「追憶」を追想すること
スクープ動画映像発見!の追加版〔7/10 up〕 再読してね!!
とても微妙な立ち位置である。ちょっと痛い立ち位置である。
こんな姿勢で語り始めて果たしていいのか、とても躊躇するところだ。
時代が違うし季節が違う。“質的”にも大いに違和感を抱いている。
つまり、いつもはこれこそが一番!の気概に燃えて、最新の話題について自分の自慢話の如く勢いよく話し出すのだが、今夜はちょっと雰囲気が違う。酒を飲みながらにしても、普段あれほど饒舌な男がすでに口ごもっている。最初から歯切れが悪い。
でも語ろう。予告編は前回すでに出しているのだから。
鈴木博という(皆さん方はほとんど誰も知らない)ジャズ・ヴォーカリストが歌う「追憶」を主題曲とする映画『卒業』(長澤雅彦監督・03年)について。
タイトルに映画名とか歌手名を出して記事を書くと、たぶんグーグル検索でトップになっちゃう^^。ほかにろくな記事がないからね。地味だし。ジミーな話題を詳しく調べようとしてググルと自分の記事がトップにあることがよくあるんだね。なんだよ、俺の解説じゃしょうがねぇよ。もっと「深イイ記事」ほかにないのかよ、と呆れちゃうことしきりなのだ。
だから、なんとなく気が重い。やだなぁ。
映画の内容説明は簡単にいこう。二つほど引用しておく。
例の『卒業』じゃなくて、邦画『卒業』
内容(「キネマ旬報社」データベースより)
内山理名、堤真一共演のラブストーリー。卒業間近に急接近した短大生の麻美と講師の真山。麻美は真山が自分の父であることを知っていたが、そのことを伏して真山との付き合いを重ねていく。やがて彼女は真山に亡き母への想いが残っていることを知り…。
内容(「Oricon」データベースより)
「ココニイルコト」の長澤雅彦監督が贈る切ない愛の物語。卒業を控えた短大生・麻美はある雨の日、心理学講師の真山に赤い傘を差し出す。以来、麻美は真山と時を重ねるが、実は以前から麻美は真山をそっと見つめ続けてきた。亡き母の愛した男、そして自分の父親として…。出演は内山理名、堤真一ほか。
「オリコン」のほうが説明がうまいよね。
内容は後ろが端折られているにせよこんなもんだ。杉田麻美(あさみ)役の内山理名は本作が主演第一作目。それと、真山「先生」の恋人役・夏川結衣がこの作品でも相変わらず素敵だったのが印象深い。
「赤い傘」は映画の全篇にわたって存在が顕示されており(頻繁に画面に出てきて)、最初に麻美から「先生」に手渡された傘は、「先生」の手によって運ばれ、最後の最後、ラストシーンで、ようやく「先生」から麻美に返されることになる。「赤い傘」が作品を終始つなぐ表徴記号=代行物=シンボルとなっていることは誰の目にも明らかだ。
だがしかし、ゼミ生諸君よ、騙されちゃいけねぇよ。「赤い傘」は二人の心であるとか心臓だとか、愛の記号とか絆を意味するものとか、安直にそんなことを口にしちゃいけない。
作品分析をする上で大切な視点は「モノ」に目をつけることでは決してない。
もう一歩踏み込んで、「モノ」を「どうするのか」の動詞のかたちで考えねばならない。
ぼくはジャック・ドゥミの映画は「自動車」がポイントだと説明した。全作品を通じて「乗り物」はドゥミ作品の重要な映画素になっている。もっと正確に言えば「自動車(乗り物)が走るということ」だ。「走ること」「動くこと」に意味がある。止まっている「モノ」が問題なのではない。
一般に映画の力とは、「動くこと」に読み取れるものだ。が、映画史上で最強の革命児ジャン=リュック・ゴダールはそれを逆手にとって「自動車(走るもの)は必ず止まるものだ」という命題のもとに『ウィークエンド』(67年)を撮った。ゴダール映画での自動車は必ず止まる。
動詞で考えること。
「赤い傘」を差し出すこと、渡すこと、開くこと、閉じること・・・の意味。
夏目漱石の作品を「横たわること」という動詞目線で見事に読み取ってみせた評論家がいる。
この前のぼくの記事では『夏至』とは、水平になる(二つの意味で寝る)のでなく垂直にしゃがみ込む・座ったまま抱きすくめる映画と「位置づけ」られている。
