立ちすくむ夏 3
週末、このブログをすっぽかしたように見えて、すみません。
このところ睡眠がロクにとれず体調最悪で、足の痛みが今度は右足から移って左足・踵に集中して現われている。これがかなりの激痛で。痛くて地が踏めない。踏みおろせないのだ。だから人のいない所では、差別用語では「いざってる」。ゆっくりゆっくり、涙をこらえて、歯をくいしばって、びっこ引いて歩いてる毎日。
〔そう言えば、高村智恵子もそんな風な歩きかただったとどこかに書いてあったなぁ。智恵子が憑依したか!?〕
そんな身体だから、ブログどころじゃなかった。こりゃいかんと深夜せっかく書き上げた記事を、またぞろ、エラー表示で自爆させたり・・・と、眼もあてられない。
そのまえに、個人情報満載の❤メールを別の女性に発信したり(もらった方はご愁傷様でした。突然のことでさぞかし驚いたことでしょう。合掌)・・・・・・あのときはさすがに茫然自失のマイッタタヌキで、下車駅にも気づかず、遥か遠い遠い町にまで行ってしまった!!大遅刻。
まぁ俺も精密頭脳機械じゃない生身の人間(笑)、ボーッとしていりゃそこいらのオッサン以下のことを平気でやらかしてしまう駄目親爺ってことさ。
最低最悪の大馬鹿者!とか人に言っておきながら、自分こそがもっとひどい奴だったわけ。いい教訓だった。実に嘆かわしいけど、またとない貴重な経験だったと居直り半分で(?)感謝している。誰に?
その同日的出来事。
熱烈ファンの方々には申し訳ない、マイケル・ジャクソンの死には悲しみを何一つ感じなかったけれど、同日のファラ・フォーセットの訃報に接して、かなりグスンな気持ちになった。
ファラは、ぼくらの世代、平たい意味ではみんなのアイドルだったから。“素敵なお姐さん”と憧れていたから。彼女が嫌いだって男、周りにはいなかった。『チャーリーズ・エンジェル』、かっこ良すぎたものね。
あれから30年近くたち・・・・・・
5月にテレビ放映されたという闘病の姿を赤裸々に伝えるドキュメンタリー番組のことは知っていた。彼女が「肛門ガン」という、アイドルのイメージにそぐわぬ珍しい癌だったことも。
“強い女”の彼女らしい立派な最期だったと、ぼくは思っている。
ぼくらはファラ・フォーセット・メジャースとして彼女を知っていた。
初代チャーリーズ・エンジェル。個人的には『シャレード’79』と『キャノンボール』と『サンバーン』くらいしか映画女優としての記憶はない。
『シャレード’79』には“オードリーへの冒瀆!”と頭に来たものだ。内容は『シャレード』本編とまるで関係ない。謎解きなだけ。馬鹿野郎のC級映画にすぎない。
(一世風靡した)二枚のグラビア写真うち、まず代表的なのがこれだ。
確かにこの写真はいい。表象文化論的ショットとしても優れている。
並びの良い白い歯、健康的な笑顔だ。すずやかなまなざし、クルクルバサバサの挑発的な長い髪の毛、小麦色の筋肉質の肌、先端がポチッと尖って自己主張した形の良い(否、すでにして少し垂れ気味の)おっぱい。。。
ファラは当時セックス・シンボルとして熱狂的にもてはやされていた。でもぼくにはセクシー女優という印象が少しもない。何故だかの結論は簡単だ。おっぱいがたいして大きくないから^^;。これに言い尽きる。ターナー的にはセクシーの度合は単純におっぱいの大きさに正比例する。〔だから、小田原・鈴廣のカマボコのように胸板にへばりついた乳房しかない現代の娘たちを見るにつけ、ぼくは石原良純のような怒りで一杯になるのだ。はい、末法思想でございますぅ。〕
もう一枚紹介しておく。映画『サンバーン』での純白でなく薄汚れたウエットスーツ姿。ファラ・フォーセットの象徴的にして代表的な一枚だろう。「汚れている」というところに、従来型のアイドル姐ちゃんの美意識とは異質なものを感じさせる。すぐには男たちの思いのままにならない「野生・野蛮(ソバージュ)の力」をね。彼女の魅力はこの「強さ」にあった。簡単に悪しき欲望に屈しない「拒否」と「反抗」と「自立」と「知性」に。ガンと闘っていた彼女はまさしくこのイメージそのままだった。
