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2009年6月30日 (火)

立ちすくむ夏 4 (最終回)

 この前の「夏至」の日に、ぼくの大好きなフランス/ヴェトナム映画『夏至』の話がしたくて、このタイトルを考えた。

2009y06m29d_225127282_2   随分と前に、これの映画論を書いたとき、ぼくは『夏に立ち尽くして』あたりが邦題としていいのではと提案してみたんだけど、「À la verticale de l'été」という原題は、夏の光が垂直状態に一番高いところにあることを示している。

 夏が鉛直に立ったとき、「事件性」はMax状態に屹立する。夢が立ちすくむ。SEXがまさにそうじゃないか。

 「真夏の夜の夢」とはそういうことだったのだ。
  って、どういうこと??

 日本で劇場公開された00年の夏、映画のパンフレットでもネットの記事でもこの映画とシェイクスピアのあの作品を比較検討した文章は誰にも書かれなかった。
 Midsummer-dayが「夏至」のことであり、「真夏の夜」がMidsummer-nightであることを指摘して論じた者はいなかった。なんとも呆れる映画評論家の無教養ぶり。不勉強ぶり。

 キリスト教文化圏に生きる欧米人にとってはDNA刷り込み済の「常識」だ。
 いいかい、ここのところはとっても大切なことだ。しっかりおさえてよ、とシラケンの口調で(笑)。「やなせなな」の歌が言葉を超えて日本人のぼくらに直観的にわかってしまうことと同じなんだよ。
 DNA鑑定捜査も時には冤罪を招くが、それは解析の精度が低かった昔のことであり、シェイクスピア~真夏の夜の夢ときたら聖ヨハネ祭日の前夜の映像シーンが欧米人の誰の頭にもよぎっていく。それは500年以上も続くDNA遺伝子学上の「常識」なのだと繰り返し申し述べたい。

 ぼくたちの遺伝子には、恐竜・マンモス時代からの記憶が埋め込まれているのだ。

 真夏の夜つまりは夏至の夕暮れには、若い男女は瑞々しい緑の森に出掛け、女たちは野の花を摘み、幾重にも花の環を造っては恋する意中の人に捧げ渡す。あるいはいま眼の前に座る結婚した相手、永遠の連れ添いと草叢の上に重なって「愛」を確かめ合う。こんな習わしがずっと続いていた。

 日本なら、万葉の頃の春と秋の七草摘みがそうではないか。ぼくらの無意識的記憶にも同じような伝統が刻印されている。

 さらにもっと古く、森に多くの妖精たちが戯れていた時代、このMidsummer-nightには「妖精たちが跳梁し、薬草の効き目が特に著しくなると言われていた(福田恒存・岩波文庫『夏の夜の夢』解題より)」らしい。2009y06m29d_225203204

 『夏至』撮影当時、まだ38歳だった監督のトラン・アン・ユンは、彼が12歳のときに家族全員がヴェトナムからフランス・パリへと移住した。大学では哲学を専攻し、「エコール・ルイ・リュミエール」で映画学を学び直す。

 光と水のゆらめき、植物たちの瑞々しく深い緑のさまを、ぼくらがこれまでに見たこともないような生の官能美としてキャメラでとらえ、動乱のヴェトナムに生きる少女の成長を、植物的に自然な耽美的映像で綴った処女長編『青いパパイヤの香り』(93年)で監督デビュー。

  それに続く『シクロ』(95年)では、ホーチミン・シティ(旧サイゴン)を舞台にして、底辺階級でへばりつくように生きている人々の生き様とその心情を、残酷なまでにピュアなキャメラワークで描いてみせた。

2009y06m29d_172452204  スチール写真だけでもその全体の雰囲気はわかる。
 キャメラは映像の魔術師リー・ビンピン。ウォン・カーウァイの作品でもおなじみだ。
 この人の撮る映像には本当に舌を巻く。綺麗すぎることにケチつけたくなってしまうほどだ。