ぼくは持論として、映画を読み説くポイントは四つあると主張してきた。
1.風が吹くこと(大気が流動すること)
2.雨が降ること(水が流動・変化すること)
3.労働すること(人の働く姿があること)
4.食事すること(飲み食いシーンが多いこと)
この四要素がうまく演出・映像表現されている作品こそが「傑作」だと評価してきた。(これはしかし、なんのことはない、自然風景と人間生活がしっかりと描けているかの問題でしかない^^;。霞を食べてウンチもしない美女が恋愛ゲームを楽しむなんて映画はぼくに言わせリャ“クソ”映画だってことだ・笑)
風・雨・労働・食事。最近作だとイーストウッドの『グラン・トリノ』だしトラン・アン・ユンの『I COME WITH THE RAIN』だ。
と、そこまではいい。それ以上はいまは語らないでおく。
問題はなんでこの『卒業』が突然に海面浮上したのか??
ここでようやく鈴木博の登場。
鈴木博が'82年に出したレコード・デビューアルバム『NOW IN THE NIGHT』が、四半世紀経ってようやくCD復刻されたのだ。
ぼくはこれを10年以上も探していた、というかCDが出されていないという信じがたい事実を知らなかったのだ。どこかでいつか入荷するだろうと、CDショップに行けば必ず「ス」のコーナーをチェックしていたがいつも見つからなかった。
レコードの紹介を引用しておく。(古典派.com より)
解説
優れたバラード・アルバムが復刻された。1941年生まれ、大野三平と菅野光亮がその才能を認めた男性歌手の遅すぎたデビュー作。鈴木勲と市川秀男が全面的にバック・アップ、“大人の歌”を渋く聴かせる。本作録音後、鈴木は盟友・菅野を追うように84年8月に死去。★
バックの4人のメンバーがすごい。ベースが(人の歌伴は決してしないことで有名だった)鈴木勲。彼が全面的な協力を鈴木博に申し出た。20年来の友人、ギターの杉本喜代志。
ドラムスは日野元彦が名乗りをあげ、アレンジとキーボード(ピアノ)を市川秀男が担当している。
全10曲。1.二人でお茶を 2.マイ・ワン・アンド・オンリー・ラヴ 3.ホェン・アイ・フォール・イン・ラヴ 4.追憶 5.ビーイン・グリーン 6.モナ・リザ 7.ミスティー 8.ニューヨーク・ステイト・オブ・マインド 9.ラヴ・レター 10.P.S.アイ・ラヴ・ユー なんとも“どや?どや?” の名曲揃いじゃないか。
今回復刻されたCDの帯にはこうある。“80年代に活躍した日本人離れしたジャズ・ヴォーカリスト、鈴木博の隠れた名作、初CD化。週末ー黄昏からモーニング・コーヒーまで・・・テンポはーことさらスローで・・・”
愛称チロシの実際の歌声についてはここにアクセスを。加えてこの鈴木博関係の貴重なネット記事も読んでいただきたい。ぼく自身が何度ここを訪れていたことか。非常に懐かしい想いがしてくる。
http://www.geocities.co.jp/MusicHall-Horn/3578/suzuki.htm
異例なことだが前回の記事の「あなた」発言部分を、ここでもう一度繰り返そう。ペーストする。○○、■■■を埋めてお読みいただきたい。この電話がぼくを『卒業』のかかる映画館へと動かしたのだった。
“ねぇ、●●(ぼくの名前)、邦画なんだけど『○○』ってのもう観た? 知らないでしょ。当然よね。地味な一本なの。そうねぇ出来もいまいちかなぁ。でも褒めるべきところはいくつもある。決して駄作じゃない。私は好きよ。とっても好きなの。●●は観れば貶すに決まってる。ホンが甘いって。それか、全体にぬるいって。それでね驚かないで、教えたかったのはその主題曲を歌っているのがなんとあの■■■さんなの。理由は知らないけど、あのレコードが使われてるのよ。もうびっくり。映画の内容どころじゃなくなっちゃった。ラストシーンで一曲フルに流れてくるの。私、もう、涙でボロボロだった・・・”
ちょうど「あなた」が退院してきて間もない頃だった。