だから、かつての燃えさかる炎のような豊かな髪の毛を失ってしまった最期の彼女の姿は、涙なくしては見られなかった。何度も往復しているドイツでの新しい治療効果など残念ながら期待できない。確実に死期は近いと思っていた。
繰り返そう。ファラのチャーム・ポイントはあのタテガミのような髪にあった。バサバサクルクルのワサッと豊潤なあの長い髪の毛。バサバサ・ワサワサ迫力があった。女の勢いがあった、と^^;。確かに髪は女の命。古いか^^;。自分が“恋する女たち”はみんな、肩から腰までのロンゲだったことをしみじみ想い出す。ついでに俺も狩野英孝そのものだったっケッ(笑)。
“ファラ・フォー「セット」する”という言葉が生まれたほどだ。(と書いちゃ、嘘っぽいね)。
風に晒されたバサバサ系ではアヌーク・エーメもそう。アヌークのはシンプルで自然のバサラぶり。「セット」していないソバージュな魅力だ(『男と女』のアンヌを参照のこと)。
彼女は体育会系で、いつも元気で精悍でピチピチしており、健康的な女優だった。(あえて書けば^^)しかも意外や意外、知的にも思えた。何故か馬鹿には見えなかった。
「強い女」、「利発な女」、そのまんまのイメージで年齢を重ねて、ぼくの記憶の中で綺麗に死んでいった彼女。。。それにしても若すぎる62歳の壮絶死。
彼女と30年も連れ添ってきたライアン・オニールが訃報記事の片隅に老いた姿を見せている。死の三日前にプロポーズしたというのが泣かせるじゃないか。二人はいまだに恋人同士だったのだ。メジャースと別れても、オニールとは結婚してなかった。そんな事実に妙に感心してしまった。
さて駄弁もここまで。
マラソンの佐々木七恵も27日に直腸ガンで亡くなっている。享年53歳。早すぎる。。。
ご冥福を祈りたい。
講義を続けよう。
「やなせなな」をどうして“発見”したかよく訊かれる。
ピアノの黒木千波留が「仲人」なんだよね。
彼のこと、はじめはてっきり女性だと思っていた。鎌倉での吉田慶子のライヴで電子ピアノを弾いていたのが黒木だった。
〔いきなりの余談だが、最前列の三人の女性は黒木の熱烈な親衛隊だった。吉田さんでなく彼の方ばかり見つめて聴いていたもん^^;〕
吉田慶子にはもう一人偉大なピアニストがバックにいて、それが出世作にして傑作の『コモ・ア・プランタ~ひそやかなボサノヴァ』をプロデュースした中村由利子だ。ここでは彼女の秀逸なピアノ伴奏が抑え気味で慎ましく光っている。“ゴージャス中村”とは相反する、異様なまでの謙譲美が漂っている。
ぼくは中村由利子のピアノを聴いて“室町時代の美意識”に目覚めてしまった男だ。哀しみのピアニスト。冷たく透明な水がひたひたと流れるような哀しみに裏打ちされた美しい旋律。。。
中村由利子のCDは、手元にすでに5枚もたまってしまったよ。
中村と並行してボサノヴァ~サンバ・カンソンの伴奏に尽力していたのが黒木千波留だった。吉田慶子のもう一枚の傑作『サンバ・カンソン』は黒木千波留のピアノなくしては成立しない。ここでの黒木のピアノは一種異様な伴奏スタイルで、歌手・吉田の「黒子」の存在でありながら、演奏者の個性がしっかりと際立ってしまった独特の音色がストイックに展開する。
ともかく黒木千波留を鎌倉で生で目の当たりに聴いて、非常に驚かされた。こんな伴奏がありかよと。吉田慶子ライヴではない。完全に吉田=黒木のコラボ/デュオの世界なのだ。
二人の芸術的感性が渾然一体となってゆっくりと泡立つ清澄で静謐な音楽世界がいままさに眼前で創られている・・・と感じた。ドゥルーズ=ガタリ状態。こういうスタイルにぼくはメッチャ弱い。俄然応援したくなってくる。独りじゃ何もできないという「諦念」が好きなんだなぁ。芸術的創造行為は常に複数形でなされるってのがぼくの持論だ。一人の天才だけではなんとも力が及ばない。そうじゃないか?
