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2008年12月 8日 (月)

辰野金吾に想うこと 2

  あるいは アール・ヌーヴォーの光への軌跡

  1をアップして、早々にネタバレ・コメントが入るとは計算外だった。
(って、あれはひどいよなぁ、ミレイユ・ダルク似のひみチャンよ。知ってるもんフフフ・・・くらいでとどめてくれなきゃ。猪木ビンタもんだぜ、ありゃ)
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 意地悪だ。この後半を非常に書きにくくしたつもりなのだろう(笑)。
 ひみこ流の“しっぺ返し”か。 オーコワッ!!
 けれど平気だぜ。いくらでも切り返せるわい。

 ミステリー文学での“倒叙法”の活用例を思えば、「犯人」が判っていたってどうってことはない。
 最初から「わたしが殺しました」という告白で始まってもかまわないのだ。まぁ筆の力・さばき方いかんだけどさ^^;。

 犯人が知れていても、ぐいぐいと読ませるミステリーの代表作では・・・
クロフツ『ロンドン発1230分』とかフランシス・アイルズ『殺意』あたりか。お手本のような傑作だろう。
2008y12m08d_072135750  わが国では宮部みゆき、桐野夏生、高村薫といった、なぜか女流作家たちが、この手法を駆使して見事に傑作をものにしている。

 だいたい「あなた」なんて二人称を用いていることが、このブログに違和感・異質感をもたらしている元凶(^^;)なのだ。罪つくり。
 「あなた」って誰? 読者は、言葉は悪いが“覗き見趣味”的にワクワクと行間をたどることになる。ターナー氏は逆にそれを狙っているのか?なんてさ(含み笑)。

 「あなたは・・・」という二人称表現。ヌーヴォー・ロマン(新小説)の旗手のひとり、ミシェル・ビュトールが『心変わり(モディフィカシオン)』という小説で使った手法だ。ちょうど50年も昔の作品。でも新鮮さは少しも衰えちゃいない。
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 読み手のぼくらは冒頭からいきなり「あなた」と呼ばれる。「あなた」という主人公になる。
 ぼくらは「あなた」になっちまう。が、もちろん「あなた」はぼくじゃない。
 この微妙なズレ。ブレ。しかしそれは不快ではない。むしろ心地よい。
 パリからローマに向かって走る三等列車の窓にあたって流れる雨のしずく。「あなた」はそれを眺めている。「あなた」は逢引するためにこの列車に乗っている。車窓から見える景色は雨でかすんでいる。愛の歓喜が脳裏によみがえる。穏やかなパリの日々も。過去の記憶、現在の意識が、雨滴で滲む。曖昧に二重化されて、半透明なガラスの上をあてどもなく流れていく。時間はトランプのように細かく切られ、記憶はばらばらなまま引き出され、「あなた」の記憶は読者であるぼくらの意識と一体になる。。。
 明学仏文の名物教授だった清水徹先生が50年ぶりに自ら全面改訳したビュトールの傑作『心変わり』。機会があればぜひともお読みいただきたいと思う。ターナーの一押し小説だ。
(
清水先生とお会いするのは今ではもっぱら葬儀のときばかりなり。どんどんと昔の教授=恩師たちが亡くなっている。心淋しい限りでございます)

 

 檀れいによく似た「あなた」が亡くなったのは・・・昨年の919日のことだった。6

 その一週間ほど前に、「あなた」は人生最後の文章を、ぼくにではなくPanさんに宛てた手紙のかたちで綴っている。
 さぞかし身体的に辛い状態だったと想われる。
 意識がなくなることを嫌い、「あなた」はモルヒネを使うことを拒絶していた。激痛が脳天から足先へ全身を貫く。くの字に曲がって何度も痙攣し、ぼくの手に泣きながらしがみついてきた。それでも平気、平気よ、大丈夫と繰り返していた「あなた」。
 いまあの病室の「あなた」を想うだけで涙が溢れてくる。

 mixi日記に遺されている「あなた」の日記の最終部分。2008y12m09d_035706359_4

 そこではアール・ヌーヴォーへの想いが語られようとしている。切々とではない。彼女としてはここから始めようとしたのだろう。だってぼくは彼女の口からアール・ヌーヴォーの話などほとんど聞いたことがなかった。興味があることは知っていたが、彼女の博識のひとつだと理解していたのだ。
 遺品の整理を手伝っていたとき、そういえばアール・ヌーヴォー関連文献が数多く目についたことを思い出す。