外出厳禁と言われた療養中の身なのに映画館に出掛けていること自体信じられなかった。しかもB級の邦画だ。話題作でもなんでもない。内山理名なんて知らないし、堤真一もなんだかとぼけた男にしか思えない。「あなた」はそれでも電話口で興奮気味にしゃべり続ける。なんという映画好き。音楽好き。その情熱は呆れるほどだ。非常識すぎる!!
そのときの彼女の行動は狂ってるとしか思えなかった。生死をさまよった大手術~入院/退院から大して経っていないのに。バサバサ髪。やせ細った蒼ざめた顔で、化粧っ気なしで、パジャマにコート一枚はおっただけで出掛けたような姿さえ目に浮かんできた。嘘だろっ。。。
彼女はその直後から赤坂で歌い出す。ある種、覚悟を決めたというか。クラシックで鍛えたピアノを巧みに弾きながら。「追憶」を。
Memories
Light the corners of my mind
Misty watercolor memories
Of the way we were
想い出(は)・・・
私の心の隅々に光をあてる
霞んだ水彩画のような
あの頃の私たちの(・・・想い出)
Scattered pictures
Of the smiles we left behind
Smiles we gave to one another
For the way we were
散らばった絵(には)・・・
私たちが置き忘れた微笑みがある
二人で交わした微笑み
あの頃の私たちへの(・・・微笑み)
Can it be that it was all so simple then
Or has time rewritten every line
If we had the chance to do it all again
Tell me - would we?
Could we?
あの頃はすべてがこんなに単純だったの?
それとも時間が一行一行書きかえたのかしら
もし もう一度すべてをやり直すチャンスがあるなら
ねえ 私たち・・・
やり直す? やり直せるかしら?
Memories
May be beautiful and yet
What's too painful to remember
We simply choose to forget
想い出(は)・・・
美しいかもしれない。けれど
蘇えらすには苦しすぎるから
すぐに忘れる方を選んでしまう・・・
So it is the laughter
We will remember
Whenever we remember
The way we were
それだから、あの笑い声を
思い出してしまうのよね
思い浮かべるたびに・・・
あの頃の私たちを
The way we were..
あの頃の私たち・・・
ジャズ・ピアニストの竹内晴美は自分のHPで鈴木博のことをこう書いている。
“鈴木博さんは「職業は漁師です」と言っていた、それ程釣りが好きだった。彼は大物釣り専門でブリ、縞鰺、カンパチ、石鯛釣りなどの磯釣りである。だから大きい岩場の上から荒波に向かって釣りをすることになる。足場は悪く危険な釣りである。陸から沖にある磯まで船で渡ることになる。その日は台風の影響で海は荒れていた、漁師に頼み込んで下田のその磯まで運んでもらったが、折からの荒れ模様3mを超える高波でさらわれた。「あんなに好きだった魚釣りで命を落としたんだから本望だろう」という人もいるが、3日前に会っている私たちにしてみれば只驚き悲しむしか言葉もない。コンサートの司会をやった緒方一英さんはテレビでニュースを読む時、原稿を読む我目を疑ったそうである。魚釣りの好きなミュージシャンは多い、だが命まで落としてはいけない。運命なのだと諦めるしかないのか、彼の天性の才能を奪った「釣り」とはいったいどれ程の魅力を持っているというのだ。どう考えてもわからない。”
映画プロデューサー小滝祥平は、偶然に鈴木博のこのレコードを聴いて、大きく心揺さぶられた。
「追憶」の歌の世界(歌詞)をヒントに構築したオリジナル・ストーリーが・・・この映画『卒業』だそうだ。
かくして・・・84年に、下田の海で死んだ伝説のジャズボーカリスト・鈴木博、彼のくぐもったようなバリトン・ヴォイスが20年の時を経てスクリーンに蘇える!!
