手を加えさせていただく。
 現在形におきかえて、本論考のエンディングとしたい。 
 
 

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2008年11月 7日 (金)

フェルメール講義 Ⅱ

2008y11m17d_141033484  お約束通り、きょう一日中ここにぶら下がっていたなんとも奇妙な果実ならぬ日記風文章、《白日の幻想》的なのは削除いたしました。

  [それから、オリジナルCDについては今日時点で未発送です。申し訳ございません。
 まだ焼いてもいません。馬鹿野郎な奴です。困ったものです。
 来週アタマにはと思っていますが、保証の限りではございません。悪しからず。]

 画像の件はまだ未処理ですが、以下、フェルメール論の講義、そのⅡを掲載しておきますので、とりわけ「フェルメール・ブルー」にご興味がおありの方は続けて読んでいただきたいと思います。

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2008年11月 3日 (月)

フェルメール講義 Ⅰ

2008y11m03d_211551188  映画『男と女』の話、予定ではその続編を書くということだったが・・・・・・

 緊急寄稿。

 いましがたまでTBSで『フェルメールの暗号』という番組が放映されていた。
 現在、これまでの日本には無かった熱いまなざしがフェルメールに注がれている。
 美術館も明日からさらに混み出すだろう。

 そこで、

 文化の日の夜でもある。今夜から3回ほど連続して《フェルメール講義》というのを始めてみたい。
  ぼくなりにフェルメールに決着をつけてみよう。。。

 『男と女』、パリやドーヴィルの話は、講義の幕間にすることにして。

 この「講義」は、もちろん美術史の授業ではない。
 映画映像論を中心にした「フェルメール/イマージュ原論」だ。なんて「」つけちゃって^^。

 こうした内容の映画/イマージュ原論を、月に三本のペースで記事にしていたのが『思念魔亭日乗 其の壱の巻』だった。このブログの前身、借り物のホームページでやっていた。誰も読みそうにない論文を一人の読者だけでいい、その人に読ませるがために、せっせと書く。それだけのことだ。

 今回の「フェルメール講義」の原テクスト、A4判にプリントアウトして11枚の分量。
 日乗(永井荷風流の「日記」の別称)でもあるので、日付がある。春か秋か、時間は?と、季節性・時間性を色濃く帯びた内容で展開している。もちろん、そのときの“情動”を最も大切にしていた。だから、少々自虐的な暴露話も出てきていた。
 文章はそうあるべきだと意識していたのだ。
 つまりは“いま・ここで”しか書けない文章。書かなければ意味も価値もない、そんなエクリチュール、書くということ、書かれた文字、作品づくり・・・。

 ぼくはいつでも一心不乱に一気に書いていく。2008y11m03d_212110970
 一晩中でもキーを叩き続ける。小分けにして数日かけることができない。血圧200の状態を維持してテンション高いまま仕上げたいクチなのだ。クールダウンする自分が嫌なのだ。
 だから、いつか、そのまま突き抜けて死んじまうと思っている。白鳥の歌? それほど悲観的な心情ではないが、書く姿勢の信条とは、休まないで自分を痛めつけても“一気に”である。
 だからお願い(ってテレサ・テンの声で^^;)、
 ぼくの一気と“気”を合わせて、ぼくのそばで同じ勢いで読んでいただきたい(と思う)。

 あなたがたはもう「ぼくの教室」から外に出られやしない。小林薫よりはもう少しトーンが明るめの声。微笑んでいるから。あなたに語れる幸せにひたっているから。
 クリス・へプラーを物真似してみようか、それとも伊武雅刀風にやってみようか。ブラウン色のセルの眼鏡で、『大停電の夜に』のトヨエツを気取って、カウンター越しの「講義」にしてみようか。
 ・・・バーボンか赤ワインか、ぼくの大好きな「ラムトニック」のご用意を(ハンカチは、たぶん、要らない)。

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2008年10月21日 (火)

アリス、愛と死

 午後の時間、なぜかずっとポゴレリチを聴いていた。2008y10m09d_140804888

 資源ゴミを出す日なので早朝に一度起きて片付けをした。
 下の息子が喘息の発作で学校を休むという。えっと驚く。いつ以来だろう。幼児期から吸入器は小旅行のホテルについてまわっていた。北京にもニューヨークにも、あれほど空気が美味しいポリネシアの南の島にも。この生命維持装置は手荷物で大切に運ばれていた。
 彼は小6年の頃にひどい発作を起して順天堂病院に入院していたことがある。中学生になって、すっかりおさまったかと思えた。内心ホットしていた。完治したと安心しきっていた。
 高3の今ごろになって、再び、ヒューヒューと苦しそうな呻き声が部屋から漏れ聞こえてくる。

