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2009年1月 6日 (火)

花に成る・・・こと!

2009y01m05d_181304078_2   “花を活けるというのは、実にいい言葉だと思う。花は野にあっても、生きているのに違いはないが、人間が摘んで、器に入れ、部屋に飾った時、花はほんとうの生命を得る。自然の花は、いってみればモデルか素材にすぎず、活けてはじめて「花に成る」のである。 ”

 ─白洲正子「花を活ける」の冒頭の一節〔『風姿抄』(世界文化社)所収〕─

 

 正子は続けてこう書く。
 “だから華道のことを「お花」といい、花器のことを「花生け」、花をさすことを「生け花」と呼ぶのだろう。こういう言葉は、外国語にはない。仕方なしにフラワー・アレンジメントなどといっているが、生け花は単に花を都合よくアレンジする(まとめる、整理する)ことではあるまい。花生けのことも、ヴァースとかヴェースとか呼んでいるが、この語源には萼(がく)という意味があり、したがってただ花を支えるための用途しか示していない。花に対する考え方、扱い方が、日本人とは、根本的に異なるのだ。”(同上)2009y01m05d_155223843_3

 こういう美しい書物が「B・O」では105円で買える喜びをヒッシとかみしめよう。

  武相荘の囲炉裏のある情景。
 その奥に見えるのは・・・・・・

 白洲正子の『日月抄』、『雨滴抄』、『風花抄』などを、真冬の雪月花の風景を眺めながら静かにひもといていると、母国語を日本語で育てられたことの至福感が身体じゅうに漲ってくるのをおぼえる。
 なにごとにおいても、自然を活かしながら同時に自然に活かされているというこの審美的感性。高潔なる日本的思考。
 下衆な巷の塵で汚れきった心がこのときばかりはすっかり洗われる気がしてくる。みたいな、と言ってしまうこの俺はホントにサイテー男だよなぁ。

   なんてことを書いていると・・・かつてわが師ドゥルーズがしきりに主張していた“devenir ナントカ(ナントカに成る)”という彼独自のユニークな哲学概念2009y01m05d_164224421_3 が、純日本的な白洲正子の発想を通して、よりよく理解できそうな気がしてくる。

 ドゥルーズ先生は哲学論文中であっても平気で“ピンク・パンサーたれ!”と叫び続けていた。

 自然と共に生きて初めて“devenir Femme(ドゥヴ二ール・ファンム/女に成る)”のだ。ぼくらは富良野のイングリッシュ・ガーデンの中でターシャ・テューダーに成り、雨の日のドライヴの途中で竹内まりやに成る。

 ピンク・パンサーは特定の既成概念には決して縛られない。概念を超えて“ナントカに成る”のである。
 これを軽くは逃走するともいう。重たくは脱領土=属領化するともいう。
 いかなる土地にも根をおろさないで、ステップの草原を吹く風のごとく、遊牧民(ノマド)たちのように変幻自在に棲み家と日々の生きかた・戦略を変えていくこと。あくまで自然と共に。大気と水と風の流れと共に。それがドゥルーズの“共生の自然哲学”なのだ。
 建築家・黒川紀章は、いちはやく彼独自の本能的嗅覚でこの力の凄さをかぎとり、自分の建築様式にドゥルーズの思想を組み込んだ。それは随分と昔のことだった。
 自らの身体にこの概念を組み込むこと(アジャンスマン)、それはとっても大切な行為だ。自分のものとしてアレンジする、組み合わせる。それは都合よくまとめることではない。アレンジメント、そこにはピンク・パンサーたる生命(いのち)がこめられている。新しい生命哲学の原理がそこで創られる。生み出されるのである。