 ぼくとPanさんの大学時代からの共通の友人に、エミール・ガレやルネ・ラリックの専門家がいる。彼女はぼくのパリ留学時代に、ルーブル美術館付属の美術工芸研究機関にいて白衣姿でアール・ヌーヴォー全般を学んでいた。
  現在、
とりわけルネ・ラリック研究では日本で彼女の右に出るものはいないほどの権威者になってしまった。素晴らしい感性と才能の持ち主だ。フランス語も抜群にできた。

 ルーブル宮とサン・トノレ通りの我が家は歩いて5分の距離だった(と、不動産業者の広告表現で^^)。途中にぼくがパリで一番美味しいと認定していたパン屋とチョコレート屋があった。後者はその後、世界的な有名店になってしまって、いまでは新宿・伊勢丹でもNo.1の人気を誇っている。
 彼女はそのパン屋で焼きたてのバゲットを一本買い込み、ランチの時間を過ごしに部屋に遊びに来ていた。そういうときは軽やかに鼻音に抜ける綺麗な声で、朝に電話があった。“13時に行くわね。料理はまかせるわ。パンだけ買ってく”って。
 グラマラスなからだに似合わずまったくお酒が駄目な人だったから、昼間から酒宴にはならずに済んだ()。ぼくは午前中散歩に出て、マドレーヌ広場(歩いて1分!)のエデュアールでパテを買う。これがウマイんだ(だから今でも伊勢丹地下に買いに行ってる^^)。昼休みの一時間半、ぼくらは最近観た映画のこと、読んだ本のこと、ぼくが辻さんとしゃべったこと、そしてアール・ヌーヴォーの美術品のことをしゃべくりまくっていた。2008y12m09d_035152250 2008y12m09d_035221203 2008y12m09d_035323093 2008y12m09d_035126843

  「あなた」が東京(鎌倉)から永らく遊びに来ていた年の冬の日々だけは、このブランチ・パーティーはお休みだった。
 けれど、どうやらぼくの部屋で、二人は接近遭遇してしまったらしい。ドゥルーズの授業?図書館?シネマテーク?その日は夕方までぼくは不在だった。
 「あなた」はまだベッドの中にいた。突然のMの訪問。顔を見合わせて驚く二人。
 それから彼女たちはカリカリと香ばしいバゲットをほおばり(ぼくはバゲットのお尻が大好きだ^^)、台所にあったジャスミン茶で食事をしたのだろう。。。話題は勿論、美術のことに決まっている。
 テーブルでなく暖炉の前の絨毯に腰をおろして、ともに腰まであった長い長い黒髪をかきあげながら談笑している若き日の二人の姿を想うに、まるで映画的!だ。
 アール・ヌーヴォー発祥のあの町に「あなた」が一人で出かけて行ったのは、この冬の昼下がりの出逢いがあったからだと推測する。
 遠い日の記憶。
 そして一年半前のmixi日記。 最後に記された「Panさんへ」という以下の文章。。。
 画像は「あなた」がmixi用に選んだものだ。