 ぼくもこの数日、何だかとっても疲れていて食欲がなく、昨晩も今朝も食べていない。

  ひみちゃん、お気遣いありがとうね。確かにひどく高血圧。
 この二、三日、東京は快晴にもかかわらず、遥か東の海には不気味なほど静かに巨大な低気圧(台風)がゆっくり北上して来ている。その影響なのだろうか、敏感にも察知しての息子のこの喘息・・・。

 ゴミ出しを終えて七時半には再びベッドにもぐりこみ、昼近くまで眠りこけていた。変な夢ばかり見ていた。昔の会社関係の知り合いたちが沢山出て来ていた。現実的なようでかなり出鱈目なストーリーだったように記憶している。さっきまで覚えていたんだが^^。

2008y10m21d_000937729  珈琲はきちんとドリップで淹れる。
 テレビドラマ『優しい時間』のマスターになった気持ちで、キッチンに立ち、鼻歌まじりで渦巻き状にお湯を注いでゆく。
 マスター役の寺尾聰の妻を演じていた女優はカミさんの高校時代からの親友で、ノブ、ミーと呼び合い、共に合唱部で歌をうたっていた。カミさんはピアノ伴奏役。いい女優だ。ほかの俳優たち、二宮も長澤も、麿赤児もみんな良かった。このDVDをぼくに贈ってくれた人に今でも感謝している。
 うちのキッチンのシンクまわりは一枚の大きな耐水耐熱テーブルになっていて、珈琲はここで飲める。食事もできる。
 熱いのを口先で啜っていたら、ポゴレリチがむしょうに聴きたくなってきた。2008y10m21d_001009619


 どうして? そのワケは知らなかった。気にもしていなかった。

 この前、ぼくが世界で一番大好きなCDということでスカルラッティのソナタ集を挙げたばかりだから?  昨日のブログで「YouTube」のお宝映像に触れてたから?

 夕方になって、今日10月20日がポゴレリチの誕生日だと気づいた。
 まさか手帳のカレンダーに控えたことなんてないし、プルーストのように無意識的な記憶がどこかに潜んでいたとも思えない。
 たまたま、であり、まさかの偶然、にすぎない、と思う。
  
 けれどこの地球上の、彼のファンたちのことを想えば、数千・数万・いやもっと多くの女性たちがそれぞれのやり方で彼の誕生日を祝っているに違いない。

 そうだ、彼のお祝いのために、部屋中を花で飾ろう。

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2008年8月17日 (日)

シカゴ、水と光の匂い

  アニミズムの考え方が支配的な神道では、自然崇拝の立場からあらゆる物には霊的なものが宿っているとされ、とりわけ神霊的な力が強く依り憑(つ)く物体を依代(よりしろ/憑代)という。物でなくそれが人の場合は依巫(よりまし)と呼ばれる。

 その依巫が今のこのぼくだ。

 ぼくはすっかり依巫と化して、この一週間、「あなた」が憑依したままの精神状態が続いており、ぼくの声(思考)はすなわち「あなた」の声と同一の響きとなっていた。

 そこで以下のブログを、「あなた」の声、「あなた」の息吹のままに、書いてみる。


 ことのすべてはクリストファー・ノーランの『ダークナイト』が発端となっていることは、間違いない。
 あの映画を観ていて、ぼくはミースの世界で生きている気がしていた。

 ミース・ファン・デル・ローエ。Photo_11
 20世紀モダニズム建築を代表するドイツの建築家。ル・コルビュジエ、フランク・ロイド・ライトと並ぶ近代建築の巨匠のひとりだ。

 かつてイリノイ工科大学の(給費)交換留学生としてシカゴに長期滞在していた「あなた」は、あの街でミースの建てたビル建築のフィールド調査を行い、ミースについての長文の論文を書いている。
 帰国後、T大・建築学科に出された論文のタイトルは、ぼくの記憶が正しければ『“死都”シカゴの建築  ミース・ファン・デル・ローエとモダニズムの終焉』だったと思う。
 写真資料を含むその圧倒的な分量と博士論文にも匹敵する質の高さにおいて、当時の教授陣に大きな衝撃をもたらした。原文は独語という噂もあったがそれはミースがドイツ人であったためで正しくはない。現地で大学に提出された論文は英語で書かれたものだった。