 建築家・伊東豊雄もその一人だ。彼はノマドの移動(稼動)式住居パオを一般住宅に機械状に作動配置(アジャンスマン・マシニック)したのだった。

 アジャン=エージェント(代理代行人)たる自覚。しかも透明な意識での。2009y01m05d_164246625_2
 
世の中の代理代行業にたずさわるすべての者、及び、クリエイターを自負する者たちはすべて、ジル・ドゥルーズを読まねばなるまい。
 アレンジすることの意味をそこで真摯に学びとらねばならない。そしてその自然/生命哲学の美しさにため息を洩らすべきだろう。

 ピンク・パンサーとなって他者の命と重なり合うこと。
 人間みんな一人だが、共犯者との夜はブランケットにくるまってひとつになっている。優しい時間。温かい人肌。
 命=魂の赤い血の流れを感じながら二人ぬくもる夜。決して孤独ではない。

 自分と共に、プラスα。ドゥルーズはフェリックス・ガタリと一体化した。組合い。組合せ。アレンジメントの思考。これこそがデザインする行為であり、そこで言葉での概念化が哲学者の務めとなる。
2009y01m05d_193439984  音楽も、絵画も、映画にしても、ものづくりの原理源泉はこれでしかない。難しいことはちっともない。哲学することはたやすい。みんなでドゥルーズを読み直してみればいいのだ。

 ドゥルーズ哲学のABCは、YouTubeでだって観られるではないか。すごい時代になったもんだ。
 白洲正子は白洲次郎とアレンジメントした。
 ふたりでひとつ。ドゥルーズ=ガタリ、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの「踊る機械」のごとく。

 もしかして、白洲正子も、8090年代の晩年にドゥルーズを読んでいたりして、みたいな^^


 とんでもないブログになってきたぞぃ。(*≧m≦*)

 
 ぼくらは1998年という年を忘れてはならない。

 この年の暮れに白洲正子は亡くなった。その年の春に、パリで急死したのが哲学者マルク・ソーテだった。2009y01m05d_180521828

 実はまだ、「B・O」の105円の本の話の続きなのだ。
 ソーテの『ソクラテスのカフェ』(紀伊国屋書店)も「105円本」だ。
 訳者の堀内ゆかりさんは、ぼくとかPanさんの大学院の後輩。
とっても優秀な方だ。辻さんと一緒にいい仕事もしている(クリストフ・バタイユの翻訳)。

 前回とりこぼした重要な一冊については、おそらく、今回にしても語れないだろう。早く聞かせてと言ってきた人もいるが、それは今度お会いしたときにね。ゆっくりと話してみたい。クラレットを飲みながら。


 毎週日曜日の午前11時なると、パリのバスティーユ広場に面した「カフェ・デ・ファール(灯台)」の店には聴衆が群がって来る。
 街頭哲学講義の時間が始まるからだ。カフェの店内で。店から溢れた聴衆は広場でマイクからの声に聞き耳を立てる。
 講義のお代は無料。店にエスプレッソでも頼めばそれでいい。
 それにしても「灯台」という店名は実に象徴的だよね^^。

 語り手・司会進行役は、哲学者マルク・ソーテ。いかにもフランス的イケメンの哲学者。
 フランス屈指のエリート校(グラン・ゼコール)のひとつ「エコール・ポリティック・ド・パリ(パリ政治学院)」の教授の地位を投げ捨てて、彼はここで街頭哲学を講じ始めたのだった。

 はじめの頃は10人たらずの客だったが、あれよあれよのうちに100人以上が集まるようになってしまった。開始時間のかなり前でも席は取れない。みんな通り・広場に立ちんぼ。多いときで聴衆は150人をこえたという。
2009y01m05d_180147265  フランス人はそれでもめげない。待ったり立ったりするのは得意中の得意だ。犬のようにみんな黙って、二時間じっと待っていても平気なのだ。
 写真を見て欲しい。
 こんな感じでワイワイやってる。
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 パリ第Ⅷ大学(通称ヴァンセンヌ校)のドゥルーズの講義もそうだった。
 ぼくらは星々が輝いている夜空の下、ヴァンセンヌの森に出かけるためにメトロ一号線に乗り終点で降りる。城砦のある駅前広場から通学バスに乗り込む。ようやく東の空が明るくなって夜が明けてくる。
 大学前のバス停でドアが開くや全員ダッシュで講義室まで一目散に競争だ。当時は足に自信があった。100m1063。あっ、これは完全なる嘘。狼少年Kだ(自・爆)。しかしなんでこんな数字の詳細にこだわるのか。病気だね、ほとんどね。

