“幸福な薔薇よ、おまえのすがすがしさが
ともすればわたしたちをこんなに驚かすのは、
おまえがおまえ自身のうちで、うちがわで、
花びらに花びらを押しあてて、やすんでいるからなのだ”
リルケは謳う、五月の薔薇の美しさとその神秘を。そしてその優しさを。
“気ままさが気ままさにつつまれ、
やさしさにやさしさがふれて……
それはまるでおまえの内部がたえず
みずからを愛撫してでもいるかのようだ”
薔薇、五月の白い薔薇・・・・・・
リルケは、1926年、51歳の若さで亡くなった。その死因は、前の年に指に刺さった薔薇の棘が原因で急性白血病になったからだという。
墓碑にはこんな詩句が刻まれている。
Rose, oh reiner Widerspruch, Lust,
Niemandes Schlaf zu sein unter soviel
Lidern.
薔薇よ、おお純粋なる矛盾、
それだけ多くのまぶたの下に、
誰の眠りも宿さぬことの喜びよ
ぼくたちは、吉田慶子、彼女が歌うボサノヴァの美しさをなにに喩えようか?
ぼくのこのブログの熱烈愛読者のうち、正確には「7名」の方々は、ありがたいことに吉田慶子のボサノヴァに夢中になっている。
これを読んでいるいまも部屋には吉田慶子のあの優しく甘い声が流れているかも知れない。
“正直、いまだかつてこんな素敵な音楽体験はありませんでした。お世辞でもお義理でもなく、吉田慶子さんの唄を聴いていると、からだの“芯”の部分、精神の深いよどみの奥底からゆっくりと癒されくるのを感じます、とある人は熱いメールをくださった。まるで温泉気分だとちょっぴり舌を出して微笑むその人。
小野リサもいい。どの曲を聴いても心地よいボッサの“あった快感”が得られる。
が、吉田慶子のはその三倍濃厚というか、ぐったりだらりと甘美な気持ちよさに酔い痴れられる。
かつて矢野真紀を見出した時の喝采感というか、
畠山美由紀のときの重たい手ごたえというか、
クミコのときのエグさまではなく^^;、
吉田慶子の場合は爽やかで仄かに薄紫色のハーブの香りに満ちていてまるで“風のガーデン”に佇んでいるようだ。
彼女の歌声にそっと寄り添うような中村由利子のピアノの音色がまた素晴らしい。
小指の先の先まで打鍵のしっかりしていること!一音一音が真珠の光の粒のごとくはっきりと玉なして鍵盤からこぼれ落ちる。
同じ世界に生きていて、韓国では大人気だというK氏のピアノにはぼくは点が辛い。はっきり言って残念ながらピアノは下手くそだと思う。一本調子でパサパサしていて、ボルドーワインのような深み・余韻、とりわけアタック感がちっともしない。
由利子さんのは違う。音大の学生ならざらに弾けそうなスコアでいて、素人レベルのタッチでは先のK氏と同じになってしまう。素人さんのヤワな指では実は歯が立たないのだ。ゲル状のねっとりとした厚みが広がっている。エッジが立てられない。
真似しやすそうで最も真似しがたい音色だろう。「小犬のワルツ」が上手に弾けたって中村由利子は簡単には弾けないって。そういうピアノだ。
ここでコクっておこうか。
吉田慶子を知ったのは鎌倉だった。
鎌倉に人気のカフェがある。小町通りから路地をすこし入ったところにあるお気に入りのカフェ。『カフェ・ヴィヴモン・ディモンシュ』。
仏語の発音に合わせて表記すればこうなる。映画好きのオーナーは、ぼくも大好きなフランソワ・トリュフォー監督の『日曜日がまち遠しい』のタイトルからこの店名をつけたという。
いま、この一か月のあいだに、ぼくが知る限り四冊の雑誌で《鎌倉》が特集されている。
それぞれ工夫がほどこされていて読んでいて楽しい。
なかでも充実の一冊は『Hanako』の「鎌倉案内」だが、主旨が違う、これには触れないでおこう^^。
もう一冊、『OZ magazine』で「だから好き 鎌倉」ってのが出ていて、その冒頭にこの店が大きく紹介されていたのには驚いた。
ここは“Bossa鎌倉”、日本のカフェにおけるボサノヴァ流行の震源地=情報発信基地なのだ。
“おしゃれなカフェは東京にもたくさんあるけど、鎌倉にはそれ以上のなにかがあるみたい。”というキャッチは当然。しかもなんと写真満載で6ページにわたるお店の大特集。
ここを語らずして、いま鎌倉を語ることにはならない。
まさに鎌倉気分とはカフェ・ヴィヴモン・ディモンシュのことだ。
ボサノヴァしかり。吉田慶子(+中村由利子のピアノ)しかり。
福島に住む吉田慶子がボッサを歌う聖地=ステージ=リング=ボッサの環、それがこの店なのである。
今回、エンエンと縁があって“リゾーム”の連鎖の流れの中で、「千里眼」問題をテーマ(話のタネだね^^;)にして書きつないでいる。しかしながらこんなにも時間を喰うとは・・・思ってもみなかった。
吉田慶子が鎌倉ライヴする情報ってのがずっと以前からネットにあって、それをなんとか紹介しようと思っていたら、ズルズルといまになってしまったという次第。途中で事件がいくつかあったから。ははは。
この雑誌の、この店の記事は、まったくの、予想外・予定外で。。。
ぼくこそが「透視」能力があるのでは・・・と思えてきてしまうじゃないか。
「リング」は「念波」で伝わる。
現代のディジタルなウィルスだ。
新型インフルも次第に東にまで蔓延して来た。これもひとつ、時期的なリゾーム話題となってしまったよね、やっぱり「透視家」ターナーなのか!?