 Panさんへ。
 ターナー師から貴女のフランスの旅の行程を少しだけうかがいました。2008y12m07d_113713250
 パリ以外に、いろいろな地方を廻られているのですね。コンピエーニュ、オルレアン、ランス、ヴェズレー、ナンシー、シノン、トゥール、etcとか。
 ターナー師からそんな行程をうかがったとき、一見脈絡のなさそうな地名が並んでいるようですが、私の頭の中には一頭の白馬が駆け抜けて行く映像が浮かびました。甲冑を身にまとった少女が白馬を走らせていく。パリをはさんで東から西へと。これってまるで《“ジャンヌ・ダルク”への旅》じゃありませんか? 
 全ての町の名前がジャンヌにつながっている...Panさんが、どうして?
 卒論=永遠の宿題のテーマは、ジャンヌ・ダルクがかかわる文学作品
の分析だったりして(笑)。
 ターナー師、間に合うなら今度その件を彼女に尋ねて、ぜひとも八割
かたの解答を聞かせてくださいね。

 ワインにも郷土料理にもお城や教会にも結びつかない最も地味目の2008y12m08d_130151312話題かも知れません。はじめて訪れたロレーヌ地方の小都市ナンシーの町の印象はいかがでしたか?
 かつて私がとっても気に入ってしまった町の一つ、それがナンシーです。

 日本人旅行客がナンシーを訪ねる場合、なにがしか「アール・ヌーヴォー」
に関心をお持ちの方々に限られるかと思われます。
 もちろん、あの(私も得意にしている)名物料理「キッシュ・ロレーヌ」の地元!
の、北の中心地メッスと共に南の拠点のナンシーですから、そこそこ有名な
観光の要所ではあるにせよ、なんといってもナンシーは2008y12m08d_130423218_2「アール・ヌーヴォー」
のメッカ。エミール・ガレに興味がなくてあそこへ行くわけはありません。
 街全体が「アール・ヌーヴォー」に包まれたような、その芸術スタイルが日常生活に溶け込んてしまっている、まるで活きた生活の場としての《街(ヴィル)=美術館(ミュゼ)》のような空間ではありませんでしたか?
 それは福永武彦『廃市』のあの町とはまるで正反対で、“さながら
アール・ヌーヴォーで装飾された棺”のような趣きなどいささかも持ち
あわせはいない、生活感溢れる芸術の街なのです。2008y12m07d_113728750 

 私が一人旅していたときは、「ナンシー市立美術館」と「ナンシー派美術館」と街なかの散策(AN装飾の建築物を眺めて歩いている)だけで丸一日かかっても終わりませんでした。
 そこに「ロレーヌ歴史博物館」を加えて二日がかりでした。

 とりわけ「ナンシー派美術館」は、パリの「ロダン美術館」と
共に、私の最大のおすすめの一つです。
 目玉であるエミール・ガレの数多くの硝子工芸作品のみならず、
陶器・家具・繊維、そして絵画や彫刻に至るまでの「アール・ヌーヴォー」
芸術が堪能できます。

 生きること自体、日々の生活こそが芸術行為なのだという、彼らの2008y12m08d_130745671信念
と情熱、その熱い理想に強く心打たれます。

 この「アール・ヌーヴォー」には、日本の伝統的芸術様式が相当強く影響を及ぼしていると語られています。ガレと「ジャポニズム」。それは印象派の画家たちにとってもそうでした。
 一行だけ付け加えておけば、エミール・ガレにとっては日本とは
イコール高島北海(下関出身)だったという事実です。
 日本ではここのところが全く知られていません。学識者にしても平気で、
日本文化のとりわけ江戸趣味が嵩じてあの様式美が生まれた、などと
抽象論をのべているそんないい加減さ。もうやめにしていただきたいと思うのです。

 人に影響を与えるのはまさに一個の人間にほかなりません。主義でも2008y12m07d_113757968_2
派でもスタイルでもありません。エミール・ガレを語るならば高島北海のことをもっとよく知るべきなのです。
 写真の一枚に、あえて、北海の作品を掲げておきました。

 時間があればナンシーと下関、もう一度訪れてみたい。印刷物でなく作品の現物を見直してみたい。あぁ...想いが乱れます。

 そして、お逢いできそうもないもう一人の女性のことが想い出されるのです。エミール・ガレといったらこの女性。私とは違うもう一人のM、もう一人の「マユ」。
 あの人の、美しく優しい声をもう一度耳にしてみたい...
  まゆみさん......