 そして第三作目がこの『夏至』。

かつてぼくはmixi日記でこの映画のことをこんな風に紹介している。

 《あのヴェトナムの夏の情景。しっとりとした空気感。陽光に映える色鮮やかな草木の深い緑。どこをとってもグリーン&ブルーが基調となった画面の美しさ。
 小鳥たちの囀りとヴェトナム語の謡うような女たちの声 がかまびすしく響いてきて、瞳を射るような午後の光に重なってスコールが街路に激しく降りしきる。金属の手洗鉢の水が細かく波紋を揺らして青くきらめく。
 漆黒の長髪を細い指の間で漉すように掬いながら髪を洗う女たち。きめ細かな肌にうっすら浮かぶ汗のしずく。
 かがんだ腰から太腿にはりつくアオザイのなまめかしい曲線が視線を微笑ます。暗い室内にポーッと浮かぶ蒼い翳りの中のシンプルなヴェトナム民芸家具。男と女の、昼下がりのスローな愛の戯れ......。
 三姉妹それぞれの愛のストーリーはともかくとして、あれほどアジア的官能美に満ちた映像は他にはないだろう。》

 映画『夏至』は、欧米人が持つ「真夏の夜の夢」のDNA的記憶をふまえている。ちゃっかり「あやかっている」。映像的に「戯れ(jouer)ている」。
 夏至=真夏の夜の古典的な習俗をふまえて、ヴェトナムきっての美しき蒼き街・古都ハノイに生きる三人姉妹の三者三様の揺れる心と、愛の戯れと、ケジメと、決意と、祈りとが見事な映像で描かれている。
 夏至の暑い日。
 母の命日に集まった三姉妹。父だけを生涯愛していたはずの母の、秘められた恋物語が、小鳥のさえずりのような女たちのヴェトナム語会話から明らかになってくる。

 このあたり、ぼくのヴェトナム語をめぐる過去記事をぜひとも読み返していただきたい。
http://turner-b.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-49ce.html

2009y06m29d_225146391  顔を寄せ合いふくみ笑いを浮かべながら蒼い井戸端で無邪気に語らう女たち。そしてやがてこの三人それぞれの秘密もブルー基調の淡い映像の光と影の中で露わになってゆく。
 鶏をつぶしている三姉妹の料理シーン。この美しさは一体なんだろう!
尋常じゃねーぜ。

 ヴェトナムの抒情味あふれた古歌が三人によって何曲も歌われる。2009y06m29d_172554329
 エンド・クレジットに重なる『昔の森は扉を閉めた』を、ぼくらはシェイクスピアの時代の夏至の習わし、恋の儀式に重ね合わせて考えねばなるまい。
 これを指摘するのが映画評論家の務めのはずなのに、誰も触れないことに怒り狂っていた八年前。。。あんときに、マジ、映画評論の道に進むべきだったのではないか。ジャンジャン^^;。アントキの、イノチ!(ゴルゴ松本とは誕生日が一緒だぃ!)

 垂直verticalと水平horizontale、この幾何学的映像の構図の決め方は随所で意図的に演出されている。
 女たちの秘められた不倫のシーンをぼくらは目撃することになる。が、ヴェトナムの夏の汗にまみれた露骨なベッドシーンは一切描かれない。
2009y06m29d_172353704_3  左の写真を見ておわかりの通り、トラン・アン・ユンは「オネットム/l'Honnete Homme 」なんだよ^^;。水平(SEX)シーンは極力排除されて、愛する者たちはただひたすら「うずくまる」。「抱きすくめられる」。小鳥のようなヴェトナム人だから(笑)、キスすることは許されている。ひたすらキスする。甘い甘いキッス。こいつが日本人感覚からするとうまく咀嚼できない^^。東アジアでこれほどまでに習慣化されていないのは日本だけじゃないのか? いいじゃないの幸せならば。何かにつけ何度も軽くキスしたってさ。微笑み返しだ。〔と、それを正直にメールに書くと、誤送信した場合、とんでもないことになる!(自爆)(*≧m≦*)〕

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   トラン・アン・ユン監督の最新作は、木村拓哉とジョシュ・ハートネットとイ・ビョンホンが共演している『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』だ。
 現在ロードショー公開中。