ぎりぎりで間に合いそうだ。紹介しておこう、左の内容で吉田慶子の鎌倉Bossaライヴがある。ぜひとも、生で、聴いてみていただきたい。
ここまでがイントロ。
思えば、ぼくがある種の脅迫観念にかられて、夜な夜な一枚また一枚と“お気に入り音楽”CDを焼いている理由には、無意識的に『リング』的な世界観があってのことかも知れない。〔なんて大げさな、なんという曲解か!笑〕
鈴木光司『リング』の怖さの核心が、“相手を死に至らしむる貞子の怨念”にあったことは周知のことだろう。
断片的で脈絡のない奇妙な映像が映ったビデオテープがある。呪いのビデオだ。
このビデオを観てしまったものは、ちょうど一週間後の同時間に、死ぬ。〔あるいは、テレビ画面から這い出て来た何者かによって、殺される。〕
その何者が「貞子」だ。
「貞子」は、繰り返すまでもなく、その母のモデルが「御船千鶴子」である。
鈴木光司はすべてを知っていて、調べあげていて、事実を下敷きにして基本ストーリーを設定した。
しかも千里眼・御船千鶴子と“変態心理学者”福来友吉との関係に《博士の異常な愛情》すら捏造している。まるで楽園追放されたアダムとイヴのように。
文化情報伝播の先端メディアであったビデオテープに、かつて伊豆山中に隠れるようにしてあったサナトリウム施設の古井戸の底から「怨念・憤怒の情」が「念写」される!なとどいう発想、これはいかにも鈴木光司らしい卓抜なアイディアだった。
しかも“それを観た者は必ず死ぬ”のだから、新型ウィルスどころの怖さじゃない。
感染したら最後、と思いきやそうでもなくて、一週間経っても生き残ってしまう者が現れる。なぜだ!?
呪いの伝播に手をかしてやるとどうも死を免れるらしい。
どうすればいいのか? コピーすること。情報を複製して他人に伝えること。ビデオでいえばダビングして人に勧めることをすればいいのだ。
このとき、文学・芸術をやっている者なら、ウォルター・ベンヤミンの世界的名著が頭に浮かぶだろう。戦前のドイツで活躍したユダヤ人の文化社会学者、文芸評論家、思想家である。彼の代表作『複製技術時代の芸術作品』(36年)。ナチスに迫害されついにはピレネー山中で自殺してしまったベンヤミンだったが、彼の遺した仕事の数々がその後のわれわれの《芸術》世界観を一変させていることは言うまでもない。
ベンヤミンを知らずして芸術論は語れない。
ボサノヴァを抜いて鎌倉が語れないようにね。笑
鈴木は“コピーする(複製する)”ことの芸術論的意義をホラーに「念写した」唯一の作家だ。
「リング」ウィルスは「文学」し、「芸術」するのだ。
作家、画家、ピアニスト、歌い手にしてもしかり、すぐれた「芸術家」は「予見する」。未来を「透視する」。
あえてぼくが書くことじゃあるまい。歴史がすべてを証明しているではないか。
ときの大衆は、知識人でさえも、ただ純白なマスクをしているだけだ。口にはマスク、眼にもアイ・マスクを。
才能が豊かであればあるほど、大衆は「芸術家」に近づいて来てはマスクを外し唾吐きかける。そんな人類の陰惨で残忍な非文化的行為が何世紀にもわたって続けられている。〔と、オーバーに書いておこう^^;〕
映画『感染列島』を思い出そう。あのわれらが檀ちゃん(檀れい)の主演していた今年あたまに公開の作品だ。どこへ行ってしまったのか? TSUTAYAに行っても新作・準新作の棚にすら並んでいないぜ。
これが日本人の哀しい芸術・文化観だ。「一本堂」に出かければ《マスク入荷! ただしお一人様10枚に限らせていただきます》だと。
天才心理学者・福来友吉は“マッドサイエンティスト”の烙印を押されてアカデミックな場から追放され、不知火の千里眼女・御船千鶴子は重クロム酸を飲んで自殺した。
イントロのあと、ここまで駆け足で一気にスクリプトの梗概をまとめてみたが、こんなことをぼくは語ってみたかったのだ。
とくに福来“変態”心理学については、ベルグソン哲学と小乗仏教学の見地からもアプローチしてみたいと思って、いま文献をいろいろと読み進めているのだが・・・ははは、それで長いの書いたって、誰も読みやしないわね。
「リング」最終章・・・・・・次回ですべてを完結としたい。〔ほかに一杯書きたいことあるんだしさ^^。新型ウィルスまででリゾームをぶち切ることにしようぜ!〕
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