 おおもとのバットマンの物語は“ゴッサム・シティ”という架空都市が舞台になっている。明らかにあの街はシカゴがモデルだ。
〔とはいえ、推測でなく事実を語っておけば、ゴッサム・シティとは『スケッチブック』の作家アーヴィング・ワシントンが名づけたニューヨーク・シティのあだ名ではある。〕

 今回の『ダークナイト』では、前作にまして、主要シーンの大半は徹底したシカゴ・ロケが敢行された。
 これがなんとも決まっている。クリストファー・ノーラン監督の描く世界の書割は、まさにシカゴでなくては成立しないほど、ピッタリはまっている。Photo_17
 映画=事件は、シカゴでなくては起こりえない。『スパイダーマン』がNY以外では考えられないように。いや、それ以上に。
 バットマンの“違和感”“ちぐはぐさ”“(ある意味での)時代錯誤性”はモダニズム建築(=ミースの世界)を「棲み家」とすることで見事に象徴的に描かれている。
 ゴシックあるいはさらに崩れたバロックの城の住人・魔人が「バットマン」ならイメージ通りで話は単純だが、そうではあるまい。バットマンとは“モダニズムの怪人”であり、しかも活躍=戯れには時代遅れ/ズレの感覚が伴っている。かなり滑稽なのだ。

 そのあたりの彼自身の内的懊悩ぶりは、今回の作品ではますます顕著に表面化されており、彼のひどく悩ましい姿が哀れを誘う。深い悲しみのバラードが奏でられている。
 バットマンは、いろいろな意味で「モダニズム」を象徴的に体現化しつつ、その肉体から赤い血を流し、己の果たしえぬ夢=モダン・ラヴに涙する。
 (前作から)クリスの映画になって以来、バットマンシリーズはひどく人間臭くなった。
 天下無敵の、かっこいいスーパーヒーローの世界からべトン!と地に堕ちている。そういう情けないシーンが頻出している。
 これも「モダニズム」の哀しさなのだ。「モダニズム」の合法性、機能重視主義の哀れさよ。
 ガラスと鉄骨とコンクリート。決して“情”に流されぬ水平と垂直の線。愛すべき彼女のためでない、万人/市民のためのユニヴァーサルなデザイン性。Photo_12
 せめてスーツ/コスチュームとモビール/車だけはド派手にやらせてくれとでも言いたいのか。
 『ダークナイト』でのカッコ悪さ・アンチヒーローぶりは、前作以上に涙を誘った。たぶん、この路線が強く共感をもたらすのだろう。いまアメリカ合衆国に生きていて、社会的な矛盾を自覚し悩み苦しんでいる人々に、特にね。

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2008年8月11日 (月)

北京五輪・開会式外伝

    北京五輪が、先週末に始まった。Photo_34
  まず通称“鳥の巣”の写真をtant眺めて欲しい。
 続いてミュンヘンのサッカー場。この二つを設計しているのはヘルツォーク&ド・ムーロン。この際、記憶にとどめておいて欲しい。あとの話にもつながる。
  余計なことだがプラダ・ブティック青山店のビルも設計している。現代建築のお勉強も、オリンピック・小ネタとして、ひとつしっかりと^^。Photo_35 Photo_37

 早速ながら翌日から“ニッポン、最悪のスタート”といった見出しの記事が続いている。
 いつもこれだもんなぁ。いやになっちゃうね。
 晴れの大舞台というとすぐにズッコケル日本人アスリートたち。すかさずマスコミは“精神面の脆弱さ”を責めたてる。日頃の稽古・練習量は世界一と報じられがらもこのパターンばかり。
 野口みずきの場合は、『フラッシュ』の悪意に充ちた報道が絡んでいるらしいが、ぼくとしては(北島以上に)最も期待していた選手なので、なんとか「精神論」の意味からも、頑張ってほしい。

 ・・・と時価の話題に触れるのは久しぶり。
 せっかく書くのだから、ここでも読者には「へぇ!」ボタンを連打させてみたいが。相変わらずの、でも少しは上向いている体調ではあっても、元気が出ない。薬浸りの毎日だ。こんなに朝・昼・晩と薬を飲んでいるなんてこと、今までになかった。