 

 こうして「あなた」のmixi日記は中断された。絶筆になってしまった。
 ここでもう一度、『美の巨人たち』の梗概に戻っていただきたい。
  解説文を読み直してみよう。辰野金吾の「一枚の絵」とは何だったのか? 

2008y12m08d_125813093  番組では毎回、画家の「一枚の絵」が問題になる。辰野金吾の場合は「絵」でなく「建築」だ。だがしかし、やはりそこには一枚の絵がからんでいた。
 見過ごされそうなこの事実にいまいちど気づくべきだ。高島北海の「襖絵」。これがそうだろう。さり気なく通り過ぎるように解説されてしまったので北海の絵の印象が薄い。番組としては異例のことだ。

 あの一枚の絵を描いた高島北海こそがフランス・ナンシーの地に「アール・ヌーヴォー」を興したのである。それを辰野は充分に理解していた。最大の敬意を払っていた。そうではあるまいか。

 先のブログで辻さんのパリ日記から“東のナンシーも憂愁を帯びた華麗さを湛え、ぼくの好きな都会(まち)だが、ナントは宮廷風の憂愁感のかわりに商人風(ブルジョワ)の豪華趣味が感じられる”と引用したばかりだが、二人のMは、ともに先生と面識もあり文学的指導も受けている。三人で逢えばナンシーの話で持ちきりになったことだろう。

 いきなりの「高島北海」の名前が、その絵が、ぼくらみんなを“縁の絆”でひとつに結ぶ。
 なんという素晴らしき哉、偶然! その邂逅、偶然の必然! シンクロニシティの恋ごころ、セレンディピティの浄福感よ!


PS; J-WAVEを、犬の「藍(ラン)」ちゃんと聴きながら、これを書き終えた。Photo
    
 “幸福感って、家族よりも隣人に伝わりやすいんですって”とオシャベリしていた。
 幸福感は社会的に伝染する現象であるという研究成果が発表されたらしい。ブログも感染源の大きなひとつなのだろう。
 ぼくのこのブログで生きてる幸せを感じられる人がいるんだと思うと、なんだかホンワカ、心があったかくなるではないか。
 ひみチャンをはじめ、いろんな人に叱られまくっているので(でもあなた一人の命じゃないよと言い切った人はいない^^)、昼前に病院に行ってきた。薬をもらってきたよ。
 これでちょっとは長生きできるかも知れない。
 でもホントは早いとこ「あなた」に逢いたい気がしてる。
仕事ってないんだろうか、天国には。永遠にオシャベリしてんのかなぁ。それも飽きるか。ワインは飲めるの? 禁酒禁煙かね。
   
 

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コメント

ターナーちゃん

 たくもう、写真のトリミングが巧妙すぎ!
 なんだかとっても辱めを受けた感じ。あんたはなんて残酷な精神の持ち主か!(笑)
 しっぺって判った? よろしい。ではあの緊縛ストラップ、どれでもいいから一個あたしに送って!とっても可愛いわ、欲しいよォ!

 もうこれからは「まゆみ」さんかな。マーでもマユでもなくて。
 檀れいの「檀」も「まゆみ」って読むでしょ? 三島さん的輪廻転生を感じちゃいます。「まゆみ」は死んで「檀れい」に生まれ変わったと。これでスッキリかも。映画の人は特に。
 なぜに下関、北九州に、の謎もわかったような気がしました。「まゆみ」は高島北海が目的だったんですね。凄い。ようやく秘密が解けた感じ。
 あの「まゆみ」さんのプロフィールとか写真、ネットで調べちゃいました。とっても知的な方ですね。学習院の底力、感激的。
 長い黒髪でスリムだったら・・・五輪真弓似で素敵だったのでしょうね。Mさんて魅力的すぎ! ルネ・ラリックの勉強します!
  ターナーちゃんは美貌より知性をとると分かっていても(だからあたしは選ばれなかった!)、この二人のターナーちゃんの部屋での邂逅は大変に美的な大事件です。マーに聞かされたことなんてなかったわ。そのとき歴史が動いた!のだと思います。