 おおっ!と叫んだ人が何人かはいることだろう。すでに観ましたか?
 キムタクとビョン様ファンのドラミちゃん、どうですか?
 恥ずかしながら先生はまだ未見デス。
 
 そして次回作は・・・・・・村上春樹原作の『ノルウェイの森』!!! 乞うご期待だよ~ん。

  まじめに講義を続けよう。
 ちょっとアタマを使う。御覚悟あれ。

 簗瀬奈々には子宮及び卵巣がありません。

 これには公式なコメントがある通りで、子宮体癌の手術をしたからです。。
 女の本来的な「女性」性を失った・・・と言っては甚だ失礼なのでしょうが、このことが簗瀬奈々を「やなせなな」に生成変化させたのだと、ぼくらはいま断言することにします。
 女という生き物を己の性のしがらみから離れて客観視することができるようになった、こう言いかえてもいい。

 簗瀬奈々は一人の女から一歩阿弥陀如来の世界に近づき、性差のない存在、「やなせなな」となった、そう信じることにしたい。
 「やなせなな」の有名な「寺院コンサート」はこのときから精力的に再開されます。


 西洋哲学なら希臘以来のその歴史と教理を概説できる自信があります。が、仏教についてはあまり詳しくありません。
 もっとも高校生の頃学んだ「般若心経」はいまでも諳んじられますし、浄土真宗については仏教系大学の教養課程くらいの知識は持ち合せているつもりです。

 親鸞聖人について、素人はうかつに語れないものの、「やなせなな」の音楽世界をよりよく理解するためには一応の線まで触れておかねばなりません。

 もちろんぼくの専門とするところは20世紀フランス現代(=戦後)思想です。メルロ・ポンティの現象学、サルトルの実存主義、そしてそれ以降の構造主義やポスト構造主義を語るのと同じ理解の仕方とスタンスで、以下に、自ら“親鸞してみたい”と思います。


 親鸞聖人といえば、「他力本願」や「悪人正機」説など、いわゆる世間の常識からすると逆説的なイメージの教理を説いた宗教人だと一般的には理解されていると思います。

 善人はもちろん、悪人こそがそれ以上に極楽浄土に往生できるなんて、一体なんのこっちゃと、中学の日本史か高校あたりの倫社の授業で疑問に思ったに違いありません。
 けれど貴方はそれ以上の追及はしなかった、でしょ?  受験のための知識習得ってそんなもんです。浄土真宗ー親鸞ー歎異抄ー教行信証ー他力本願・悪人正機説、それでおしまい。何もわかっちゃいないが、これで穴埋め試験は正答だとね。

 それでもなんだか「親鸞」の名前はひっかかっている。ウチの宗派は真宗じゃないけど京都を旅行すれば下京区にある西本願寺が気になったりと、そんな経験をお持ちじゃないでしょうか?
 いろいろな宗派を代表する名僧がいるが、親鸞聖人の説いた「逆説」(のようなもの)には本物の真理が隠れていそうな、そんな気がするとさえ思われたのでは?

 親鸞聖人は言いました、努力して精進して目的を達成することに人生の意義があるんじゃないと。そうじゃない、それはあんたの一方的で一途な思い込みにすぎないのだと。

 さて龍谷大学の学生になったつもりで、親鸞聖人の『教行信証』をひもといてみましょう。
 この書で親鸞聖人は、一生涯かけて「悟り」をひらくために努力精進する、そんなことは無駄だと、阿弥陀仏からすべてが与えられるのだと、きっぱりと説き明かしているのです。

 まぁここに至るまでが大変でした。

 親鸞聖人は9歳のときに出家して比叡山に入ります。血ヘドがでるまでの修行を29歳まで重ねました。なんと20年間!の永きにわたって。

 それでも脱しきれない自分の「煩悩」を親鸞聖人は嘆いたのでした。
 当時の聖人の心境を、彼になりかわって存覚上人は『嘆徳文』にこう記しています。

 “定水を凝らすといへども識浪しきりに動き、心月を観ずといへども妄雲なお覆ふ”。

 つまり、静まりかえった水のごとく心を鎮めてみても、心の波は決しておさまらず、心に真如の月を観じてもわたしの裡から湧きあがる煩悩の雲はその月を覆い隠してしまう、のだと。