  さて、元気を出して!Photo_27

 詳細情報が追っかけ知られることは承知の上で、
 北京五輪開会式は素晴らしい内容だった。
Photo_28  途中から観始めて、日本選手団の行進シーンを眺めてすぐにテレビを離れたので、まさに世界40億人の目が釘付けになっていたであろう「世紀のショータイム」の「圧巻シーン」を堪能したことになるのだが、開閉会式制作指揮の総監督・張藝謀(チャン・イーモウ)の演出術・センスの見事さには舌を巻いた。
Photo_7  世界中の誰しもが驚嘆したはずだ(へそ曲がりの家人だけは“花火は江戸川花火大会のほうが凄い!こんなのちっとも大したことない”とふてぶてしくのたまわっていたが。3万5千発と江戸川1万4千発。しかし数の勝負ではないらしい。質・藝術性で江戸川が勝っていた、と。ホントか?)。Photo_38Photo_39 
 

 

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2008年8月 5日 (火)

ある日どこかで浜辺の歌を

 ぼくが週二回通っている中野のデイサービスでは、認知症高齢者の症状を少しでも改善するために、午前・午後にわたる一連のプログラムの中で独自の運動療法が実践されている。

 その指導者が不肖このぼくというわけだが、この“先生”は甚だ頼りなく^^;、なかば半身不随状態の醜態を人目に晒している(苦笑)。
 ご利用者の皆さんには逆に心配されたり励まされたりしている始末。なんとも情けない。運動療法はぼくが号令をかけてイチ・ニッ・サ~ンとやるべきところを、ヘルパーさんに代行してもらってすでに一ヶ月以上になるし、その半分以上の期間歩けなくて休んでいたのだから。

 ここで話題にしたいのが、
 運動療法と共に認知症介護・改善療法として重要なポイントとなる音楽療法のこと。Photo
 ぼくらが日々行っている時間は40分程度か。
 はじめにある種の講義を加え、基本はみんなで歌をうたうこと。専門的には簡単な楽器を使うべきなのだが、ぼくらは歌だけに徹している。
 ご利用者さんたちが7,80年も前に小学校の音楽の教科書で歌っていた歌(小学・中学唱歌)や童謡の数々、それに戦前戦後の歌謡曲を中心にして、新しいところでは『千の風になって』なんかを腹の底から声を出して歌いまくる。腹筋と喉と頭=記憶力をフルに使う。ぼくは指示棒を片手に先生然とホワイトボードの前に立ち、歌のお兄さん(オジサンか)役を演じている。この光景は施設見学者にはとっても奇異に見えるらしい。相手が認知症のご老人がたなのに大学の「日本歌謡」学のセミナーの時間のようだからね^^。もちろんこれが映画の話だったりすることもある。つまりは「表層文化論」の時間なのだ。ヘルパーさんたちもこの講義に聞き入ってくれる。
Photo_2  だから介護福祉学のテキストに出てくる「音楽療法」と呼び名が同じじゃちょっとおこがましいか。
 ぼくらのは「歌謡療法」と言いかえたほうがいいだろう。
 しばらく前は「西條八十試論」を面白おかしく続けていた。これは評判の名講義だった。講談か一人漫才のようで(笑)。
 水曜クラスでやっていたのが好評で、土曜クラスでも同じことをしゃべり、たまに出掛ける月曜クラスでも繰り返す。
 曜日で認知症の度合いが違うので、全員話の内容が理解できるわけではない。ちょっと難しいかな、と思う。
 月曜クラスはというと、この曜日は元気老人ばかりで、戦前の海外生活者がいたり元・児童書の編集者、中学教師、商社勤務の花形OLだったりと皆さん知的レベルが高く、ここではフランス語で話してもかまわないくらいなのだ。教えて教えてとみんな言う。現に“グランマのための恋する初級フランス語講座”を何度かやったことがある^^。百人一首を全部諳んじている方が三人ほどいて、競い合って詠み合う。ぼくもマジで勝負するのだがいつも負けている。早い・正しい・美しい朗詠だ。Photo_3

 「西條八十試論」は、ぼくが構想するいわば《日本歌謡大全》の未完の章の一つで、ほかにすでに語っているところでは、「北原白秋」篇、「野口雨情」篇、「中山晋平」篇、「服部良一」篇がある。
 今年の梅雨時には歌謡曲でもぐっと時代が近い「水木かおる」篇というのを一席ぶって、すこぶる好評だった。
 “水木かおるの世界に香る「花の音」”と、黒川伊保子をパクって題してみたい内容だったかな^^。
 60年代に活躍した作詞家・水木かおる(ずっと中野の住人だった)には「花」をめぐっての悲恋の歌謡曲が多い。一番有名なのが「アカシアの雨がやむとき」か「くちなしの花」だろう。水木の詞=言葉の世界には独自の花の、しかも花の音の美学がある。
Photo_4  みんなで西田佐知子や渡哲也の歌を聴いて、うむうむ......としんみりしていたのだった。
 団塊の時代の挫折と滅びの美学まで考えてしまった鉛色の空の午後。そうか、元ネタはクミコの本にあったのだよね^^;。クミコもまた中野在住の、オンナだ。