今回、DVDでこの『卒業』を観直していたら、冒頭の心理学講義シーンが妙に面白く目に映った。
クソつまらない(三流講師による)パンキョウ「心理学概論」である。
パラパラとしか学生が座っていない階段教室。ほとんどの女子学生が眠っているか別のことをして真山(堤真一)「先生」の講義なんて聞いちゃいない。
板書するチョークのカンカンという音だけがやけにうるさく響いている。
ターナー先生が現代フランス文学概説か現代フランス思想講義という時間を持っていたなら、多分こんな感じなんだろうなと、フッフッって笑ってしまった。つまんない授業・・・か。
“・・・つまり、多くの人々が、理解されない、淋しいといった疎外感や不信、不安やおそれにとらわれている現状があり、その中で、特にアメリカを中心にして生まれたのが、「分離心理学」といいわれるもので、人間関係の分離の保持を基本とした心理学です。要するに人と人との関係性において「永遠」などというものは決して存在しないという、このような学説でして・・・” いま「あなた」がこのシーンを観ていたら、顔を見合せて笑ってしまうだろう。
ひどく滑稽でしかもひどく哀しいシーンだ。。。
ラストシーン。
冷たい雨が降っている。青いベンチの前の男女。濡れたまま向かい合って立ち尽くしている。
ようやくゆっくりと、男は手に持った赤い傘を若い女に差し出す。黙ってそれを受け取る女。踵を返してその場を離れてゆく女の背に男は言葉をかける。
“杉田くん!”
ゆっくりと振り返る女。
“ありがとう・・・・・・杉田・・・・・・麻美くん”
麻美が微笑む。
そしてゆっくりと、
“《永遠》だよ・・・・・・” えっと驚いたような表情の「先生」の顔のアップ。
“先生と私は・・・《永遠》なんだよ”
麻美はもう一度言葉を、おおきく口を開いてゆっくりと繰り返す。声にはなっていない唇だけの動きだ。
“エ・イ・エ・ン・ナ・ン・ダ・ヨ”
白いものが落ちてくる。
空を見上げる二人。雨から変わって春の雪が二人を包むようにゆっくりゆっくり白く舞い降りてくる。
麻美は再びくるりと背中を見せて歩き出す。立ち尽くしてじっと彼女を見送る「先生」。じっとして・・・動くことはない。
彼女の姿が遠く小さくなってゆく・・・・・・。
優秀なゼミ生の一人がこの五分超に及ぶラストシーンを探し出して
くれました。衝撃のスクープ動画映像です。でかした!!(微笑)。
これがために皆さんにDVDを差し上げているわけでして。
早速、ご覧くださいませ。 ありがとうね!