 教室にはすでに学生たちが座っている。いや、寝ている。泊まっていたんじゃないか? シュラフがあちこちに転がっている。ぼくらは、なんだか訳がわからぬままぽっかり空いている一番前の席の中央に座る。満員のシネマテークでもそうだった。京橋のフイルムセンターだって、常連には敬意を表して座席を空けて座っている。これが“一流のマナー”なのである。フランス人は貧乏学生であってもこの“マナー”を心得ていたのだ。
 日本人留学生が5,6名、みんな一斉にSONYのテレコを机に立てて一時間半待つ。澁澤龍彦のようにサングラスしてちょっとエバッテタのがぼくだった。気持ち悪い光景だったね。その講義録テープも三年もいるとダンボール箱ひとつになった^^
いやまて、二箱?三箱になったかな? 2009y01m05d_214512500

 開始時間からきっかり10分遅れて、カウボーイハットをかぶったドゥルーズが現われる。例のしわがれ声で、いゃぁ車が混んでいてねぇとか、小津の映画を昨日観たのだけれど・・・とか、カーラジオで言ってたよ、グレン・グールドが死んじゃったそうだ・・・とか、講義に関係のない話を230分ほど始めていく。チェーン・スモーキングで。そのあとで休憩もせずに二時間一気にしゃべくりまくる。
 哲学とは何か? 映画とは何か?

2009y01m05d_170214359  マルク・ソーテはどうだったのか?
 彼は“日常生活に役立たない「哲学」なんて意味がない”と言っていた。日本の大学での、ニーチェは「超人」をこう説いた、フッサールの現象学では「在ること」ってのはこうだと説明する哲学なんて、正直、哲学じゃない。教授とは名ばかりで自分の頭で考えていない。講義ノートを読んでいるにすぎない。フランスならコップの水をぶっかけられる。
 マルクはカフェに集まった老若男女に問いかける。毎週違ったテーマを。
 “生きるってどんな意味があるのか?”
 “安楽死って許されることなんだろうか?”
 “暴力って?”“戦争って?”
 そうした講義&討論がこのカフェで六年間続けられたのだった。ほかに彼は「哲学相談所」というのも開いていた。

 これがフランスでは一つの流行現象になった。各地で100以上もの哲学カフェが流行っていたという。

 本当にフランス人は議論好きだ。いやになっちゃうくらいみんなが「哲学」する。
 ところでトオル武満の音楽だが・・・とか、(画家)レオナール藤田はどうして戦争責任を問われたのか・・・とか、芸術論的突っ込みにもたけている。
 小津・溝口・黒澤・成瀬・大島・篠田・吉田・・・北野・・・若いところでは黒沢清、これらの映画監督の作品について満足に語れなかったら「馬鹿か!お前は。それでも日本人か」と呆れられてしまう。
 いわんや禅・歌舞伎・能・相撲・天皇制においておや。オヤオヤ・・・。松浦亜弥。はるな愛。

 哲学は、「生きるための思考」のことは、日常的な平易な言葉で語らねばならない。
 これが大切なところだ。
 確かに日本語の文章なら小難しい専門用語(漢字)を並べて誤魔化すことはできる。でも、それをやっちぁおしめーよダ。すぐれた哲学書、ないし評論集は決して難しい言葉で書かれてはいない。