 嗚呼、「煩悩」に身を焦がす自分が如何ともしがたい。いくら修行を行っても・・・「煩悩」から解き放たれない自分。。。
 当時、最高の仏道実践の場であり学問所であった比叡山にいて、親鸞聖人は一切の解答を得られなかったのです。20年間の努力精進刻苦勉励は無に帰したと思えた。。。
 
 そこで親鸞聖人はどうしたのでしょうか? 
  聖人に最後に残された道は・・・聖徳太子。「和国の教主」として仰ぐ聖徳太子に時空を超えて出逢い、その導きを乞うことだったのです。
 
 映画的!などと余裕を見せちゃいけない。愛の力で時空を超えてしまう『ある日どこかで』じゃないってば(笑)。

 そこで親鸞聖人は聖徳太子が創建した六角堂の本尊観世音菩薩への百日間参籠を決意したのでした。
 参籠を始めて95日目の明け方のこと・・・・・・と、話は続いていきます。


 ぼくはいまの重度認知症高齢者の介護職を、当初、「千日修行」と仲間たちに吹いていました。最低三年間は何も考えずに現場で働いてみようと。過去は全部捨てて。フライドも金銭欲も、何もかも。。。

 すでに、というか三年はとうに過ぎています。でも「悟り」なるものは全く得られていません。かわりに「煩悩」だけが益々肥大化しているのを感じます。メタボでなくブタボ状態^^;。

 龍谷大学ならば、おそらくこの夏休み前までに聖徳太子~法然上人との出逢いに講義が及び、親鸞聖人の求道の歩みの全体像がうすぼんやりと見えてくるに違いありません。

 話を相当はしょらねばならない。
 ぼくらは人間の常として、これまでの人生で身につけた知識や経験に固執して、それをもとに「自己」をみてしまう。わたしはこういうものだと。さらにこの「自己」をもってして「他」との関わりを考えてみようとする。その段取りに誤りはないように思われます。
 けれどそれじゃいかんのだと親鸞聖人は説くのです。
 それは柔軟な態度ではない。自己の現状に盲目的に執着しそれを肯定するのは少しも柔らかなことではない。もっともっと自己自身に目を向けるべきだと。これでもかと自己の裡側に問いかけること。深く問いかけるこの姿勢そこが「柔軟」の真の意味なのだと。

 とことん問い詰めていってはじめて優しく柔らかく開かれてゆく人の心。

 このあたりに、人の胸を打つ歌い手とは?の秘密の鍵がありそうです。

 少女・簗瀬奈々はまっさらな気持ちで親鸞聖人の教えに向かい合った、と思います。
 幼いときから、本堂から聞こえてくる父親の読経の声の響きで、その内容は知らずとも心揺すぶられて育ってきたはずです。
 まぎれもなくそれは「歌」だった。なぜか人知れず胸に迫ってくる「歌」だった。

 仏教には、四諦八正道〔したいはっしょうどう〕という根本概念があります。釈尊の教えを代表する考えかたです。釈尊が説く真理といいかえてもいい。
 まず、苦諦〔くたい〕とは、    人生は苦であるという真理です。
 次に集諦〔じつたい〕とは、   苦の原因は渇愛(我執)である真理です。
 さらに滅諦〔めったい〕とは、 渇愛の完全な滅が苦の滅した究極の理想境であるという真理です。
 そして道諦〔どうたい〕とは、  苦滅の境に至るために八正道によらなければならないという真理です。

 まずはとことん自己の現実相に「苦」を見ることから、その根底までつきつめてみることからはじまります。
 「諦」の原語であるサンスクリット語の“satya”は“あきらかにみる”ことを意味しています。真理に目覚めた“悟り”の智慧が“satya”なのです。「諦める」というこの「諦」の字が当てられている。

 自己の現実相から目をそらさないでとことん己れと向き合うこと、苦脳と真に出遭うこと、釈尊の教説はここから出発するわけです。
 そのあとの三つの「諦」と「八正道」の説明は省きますよ。このブログは仏教、教義を説くことを目的としたものじゃないからね。