そのときの記事に写真を載せているように、しっかりサインをもらっちゃいました。へへへ。俺って綺麗な男が好きだからね(爆)。おっぱいの大きなふとっちょの女と貧弱なほどやせっぽちの男、これがタイプなのだ。なにをいまさらコクるかよって^^;。まぁいいってことよ。数日来の恥の上塗りだ。
黒木千波留をネットで追いかけていったら、そこで、「やなせなな」に出くわした。小林秀雄のランボー体験と同じだ、なんちゃって。
強烈だったね。YouTubeで観た「七夕」がその最初だったか。マイッタタヌキ。
この10年を振り返ってみて、ぼくには「畠山美由紀事件」と「矢野真紀事件」がある。
ガチョーン!とそれまでの音楽観がひっくり返った遭遇体験だ。凄い歌手がいるもんだとコペルニクス的転回が起こった日。
出勤直前のJ-WAVEでマキメを耳にしたときは文部省に行くと会社をさぼってHMVで彼女のCDを探した。確かなんとかマキだ・・・カルメン・マキじゃないし、浅川マキでもないし(随分と古いんでないかい、おっさんよ^^)、係のおネエちゃんに聞くすべもなく、J-ポップs系の棚を一枚一枚探したのだった。
ミユキーニョの場合は簡単だった。ネットで調べていて、アン・サリーのお友だちってことでそれならいい歌手に間違いない!って聴いてもみないで一枚買ってきた。
ガチョーン!素晴らしくいいぜ。
それからせっせと集め始めて、つい最近発売の『CHRONICLE 2001-2009』まで彼女のCDは全部持っている。彼女は変名も使っていて、「Port of Notes」名義でユーミンの曲を何曲か歌ったりしている。「サンシャイン・イン・ザ・レイン」ではバックコーラスをユーミンがしているくらいだ。いいお友だち関係^^;。
今度の新譜では「翳りゆく部屋」が断然いい。聴かせてあげたい。それとリリー・フランキーと「Somethin' stupid(恋のひとこと)」をデュオしてるのがとっても素敵だ。まりや様が大瀧詠一とデュオしているシナトラ父娘が歌ったあの名曲。
だがしかし、ミユキーニョではぼくのベスト盤が最高だろう。って、これが本気なんだよね(余裕の笑み)。
一年前の作品だが、これを凌ぐものはちょっとない。
新譜の新曲を二・三曲入れ替えれば、パーフェクトなThe Very Best盤になるだろう。
ハハハッ。
『すぎ去りし、夏の光よ・・・』を持っていないって? そりゃまずい。手抜きですよ。ふとどきもん頭が高い!って。ぼくのゼミ生としては失格だぜ。すぐに連絡するように。手焼き煎餅のごとく焼いてしんぜます。
いまどきの歌い手なら、やっぱり自前で曲を創らなくちゃね。詞だけでも自分で書く、と。これが原則。
「やなせなな」は作詞のみならず作曲も手がけている。
そこまでは独りでもいい。一人でできる。
しかし歌を世に問うためにCD制作を考えるとき、すぐさま障壁が立ちはだかる。果たして人に聴かせる歌になるのか? このままではあまりに荒削りで力不足なのじゃないか。一人よがりの押し付けなのではないか?