鈴木博の歌う「追憶」もフルで聴くことができます。〔7/10 早朝5時〕
http://www.youtube.com:80/watch?v=JRxbURHF5Hs
さて、この映画のポイント/キーワードはいかに? 赤い傘ではない。
希望するゼミ生には『卒業』のDVDを教材として配送いたします。映像分析してみてください。そしてコメント欄に解答を書きこんでみてください。
正解者には、鈴木博の幻の一枚・傑作『NOW IN THE NIGHT』をご褒美で差し上げましょう。
意地悪で書くのではありませんが、CD・DVDをお渡ししても一言の感想すら書いていただけない方がいらっしゃいます。残念なことです。とても淋しいことです。
たった一言でいいのです。書いていただきたい、って何だか綾小路きみまろの口調になってきちゃったよ^^; 。哀れっぽいぜ。
本日から“事務的に・機械的に・一方的に・見計らいでオリジナルCD・DVDを発送すること”は止めにします。
黙っていたんではもらえません。はっきりと希望の意思表示をお願いします。そして宿題(感想・ご意見)をこなしてください。赤点の人は出入り差し止めね、なんちゃって(笑)。それは嘘だ。
温泉につかっていていろいろ考えたんです。
よろしいでしょうか、皆さんがご希望であれば100枚でも200枚でも喜んで対応いたします。しかしながら、こちらから一方的にということは、これからは一切ナイというのが「結論」なのです。悪しからずご了承くださいませ。
きょうは七夕。
あの「七夕」の日である。「やなせなな」の。
ぼくがつくった彼女の『なないずむ 壱&弐』にも若干手を加えて「改訂新版」にする必要ができてしまった。「完全版」というか。
一曲抜けがあったのだ。
しかもライヴ・ヴァージョンを一曲入手できることになったし。黒木千波留のピアノソロも新たに手に入ることでもあるし。〔現在、米国から海を越えて配送中であります^^;〕
欲しい方は是非問い合わせてみてください。
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コメント
ターナー先生
予定よりも二日は早いですよね。今回の記事。すご~い。
この分量、とても信じられない。こんなに早く記事が上げ
られるなんて! 帰京されて一気呵成に書かれたのですね。
さすがに、先生らしいわ。
露天風呂で頭の中に沢山の原稿を書いていらっしゃった
のでしょうか(笑)。
脚の痛みのほうは幾分でも和らぎましたか? お母さまの
御加減は、いかがでしたでしょうか?
前回のマー姐さんの発言の中の「伏せ字」で埋められたのは
先生のお名前だけでした。
卒業も鈴木博も目にするのはまったく初めて。
そういうことだったのですね。
先生が「とわ」さんのコメントに激しく反応したのは「永遠」という
言葉がそこにあったからですね。分りました。納得できました。微笑。
人には触媒たる言葉がひとつ、ふたつあるものです。
感情が酸素の泡となって迸り出すのです。
ターナー先生にとって「永遠」とはそんな言葉なのでしょう。
マー姐さんにとっても、同様だったのでしょう。
私は先生の「あなた」って呼びかけは“永遠のtoi(トワ=君)”なんだ
と解釈・勝手に納得していましたから^^。
だから「とわ」さんの「とわ」が気になって仕方なかったの。十和子
とかいうお名前? でも「エリカ」はまったくの別名だし、「ひみこ」姐さん
のこの「ひみこ」も関係ありませんからね(笑)。
いま解答しているつもりはありません。
DVDをじっくり観て私なりの答えをコメントしてみようと思っています。
先生、いつもながらお手数をおかけしますが、DVDをお願いいたします。
鈴木博の一枚も必ずゲットしますからね。こちらも焼き増し準備して
おいてくださいね(笑)。
「やなせなな」の「七夕」を聴きながら。
投稿: エリカ | 2009年7月 7日 (火) 06時40分
ターナー先生
ですよね、今夜に限っては特にそう呼ばせていただきます。
那須高原・御用邸そばで御母堂の介護をなされていたかと思いきや、がらっと一転しての映画『卒業』とジャズ歌手・鈴木博さんの話、あまりの急展開にたじろいでいます。
これが平気で出来ちゃうところが、ターナー先生たるゆえんですよね。
正直、感服しちゃうの。偉いと思います。だから大好きなんです、ターナーちゃん!