 ここで強調しておきたいことはただ一つ。
 「やなせなな」の歌にはこの「諦」の気持ちが流れている、包まれているってこと。

 決して抹香臭いものじゃない。
 その「まなざし」と「ほほえみ」と「ぬくもり」が感じられるってことなのです。


 自分という「地図」を捨ててしまった認知症高齢者がいる。
 もう戻るところはどこにもない。言葉も失った。家族も、友だちも、人との関係は一切断たれた。時間もわからない。過去の記憶のかけらすらない。
 すでに生きながら死んでいるその「あなた」が手にする蜜柑の果実。庭の蜜柑の木、それを見て「あなた」は微笑む。微風が運んでくる海の匂い。「あなた」は突然歌い出すのだった・・・・・・

 なつかしいあの家を
 あなたは もう 思い出せない
 ただ 裏庭の蜜柑の木を
 見上げて微笑むだけ

 遠くふるさとから吹く風は
 あの日の海の匂いがする
 忘れたはずの古い歌を
 あなたは突然歌い出した

 潔く地図を捨てた人々に
 帰っておいでと 手招きする
 風に揺れている緑の葉に
 あなたは何を語りかけてるの?

  たいせつなこの家も
 あなたは もう 思い出せない
 ただ わたしが差し出す蜜柑を
 噛みしめて 頷くだけ

 戸惑いと 深いかなしみの中に
 取り残されたわたしを
 困った顔で振り返る
 けれど
 あなたはたったひとりで
 軽やかに歩き出すために
 長い旅の支度を始めた

 いとおしいわたしの名も
 あなたは もう 思い出せない
 このてのひらを握りしめて
 やさしくほほ笑むけれど

 なつかしいそのすべてに
 あなたは さよならも告げずに
 ただ 刻まれた遠い日々に
 静かに瞳を閉じた

 なつかしい あの家を
 あなたは もう ー

  ただ 裏庭の蜜柑の木を
 見上げて ほほ笑むだけ

            やなせなな「蜜柑」


 長くなりましたが、ここまでで「やなせなな原論」の簡易的集中講義を終わりにさせていただきたいと思います。
 長時間のおつきあい、本当にありがとうございました。
 最後に、「蜜柑」をもう一度、みなさんと聴いてみたいと思います。
 画面には阿弥陀如来の姿が見えてくるような気がいたします。 合掌。


http://www.youtube.com/watch?v=r2-jVLXGOM8&feature=related


 

 

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コメント

先生!!先生!!

 ネルのドリップでコーヒーを淹れて、お化粧も一応終えて、
正座してお待ちいたしておりました。
 ターナー先生の朝の講義を。
 感動です。泣きそうです。泣いています。

 きょうはもう仕事に行くのはやめにして、まずは『夏至』を借りに
Tsutayaに出掛けて、あっ、その前に9:00に図書館に行って
親鸞関係の本を一冊だけ借りて、読書とDVD鑑賞を交互に続けて
いようかな。

 それから夜まで「やなせなな」の『なないずむ 壱&弐』を聴いていたい。

 これ以上の言葉はもう口からでてきません。黙ってそうしています。
 合掌。。。

 

投稿: エリカ | 2009年6月30日 (火) 06時37分


타나님

사람이 「조용하게 눈을 닫았다」때, 거기에는 단지 열심히에 「사랑」 밖에 남지 않는 것인지도 알려지겠네요.
지금까지의 「성스러운 사람」이 살러 「성스러운」존재이기 위해서 얼마나의 구상이나 갈등을 넘었는지요.
나도 성스러운 사람이 되고 싶다.

쥠복

投稿: 쥠복 | 2009年7月 1日 (水) 23時06分


쥠 복 様
 日本語でいきましょうね。構文的に難しすぎるから(笑)。
 ぼくの文章読解が正しいとするなら、貴方のおっしゃって
いることこそが、親鸞「聖人」の尊称の本当の意味だと言え
ます。「上人」でなく「聖なる人」であり「性にあらぬ人」なの
です。

 映画ではキリスト役キムタクの瞼の奥〔瞳の中〕からなんと
生きた蛆虫が這い出してくるというグロテスクなシーンがあり
ました。CGじゃなくて。嘘?ホント?やっぱり嘘?
 閉じた瞳を再びひらく=生き返る/復活するというのはそういう
ことです。おぞましい。最高に気持ち悪い。けれど、崇高に・・・
美しいことです。

投稿: ターナー | 2009年7月 2日 (木) 12時47分

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