「やなせなな」はギター一本(ないしピアノ)を頼りに、切々と聴衆に訴えるタイプのシンガーじゃない。
処女CD制作に向けてスランプに落ち込み一人悩んでいたとき、何気に周りを眺めたら一番身近なところに黒木千波留がポツンと立っていた。世間にほとんど知られてはいないが黒木は彼女が大好きなミュージシャンだった。ちょっとした憧れの男でもあった。
そうか、黒木さんにお願いすればいいんだ、それが一番の近道なんだと彼女はそのとき気がつく。
「やなせなな」の音楽のすべての編曲とピアノ伴奏を黒木千波留がやっている。
この秋に出される予定の新譜では、動画でも弾いている黒石純子がピアノ担当。しかしまだ黒木流!からの脱皮の時期ではないとぼくはみている。
真にドゥルーズ=ガタリ状態だから、このボサノヴァ・タッチはどっち? ジャジーな乗りはどっち? パーカッション・鈴の入れ方はどっち?と気にすることはない。
簗瀬=黒木の一体型の魅力なのだ。それが「やなせなな」の魅力。ずっと「」を付けて表記しているのはそんな理由からだ。一度すっきりと脱皮できるまではこのままでいい。このスタイルが最高だ。「やなせなな」。
CDには『街の灯』を二曲続けて入れてみた。黒木と「やなせなな」の二通り。
こういうことがしたくなっちゃうのは、黒木の音楽に何か以上のものがあるためだろう。この人には不思議な光がチラリホラリと輝いている。鮮烈な光でない、お洒落に、クールにまたたく灯が。
アコーディオン奏者に桑山哲也(『なないずむ』でもバックで参加してる)という男がいて、彼の『ソレイユ』というアルバムがちょこっといい感じなのだが、そこで黒木千波留がピアノを弾いている。「ジャルダン・ディヴェール(冬の庭)」、「コム・デ・シネマ~映画のように」といったオリジナル曲、映画『ひまわり』のテーマ、“ヒロシです”でおなじみの『ガラスの部屋』のテーマとか心くすぐる曲がある中で、黒木オリジナルの「kwakwakwakwakwa」てのが実に面白いっとよ。突出しているけん。陽気な黒木くんがそこで快活にピアノを弾いてるばってん。ちはるデス。ちはるデス。。。
この要素が、『なないずむ』の、とりわけ「弐」の基調になっているのだ。
「やなせなな」の世界は二つに分けられる。壱と弐だ。陰と陽という“うら/おもて”の世界ではない。来世と現世、夢と現実と二項対立する世界でもない。
境目などない壱と弐なのだが・・・無理に区別すれば壱は「風景画」で弐は「自画像」・「静物画」になる。
一曲一曲耳を澄ませて聴いていると、いろいろ気がつくことがある。
「風景画」には、俳句と同じで、必ず季節があって季語がある。ぼくは「人魚」という作品を壱に入れているが、
あなたの望みに適わずに
傷を負う 赤い鱗
という部分の歌詞、「赤い鱗」を「海/魚/朱夏」つまり夏の季語とぼくは読むからだ。
人魚をそう表現する「やなせなな」の感性にはぞくっとする。「あかいうろこ」、語感がヌラッとしていて、生臭くてエロティックである。
「やなせなな」の書く歌詞はどれも《詩》のエリアに突き刺さっている。
しかもその《詞》はやがて確実に訪れる《死》を見通しているのだ。
「トウヒコウ」は唐突にこう歌い出される、信じられるかい?
街角の夢遊病
くらり
倒れ込んだ君を
誰もが追い越してゆく
せいいっぱい
それぞれの日々
「やなせなな」の歌詞がそれでもすんなりと受け入れられてしまうのは何故?