って、何もエリカちゃんを刺激しようという魂胆じゃありません。
あたしの恋は終わっているもん。あとはターナーちゃんとの末長いお付き合いを望むだけ。妙にシオラシイかな? 気持ち悪いでしょうか?
あたし今日ね、いただいたDVD『クライマーズ・ハイ』を観ていたんです。今頃!?と怒らないで頂戴。馬鹿野郎、何か月前に送ってると思う?なんて恐い声で叫ばないでね!! ごめんなさい。すぐには観られないものなのです。
これも堤真一の主演作品。好きですよね、ターナーちゃん、堤真一の話ばかり。『Always』もそうですよね。
『クライマーズ・ハイ』には、ともかく、ガツ~ン!でした。
ぜひとも先生のお言葉でご教授願いたいところであります。次回でも、次々回でも。
あたしもマーに言われて『卒業』を観ています。もちろん鈴木博も聴いています。
昔のことです。
まずはDVDを再読させてください。DVDください!! 観たら必ず語ります。精緻に読み取り・分析するつもりです。鈴木博の、これもください!!
読解力、この頃めっきり落ちているとはいえ、誰かさんには負けないつもりですから(笑)。いいこと、コメントで勝負!!よ(アハハ)
投稿: ひみこ | 2009年7月 8日 (水) 01時20分
타나님
안녕하세요.쥠복입니다.
나에게도 「졸업」의 DVD를 주세요.
꼭, 보고 싶습니다.
쥠복
投稿: 쥠복 | 2009年7月 8日 (水) 22時42分
ターナー先生
明日は入浴介助でペアを組んでずっと二人きりなのに、コメントしない奴にはDVDあげない!って意地悪言うのに決まってるから、いま書いとくね。ちょうだい!って。
先生はあんまり評価してないことは分りました。でもそれ以上になんというのか「因縁」が深いんでしょ『卒業』は。だから「追憶」しちゃうんでしょ?
追憶されるものなんかに大して価値があるとは思えません。所詮若気のあやまちか出来そこないの恋愛ドラマなんだから。いま追憶しちゃうことが大切なんだよね、こっちのほうが重要。駄作は傑作に化ける!!
しみじみと追憶してみたいと思います。
『卒業』、明日お風呂場でいただけますか? 多分、誰よりも早いんだわ、ね?〔爆〕
だからあの日のことは水に流してくれですって? お風呂場だからといってそううまくは行きませんから、ターナー先生。あれはあれで記憶にとどめ追憶し、このDVDはこれで想像世界で恋をすると。
忘れないで持って来てね、お願いですよ。
投稿: ドラミ | 2009年7月 9日 (木) 21時51分
ターナー先生のゼミ休講について
ええと、私が伝えるべきことではないことは充分に承知の上で
先生になりかわってここに書いちゃいます。
ひみこ姐さんをはじめとして、ドラミさん、MMさん、neneさん、
韓国のかた、とわさん、ゼミ生の皆々さまがた、とても差し出がましい
ようで申し訳ございません。
私の場合は勝手に「夏期講習」と決め込んで早朝にアクセスしている
この先生のブログ、永井荷風いわくの「日乗」つまりは先生の「日記」と
いうことですが、これは私たちにとって文化講座であることは繰り返す
までもないことだと思います。ご同意いただけると思っています。
ここ数日のあいだ、携帯メールで先生と交信なさっている方はすでに
ご承知のことでしょう、先生が尋常な精神状態にあるとはとても思えない
内容のメールが返ってきて、私は泣きたくなるほど当惑しています。
温泉療養の効果もなく身体の具合が相当にお悪いのか、しかも先生の
例の持病が激しい痛みを伴って出ているみたいで、それがために話す気も
書く気もおこらないとおっしゃっているでしょ? 仕事も満足にできていないと
いうことですよね。
私にはブログ休筆が語られました。
毎朝、早起きして待っていても、ブログは更新されないのでしょうか?