2009y01m06d_053536406  むかし、20世紀最高の評論家ロラン・バルトの文章に、川底などの泥をさらうという意味の動詞が出てきた。
 有名な誤訳・笑い話である。
 “サンジェルマン・デ・プレで「浚渫(しゅんせつ)」したとき・・・”と日本の高名なバルト学者は翻訳した。バルト大先生なんだから「泥さらい(ドラゲ)」じゃ軽すぎるだろうと真面目に悩んだのだった。漢語表現を用いて格調高く示したつもりだったのだろう。でも前後の文意がまったく通じない。バルトがセーヌの泥をさらうだと?? なんのことはない、「男を漁った(ドラゲ)」話だった^^。バルトは美しい男が大好きだったからね^^。ミシェル・フーコーもそうだった。

 邪推で書くとまたぞろファンから強烈なクレームがつきそうだが^^、マルク・ソーテは何で死んじゃったんだろう? フーコーと同じ病気か? フランスの知識人ってみんなそうなんだよね。いい仕事していると突然ソレを理由にして逝ってしまう。
 ギリシャ以来の西欧形而上学界の伝統か。

 私は知りません。私にはその趣味はございません。カムフラージュではありません、ひみこさま。090105_125101_2

 さて今回の「B・O105円本」のネタは尽きた。一冊を残してね。
 しかしその肝心の話は・・・前述した通り、割愛させていただく。
 こめんね、ジロー。息子と車で乗りつけた極ウマ系ラーメン屋は、確か、「二郎」だったか「次郎」だったか。。。まだ胃がもたれている。。。見かけシンプルにして強烈!!
 当然ながら、ここで笑っていただきたい。
 白洲次郎をひっかけて(ドラゲして)いるのだから^^;。

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コメント

ターナーさま

昨夜は大変失礼いたしました。
深く深く反省いたしております。
コメント書いたことすら記憶にございません(笑)(失礼)。
2つ続けて書いたんですよね。読み返してみると・・・お恥ずかしい次第です。
昼間から二升くらい飲んでたのかな? もっとか^^。
お酒で人生を誤まっております。
ヤクザな旦那との結婚・メメ子の妊娠・はじめての不倫・二度目の不倫・・・違うか?(爆)
前にターナー先生から「絶交!勧告」を受けたのも、mixiのマイミクから除籍されたのも、酔っぱらった勢いでの暴言からでした。
(でも愛情一杯あふれていたんだけどさ^^;)

このまま認知症になっちゃうと、先生、どうなんでしょう? 記憶の回路はどこまで働いているの? なんだか天国にいるみたいって思えるのかしら?
先生が手配してくれてマーと泊まったカルチェ・ラタンのホテル「エスメラルダ」をフト思い出しました。映画『個人教授』のホテル。
あのときはドゥルーズ教室のみんなが、ホテル近くのブール・ミッシュのカフェに集まって歓迎会をしてくれて、とっても嬉しかったわ。現・立教のU教授なんてすごい長髪で達郎みたいだった^^。先生は黒眼鏡の澁澤龍彦ね(笑)。現・神戸外大のT教授はトッチャン坊やで可愛くて、“イデー”はあの頃からお洒落なインテリ男でしたよね。マーに一目惚れしたO君はどうしてます? スウェーデン人のバレリーナと結婚して超可愛い女の子が出来て、その子だってもう成人すぎでしょ?
みんな若かったわよね。キラキラでなくぎらぎらしてた。みんな浴びるようにワインを飲んでたわ。下戸っていなかったんじゃない。スパスパ煙草をくわえて。先生はパイプだったっけ? 渋~い顔してた(笑)。
ドゥルーズ教授、かっこよかったよね!!
あたしが強烈におぼえているのは、マーと出かけた教室にダニエル・シュミットがいたこと! 先生、目配せしてくれたじゃない。ほら彼だよって。マーなんてひどく興奮してたわよ。それと、アラン・キュニーが講義ノートをとっている姿。感激的だったわ。
ドゥルーズ先生の言ってること、まるで聴き取れなかったけど、最高に幸せな時間でした。
もちろんマチュー・カリエールと握手できたことも一生の思い出!! ミーハーね。

マルク・ソーテの哲学カフェの光景、あのときの熱い授業風景とみごとに重なります。
20歳の頃の、あたしが最も輝いていた頃の、宝物のような思い出。その時間をパリで共有していたターナーさんに、感謝! 乾杯!!
またまた酔っぱらってるって?? ワイン3本目で~す!!