これがごくありきたりな日常光景なんだと、ぼくら日本人は言葉のロジック・論理的整合性なく言葉を超えて直観してしまうからだろう。諸行無常の生死観ってやつ。仏教信者でなくともわかってしまう。日本人であるぼくらのDNAはそれが特権的に理解できる。瞬時に行なえ得るのだ。鈴虫の声を日本的だと、抒情的だと、美しいと、感じられるように。
鎌倉・室町から平成の現代まで、時代を超えて人は巷間にばたりと行き倒れる。
襤褸を引きずり裸も同然の姿をした夢遊病者のような人間たちは、泥まみれの街を裸足でさまよい、ギラギラとした夏の陽ざしに全身を射抜かれて地べたにへたり込み、うつ伏せになって、やがて息絶える。
嗚呼なんとおぞましい光景でありましょうか。しかしそれが人の世の常。生きもの“がたり”(間違えないで! アッチの奇妙なグループ名は同じ学級で「生物飼育」担当だったことに由来するとか^^;)。
無愛想な人の群れ
ほんのわずかな先を 急ぐ
うずくまる君には
夢の続きが探し出せない
駅構内の雑踏で、ぼくが行き倒れても、人は関係ねぇよという顔で足早に通りすぎてゆくだろう。それを分かっているのがぼくらでもある。人はそうして社会を、歴史をなしてきたのだ。いちいちかまっちゃいられないと。
行方知れずの君を
忘れたように賑わう街
立ち止まるわたしは
君の見た夢を探している
このまま もし 消えても
誰も気付かないだろう
わたしも
遠く
遠く
遠く
逝きたい
けれど どこへ
おそらくこうした哀しさ、やりきれなさに気づいた者たちが宗教に目覚めるのだろう。
簗瀬奈々は1975年7月17日、夏のさなかに生まれている。もうじき34歳か。若いなぁ。
95年に龍谷大学文学部真宗学科に入学し、軽音楽部に所属し、98年浄土真宗本願寺派の僧籍を取得した。法名は「釈妙華」。
ウチも代々お寺さんは浄土真宗本願寺派で、年老いた父はいま壇家総代人を務めている。母の介護に帰って必ず手を合わせる実家の仏壇はなんと数百万円もしたという。驚いちゃいけない。そんなの序ノ口なのだ。
京都によく出掛けていた父も足腰が弱ってもう動けず、かわりに五木寛之氏を招いて講演会を行ったりしている。書斎は親鸞研究書で埋もれ、著書こそまだないが毎日なにやらノートしている(その「親鸞帖」は膨大な冊数だ!)。
そんなこんなで、仏教のこと・浄土真宗のこと・親鸞のことは折々語り合ってきた。
「やなせなな」の音楽にはいつくかの特徴がある。
幼いころから謡曲で鍛えあげた喉~腹式呼吸には素晴らしいものがあって、新人プロとは思えないほど歌がうまい。これがまず第一番目。西洋声楽の歌唱法ではない。和楽・念仏楽的流麗さを伴った清澄な声の持ち主だ。
歌詞が《詩》になっている。
さらに、すべての《詩》に《死》の翳がさしている。
死が詩であるような世界観、それこそが浄土思想であろう。
しかし誤解しないで欲しい。彼女は仏教布教系シンガーではさらさらない。彼女の歌は抹香臭いものじゃ決してない。
が、第三番目の大きな特徴として、彼女の歌の出てくる「あなた」とか「君」と呼びかける相手のほとんどすべてが「死者」ないし「すでにこの現世に生きている者とは呼べない人」なのだ。
金木犀の花 薫る頃
瞼閉じれば この胸の中
蘇る笛の音 踊る太鼓
あなたが好きだった 祭ばやし
『祭りのあと』
の「あなた」は想い出といっても確実に死んでいる。いまはいない。
使い古したコーヒーカップ
柱に残るちいさな傷
いつも何も変わらぬ朝
でも足りないものが ひとつ
『青空ピアノ』
の「足りないもの」は・・・
君はお空になりました