一日の最大の楽しみが、私から、奪われようとしています。
医者でもない私たち。なんら先生の苦しみを取り除くすべがありません。
ここでの言葉の慰めと、心のうちなる祈りしかできません。無力です。
何もお力にはなれない。泣きたいです。
いまはただ、『卒業』の感想レポートをまとめていることにいたしましょう。
私は長澤作品では『夜のピクニック』を劇場で観ています。心に残る
青春映画、いい作品でした。
原作者の恩田陸の小説も好きです。
『夜ピク』はただひたすら24時間かけて80kmを歩くだけの作品でした。
あの何でしたっけ先生がお書きだったフランス映画を連想させます。
絶対に関連がありますよね? そうした思慮と意図がつながっていますよね?
《なにも起こらないという出来事》なんて変てこな言葉が頭に浮かんでいます。
『卒業』を読み解くキーワードとは思えませんが、何か近いもの、
ありませんか?
ターナー先生! 俺は鬱病なんだなんて言わないで。書いてください。
講義してください。
ずっと待ってますから。早朝の教室で。誰もいなくても。
ずっとお待ちいたしております。麻美のように。
投稿: エリカ | 2009年7月11日 (土) 06時58分
선생님··
이렇게, 부르는 것도, 상당히 오래간만입니다.
일찌기, 타나씨가 이렇게 불리는 것이 싫다고 말해지고 있던 것을 생각해 냈습니다.(지금은, 여기의 여러분이 「선생님」이라고 읽고 있습니다 하지만.)
이 영화 「졸업」의 키워드는 수화로 나타내는 곳(중)의, 「양손의 갑을 상대에게 보이게 하면서 손가락끝을 아래로 향한 채로 쑥 아래로 인하하는 행위」 「비가 내린다」인가라고 생각했습니다.
「마음의 비에, 우산을 준 것은
당신 혼자였다..」
이것은, 지금, 나를 아주 좋아하는 곡의 하나, 후쿠야마 마사하루의 「최애」로부터입니다만, 이 주인공 「마미」가, 졸업을 가까이 둔 빠듯한 때에, 그것까지 단지 보고 받을 수 있어에서 만난 「영원의 사람」에 대해서 얘기하는 계기가 되었던 것도 「비」였다.
그것도, 사상의 비.게다가, 해고 통고의 직후.
선생님의 마음 속사상의 비.
마미에 있어서는 하나의 우산이나 코트하에 선생님과 둘이서 있는 것 개소화 「영원때」였던 것이라고 생각한다.
「비」속에서, 서투른 싸움도 해버린다, 선생님.
사상의 빗속에서, 차례차례로 스토리가 움직여 간다.시시각각 「드라마」가 태어난다.
「눈」은, 「신의 축복」이라고 해진다.
「눈」= 「행」= 「YUKI」인 것일까.
「3월」의 졸업의 때에 제도해 상의 비는 눈으로 변한다.
어째서, 선생님이 「 나의 영화」라고 해졌는지, 아직, 읽어낼 수 있고 있지 않습니다.
그렇지만, 반드시, 이 코멘트를 선생님이 읽으면, 응해 주는군요.
뒤(분)편에, 살그머니 앉아 있을테니까.나에게 알도록(듯이), 세미나 해 주세요.
쥠복
投稿: 쥠복 | 2009年7月11日 (土) 08時41分
쥠 복 さま
당신은 수화의 손의 모습에게 주목했네요. 매우 재미있는 읽는 법이라고 판단합니다.
당신이 비가 눈으로 변한다고 하는 변화에게 착안하고 있는 것을 나는 평가하고 싶다.
이 영화 『졸업』과 나가사와(長澤) 영화에 관해서는, 나는 다음번의 블로그에서 기사로 할 생각입니다.
코멘트 고마웠습니다.
投稿: ターナー | 2009年7月13日 (月) 18時51分