投稿: ひみこ | 2009年1月 6日 (火) 22時30分

「美の巨人」観ましたよ。
ターナー氏は日本の「侘び寂」の見解を
持っていたのかもしれませんね・・・?
ってひどく飛んだ感想です。
私には今時間が制限されているので
ここだけで長いコメント書けないのですね。(10時までにかかないと!!!笑)
さて、本日日本のターナー先生から
「国府弘子ピアノ・ベスト ぼくの愛しい曲たち」いただきました。
職場の私の引き出しを開けると
中にCDが・・・。
お昼休憩にまず聴かせていただきました。
がっ!!!
「Always」最高です。
私、大大、大好きです。
心に響きます。
もう何度も聴きました。
本当にありがとうございました。
それからお正月明けに一言申し上げましたが(直接)
映画「君に読む物語」
は冬休み中、お正月にやっと観る事ができました。
こちらもありがとうございました。
あの映画の感想は、お年寄りの気持ち、
私が最初に介護に関わった6年くらい前に最初に感じた想いと似ています。
すみません。
自分の世界で語っていますが。変な気持ちですが、
お年寄りの気持ち痛くわかってしまった日があったんです。
それから数ヵ月後です。一度、この現場を離れたのは。
あの時は私はまだ若くて、仕事しながら涙が出ちゃうときがあったんです。
現場を離れた理由はそれだけじゃないけども。
でも、いい映画です。また観ます。
それと、最後に MariyaカバーCDも
!心からありがとうございます。
何度も何度も聴いてもやっぱり
最高ですね。で、外人アーティストも最高ですが、
やっぱり本物の竹内まりや、最高、1番です。
今日はありがとうX3でした。

投稿: MM | 2009年1月10日 (土) 22時49分


ターナー先生
 白洲正子のことも、ジル・ドゥルーズのことも、マルク・ソーテについてもまったくわかりません。
 致命的な勉強不足ですね。
 それは自覚していることです。

 でもきっと、先生は許してはくれない。

 私は画家ターナーの番組すら観ていません。どうしようもないわね。発言の資格なし。
 MM(M&M?)さんに嫉妬します。
 先生のリードのもとで楽しく仕事をしているんでしょ? お昼休みにはオリジナルCDを聴いて。二人でだら~って癒されているんだ・・・羨ましい。いいなぁ。私も介護職に就こうかなぁ。資格はないけど。
 冗談は〝休み休み〟とはいえ、朝、出勤していったら個人収納の引出しに、CDとかDVDとかが入ってるなんて、凄くネェ~??
 MMさんって、恵まれすぎです。普通そんなこと絶対ないもん。
 いいなぁ。同じ東京の空の下なのに・・・。

 

投稿: エリカ | 2009年1月11日 (日) 21時32分

エリカさん、ご想像の様ではありませんのでご安心ください!
昼休み私は家に戻りますし(家でご飯食べながら聴くんです)
ターナー先生のことをOOさん!と、呼んでますし、先生リードの元はありますが私のリードの元のときもあります(笑)でも・・・恵まれていますね。
是非、いらしてください!
うちの職場に。
人手不足ですっっ

投稿: M&M | 2009年1月12日 (月) 00時19分

白髪姿になった今でもmathieu carriere
が大好きです。彼と握手できたあなた様が羨ましい。彼を思うといつまでも青春です。

投稿: mathieu | 2009年7月12日 (日) 00時11分

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