さよならも言わないまま
で、がらんとした部屋には置き去りにされた僕の涙とピアノがあるばかり。
僕らの家の庭先に
願いをこめて植えた種は
あの日 突然壊された夢の下敷きになった
『風花』
阪神淡路大震災の朝の情景。「やなせなな」の卓越した言語感覚は“夢の下敷き”という素晴らしい表現を紡ぎ出した。そうなんだ。犠牲者たちはいまもそれぞれの「夢」の下敷きになって、まだ「夢」の続きを見ている。永遠に眠っている。
傷ついた街を包むように
静かに降る これが最期の雪
あなたが眠る場所
祈りを胸に この街で僕は生きてゆく
(同上・終節)
“春は逝く”って、ぼくが大好きな言葉が繰り返される(韓国映画の傑作『春の日は過ぎゆく』の中国題は「春逝」だ)「惜春」も、シリアスでドキッとするようなはじまりかただ。水中情死の歌である。「わたし」だけが時の河のほとりに立つ。
あんなにも狂おしく
わたしたちは求め合って
溺れる水の中 ふたり
冷たい孤独を知った
『惜春』
「すずむし、ないた」だってそうだ。“幸せの鈴”を振りながら、鎌倉で言えば“握り福”を手のひらの真ん中で握りながら、幸せな気持ちになっているいまの「あたし」だとしても、そばにいるはずの「君」は優しい幽霊でしかない。現実に息はしていない。ちりんちりんと鈴の音が心にこだまするだけ。
しあわせの鈴、そっと差し出して
耳元で振ってごらん と君がいう
ずっとそばにいてくれたこと
その時 はじめて 気がついた
『すずむし、ないた』
夢遊病者や認知症高齢者も「死んだような人間」のくくりに入れられるだろう。
自分を見失っている。
認知症では「徘徊」が「自分(の居場所)さがし」の無意識的行為として解釈される。
自分がどこに居るのかわからない。いまが何時なのかわからない。それを「見当識障害」という。
いつ・どこで・何をするためにここに居るのかわからない人間たち。もうおしまいだね、そうなると・・・と冷笑してみるが、ちょっと待って、そいつって自分じゃないのか??
あなたはホントに、いま・ここに生きているのか?生きているべきなのかい?
一体いまここで何をしているの? 何のために?
次から次へと問いかけが自分に向けてなされる。
それなんだ、それが宗教心の芽生えなのだ。哲学するってことでもある。そんなに難しいことじゃない。
やばいやばい。エラーになりかかっている(予感)。
一旦休憩にしよう^^;。
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コメント
ターナーちゃんて、やっぱり馬鹿じゃない?
どう考えても狂ってるって。
エリカちゃん同様、週末、ずっと待っていたわよ、あたしだって。
記事アップしてくれないんだもん。待ちくたびれたわ。
それでいてヘロヘロの身体で、精神だけはガッツリ屹立させて^^、こんな長文の記事を一気に書いてしまうなんて、馬鹿か気違いとしか思えないわ。何考えてんの。
ありえねー イッスルス オプソヨ!
ねぇカルチョ ジュセヨォ、❤メール、誰宛てのを誰に間違えて送ったの?ムソウォ~ッ!
あたしじゃないわよ。みなさんのご期待に反して、関係ない。
あたしだったらどっちの立場にせよ許しちゃおかないもん。いい気味よね。でもそんなことまでコクっちゃうあんたは正直モンよ。嫌いじゃない。
「やなせなな」の歌の「深イイ意味」勉強させてもらってます。
このあとの展開はどうなるんでしょうか?
楽しみです。でも無理しないで。
アジュチョアへヨ!
投稿: ひみこ | 2009年6月29日 (月) 19時28分