 ※ 「水木かおる」って女性じゃないですから、お間違いのないように。

 月曜日の元気ばあさんたちは色目もよく使う。
 午前の療法施術のときなど、先生に揉んでもらわないと嫌だとみんながぼくを指名するもんだから、オバちゃんヘルパーさん達はちょっと機嫌が悪い(笑)。ラーメン、つけ麺、ボク・・・・・・が好きなのは博多辛子明太子で、ひみこさん、笑うことなかれ。過去三年連続No.1の指名率、超売れっ子介護ホストたぁ、俺のことだぁ! 顔も身体機能も関係ない。

 そのばあさんたちの涙をじわっと誘った最近の名講義が一つある。Photo_5
 先月七月の話。巴里祭の頃。でもそれはぼくが得意とするおフランスの懐かしの名画の話ではない。
 『浜辺の歌』にまつわる話だ。この講義をうまくまとめれば「成田為三」篇になる。
http://images.google.co.jp/imgres?imgurl=http://k-plan.web.infoseek.co.jp/0121-7547.JPG&imgrefurl=http://k-plan.web.infoseek.co.jp/hamabenouta-2.htm&h=300&w=506&sz=34&hl=ja&start=5&um=1&tbnid=wy6u8PbVBcqfwM:&tbnh=78&tbnw=131&prev=/images%3Fq%3D%25E6%25B5%259C%25E8%25BE%25BA%25E3%2581%25AE%25E6%25AD%258C%26um%3D1%26hl%3Dja%26lr%3D%26sa%3DN
 

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2008年7月21日 (月)

江戸川ねぶた2008 原画展

 人間たぁ現金なもので、一週間休筆すると書いた途端アクセス数がストンと落ちた^^。
 ったくもう、余計なことは書くもんじゃない(笑)。前のブログだって、気がつけば手を入れて誤植を直したり加筆訂正したりしてるんだから、再読してくれたっていいじゃん、あらためて読めばそれなりの楽しみがあるよ・・・などとブツクサ言うと、誰かさんにまた叱られそう^^; 。

 いいじゃんいいじゃん、誰が感想を述べてくれなくても、ターナーさんはブログ書き続けなさいよ、と書いてくれたひみこさん、どうも有難うね。
 いまこう言ってくれるのは貴女だけだ。大好きだよ。
 ナチ的親衛隊ってのはチトこわいけど、この熱愛ファン宣言には素直に深く感謝したい。とっても有難いことです。

 で、ひみこさんの言葉に応えて、休筆を撤回し、今夜はスペシャル企画。

 「江戸川ねぶた 2008」のターナー専用扇形山車の原画展でございます。
 すべての絵が今夕ようやく完成しましたので、ぜひともご覧いただきたく、特別にギャラリーをオープンいたします。

 特に記事はございませんが、写真だけ、じっくりとご覧アレ。
 次の土・日の当日は、これが山車の各面に貼られて煌々と灯りに照らし出されます。その現場写真はまた後日にアップしますので、お楽しみに!!
 「弘前ねぷた」の場合、扇形の形状の山車で、進行方向正面に「武者絵」、うしろは「見返り」と称する美人絵(幽霊でも美女ならOK^^)が貼られます。
 今年の美人絵は「あなた」に捧げる、“鬼灯(ほおずき)を持つ浦安の海女”。
 ほおずきの花言葉は、「心の平安」「不思議」「自然美」「私を誘って下さい」。

 
「江戸川ねぶた」当日は、身体の具合もあって(歩けませんので)、ぼくは家でおとなしくしています。土曜日はローバーズと共に施設にお泊りの曜日ですので不在になります。
 もし来られるのなら日曜日にお願いしたいし、家で飲むのが前提であると予めご承知おきください。山車現物を眺めたい方は、勝手にひとっ走り踊りの会場に行ってもらいますので、悪しからず。みんなと一緒に跳ねて来てよね。お願いします。
 
 さて、原画展のはじまりはじまり。

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