 病院に行ってくれてありがとう。あなた一人の命でないのよ(爆)。あたし(たち)を悲しませないで!! と、あんたのように、日記に書いておこう(笑)

 「金麦」、そんなわけでターナーちゃんに言われて毎晩プファ~ッと飲んでます。でもあんまりおいしくはないわよね。あんたは「檀れい」に甘すぎます。メロメロだもの。
 メルドーのCD、お願いよ。 ×××

投稿: ひみこ | 2008年12月 8日 (月) 20時16分

ひみチャン
 いま、三時半。夢から醒めた。
その通りだ。ひみチャンの言う通り!
「檀れい」って「まゆみの霊」なんだね。
 夢の中でそう気づいた。
 日頃ぼくは映画女優を「ゴースト」って
呼んでいる。スクリーンに映る亡霊。
 
 そういうことだったのか!
 さて、また寝よう。
 朝までもう少しある^^;。

投稿: ターナー | 2008年12月 9日 (火) 03時32分

ターナー先生
 私、最近コメントを入れるのがとってもつらいです。それは先生が一番お分かりだと思います。
 とっても戸惑っています。このブログを読むことも、そしてそれに対して感想を記すのも。この二ヶ月で流れがすっかり変わってしまいましたから。
 それがどうこうと言うつもりはありません。むしろこの変化・変貌は喜ばしいことだと理解しているのです。
 先生の「本心」が垣間見られたような気がしているし、あけすけに正直に語る純な気持ちに惹かれます。少年のような先生が、大好きになっています。
 ここまで極私・告白的なブログはほかにないのでは。みんな表面をつくろって、あたり障りのない話ばかりだもの。そんなの何の魅力もない。私は先生の馬鹿正直ぶりに大いに呆れ、大いに魅せられています。傷ついてもいるけど、それはひみこ姐さんの言う通りで、あんたアラフォーのくせにネンネすぎるわ、ということなのでしょう。^^;
もちろんすべてが事実であり真実だとは思っていません。見方・解釈の視点を少し変えただけでも、決して嘘ではない(にしても)まったく別の現実世界が表現できることを私は知っているつもりです。
 とりわけ謎めいた「もう一人のあなた」、彼女への愛は虚構に満ち満ちていると思っています。あり得ません、こんな愛など。マユさんに失礼すぎます。許せない! でもね先生、ひみこ姐さんに電話でそれを訴えたら、
馬鹿ねぇ男と女ってそんなこともありなのよ・ターナーちゃん意外どころかマジ本気かもよって笑ってました。(苦笑) 全部隠していたら陰湿でいやらしくて問題だけど今の感じならいいんじゃない、素敵よ・羨ましいと。あっけらかんと言っていたのには驚きました。
 それでも何でも、マユさんが可哀想。
 私は先生に今度会ったら「猪木ビンタ」するわ、絶対に。ぶっとばす。蹴りを入れます。馬鹿野郎のターナーめ。
 それでもしっかりブログは読みます。
 まゆみさんのこと、教えてくれてありがとうございました。本当に素晴らしい人ですね。会いに行っちゃいますよ。私、大好きの世界ですから。アール・ヌーヴォー。ターナー先生知ってますよね?っていきなり彼女に言ってしまいそう。(冗談・冗談^^)
まゆみ先生、姐さんに聞きましたが、いまだに独身なんでしょ?
その理由は? 先生、教えてくださいな^^。こいつめ!!。

投稿: エリカ | 2008年12月 9日 (火) 21時47分

ご無沙汰しています。
といいながら、私も娑婆に出て一週間になります。
何時の間にやら紅葉も終わり、道端には枯葉の吹き溜まり
が出来ていることに、時の経過を知ります。
来週からアーツアンドクラフト展が来ますね。
本当に今年は、バウハウス展から始まりミレイ、フェルメール、ワイエス
と毎月エキサイティン・グーな日々が続きます。
久々に覗くと辰野金吾の話題・・・
日頃の不摂生が祟り先月の中ごろに飯田橋の土手の上に運び込まれ、ベッドに縛り
着けられていました。窓から映る景色をスケッチしては、飽きると
偶然にも今回の話題の辰野金吾と夏目漱石関わりのある本を読んでいました。
漱石、辰野隆の結婚式で豆を食べすぎて胃潰瘍になったとさ。?
西新宿の常圓寺という枝垂桜の綺麗なお寺で、この辰野金吾、隆お親子はねむっている。
運ばれたところがなんとも、辰野金吾から遅れること40年、新たな建築を目差し
日本でのゼセッション運動が始まる。その時の建築家山田守の作品、東京逓信病院、或いは、水道橋のプラットホームは、今でも充分に綺麗だ。

投稿: arara | 2008年12月10日 (水) 22時20分

ごめんなさい、なかなかカキコできなくて。今日も咳で寝込んでいます。
あ~あ自分が風邪を引いてしまうと
介護するお仕事場には出れない。
他だと多少熱があっても出ちゃいますが。
だから明日は英会話のお仕事
相手はオチビたちだから気をつけなくてはいけませんが。
と、カキコできない理由のうちの一つをタラタラ書いてしまいごめんなさい。
ターナー先生の「映画のような本当の話」なかなかついていけなくて・・・。気持ちとしてはエリカさんに近いかもしれません。
ちょっと私には大人すぎるっっ
後、いろいろごめんなさい。ターナー先生。
私、売れない芸人より忙しい奴なんです。自分のダーリンにでさえなかなか
会えなかったりするんですから
お許し下さい。
とにかく先生のお話、頭の中で整理できました。

投稿: M&M | 2008年12月11日 (木) 16時40分


arara & M&M ご両人

 なんだか周りは自分を含めて病人ばかりみたい。
 araraさん、入院されてたんですか?
何か変だなぁと思ってました。
携帯に連絡いただけたらよかったのに。
 お見舞いに行けず申し訳ございませんでした。
快気祝いに久々に一杯? ダメか。
 M&Mさん、ダイハードなバディとおみうけして
おりましたが・・・^^。
そんな折の律儀なるコメ、大感謝であります。
M&Mさんのようにきっちりと約束を守る人、好きだなぁ。
でもさ、カラオケ対決を避けた件、逃げたとしか
思えないよ~ん^^。リベンジする?
 
 ぼくは居直っちゃってますが、ともかく、
皆様、健康第一ということで。
 辰野金吾なんて堅い話題なのにどうも筋の
違う話の糸がぐりぐりと絡み合ってしまったみたい。

 現在、ブラッド・メルドーをテーマに凄いCDを
編集しています。
お二人とも、ひみこ理論で言えば、当然挙手できる
権利があります。キースをジョイントさせて、
そうだ、まりや様の新曲も加えて、この日乗11~
12月の音楽CDを作りましょうか? 
そんなオムニバス盤に、ぼくの全音楽的心情が
再現代行ができそうです。
ご希望なら言ってください。即、つくりますから。
何度も書きます。キースの「Time on My Hands」
もう最高!!冬の夜に聴くと、心がほっこりと
あたたかくなりますよ。
 

投稿: ターナー | 2008年12月11日 (木) 18時53分

そのNice Ideaに挙手いたします。
ありがとうございます~
PS/カラオケ?んなぁ話でましたっけ?二次会=カラオケだったのですかぁ?私、逃げませんで~
ただ・・・からだ(はい!ダイナミックバディーの)あと2体ほしいです。

投稿: M&M | 2008年12月11日 (木) 22時24分

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