それでもNONでも書きつづけよう!
きょうのはマジ日記っス。ウィッ~シュ!みたいな。
きょうのぼくはお馬鹿だからね。自制心を失っている。羞恥心より歌はうまいさ。
どうにでもナレだ。ゴマンといる分の一の男だ。勝手にしやがれ。
どうせショボイ親爺さ。畜生。メルド。メルド。
写真をどうするか? テキトーに処理しておきます。テキトーにね。
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昨日の、まずは夕方から深夜にかけて、そして揺り戻し・二次的な余波として払暁までの時間、この二回の大地震それに伴う大津波によって、ぼくの心はずたずたにされた。
いまだかつて誰からももらったためしはないという内容の衝撃のメールが届いたのが夕方のこと。
侮蔑的言辞に満ち満ちたメール。“気がメール”なんてシャレを言っている場合じゃない。“飢餓メールだろう”とつっ込みを入れてどうするって。〔どんな状況でもシニカルに笑うぼくがいる。幸福の絶頂にあっても、不幸の奈落の底に落ちていくときでも、現象に対してせせら笑うぼくが。。。〕
その頃、施設のローバーズの一人が倒れた。救急車騒ぎでてんてこ舞いが始まる。
この施設に入って、救急車騒動には全く驚かなくなった。眼をひんむいて口から泡を吹いて倒れようと気が動転などしない。四人の方々をほんの間近で看取っている。
でも昨晩は違った。大好きなオバアチャンだった。いつも尊敬の気持ちで接してきた方だ。
認知症の不条理な世界に生きている人ではないから、かなり深いレベルでの人生談義が可能な人だった。彼女は言っていた。日々勉強なのだと。こうした人たちを眺めていると、本当に勉強させられると。そしてローバーズとあなたのやりとりには「哲学」を見るような思いがすると。
〔ありがとう。無知の知を悟るために、ぼくはここで働いているのだから〕vs〔そうじゃない。鞭で血を流すためだ。自虐的に自分をとことん追い込んで快感を得ているだけさ〕
さらに輪をかけての“気がメール”をぼくは待っていた。
ぼく自身がまた書いてもいた。
施設内では最低最悪の非合理な徘徊と妄想幻覚性の叫びが始まってくる。
吉祥寺の先の病院に緊急入院。集中治療室へ。果たして無事か?
足はますます痺れて痛い。アタマはもう爆発しそう。待ち人来たらず。でも一体どうして??
映画ならフラッシュバックのシーンね。
朝だ昼間だの雑多な映像がインサートされる。対比的にアタマをよぎる陽と陰のイマージュ。光と影。
あんなに明るかった彼女の笑顔。
うん、メールいれるからね!の白い歯。
一瞬閃光が走る。車がクラッシュする。
携帯を打つ指先のアップ。
シーツをまさぐる白い指先。おはよう! まだベッドの中・・・。
あったりまえだよ、キスでも許せない。天罰。美しき諍い女。
めまぐるしい編集(つなぎ)術。ゴダールも真っ青だろうって、なにを書いているのか・・・・・・。
ぼくは衝撃メールには返信が書けず、待ち人メールには勝手に別れを告げて処理することで自分を納得させて、パニック的情況の中で介護を継続していた。
そしてついにパンドラの箱を自らのこの「魔法の手」で開けたのだった。
絶対に書いちゃいけないこと、それを涙ながらに書き綴った。
“ガラスのジョニー”と人(on)はいう。繊細で思いつめるタチなのだ。クリスタル硝子のココロ。
“女学生親爺”とも人はいう(いいかい、「親爺」だからね、「親父」じゃない)。雨の夜に窓辺で頬杖ついて・・・ずぶ濡れになった黒革のジャンプスーツ姿のマリアンヌ・フェイスフルを想う・・・違う違うって^^;。
絶望の果てに(なんて大袈裟な奴!とせせら笑う声がOFFで)、なんと実名(?)のメールをPanさんにまで書いてしまうワタシ。
でもPanさん、オレ~まじ~酔っ払うわけないッスよ(とあいつの口調で)。
恋に恋して泥酔してるだけよ、とカリスマ・オヤジ主婦の冷たい声。
ソファに座って、暗闇の中でメールを打ちつける。指の動きがもどかしい。あっ、ミスタッチ。アッ、またもや。いっそ今しゃべっチまったほうが。。。時計の針は午前四時近く。
一睡もできないのはいつものこと。
かてて加えて、不思議なことにも、
三度、30分くらいおきに、電話のコール音が聞こえてきた。
普通の呼び出し音。三回鳴って切れる。リビングの電話を見るがそれではない。自分の携帯とは音が違う(あのう、着メロでもなく、奇妙な音なんです。気に入ってる。これがチャラリと響くと・・・^^;)。タエちゃんという老婆がクローゼットの中に携帯を持っているがその音でもないのだ。
それから朝になって、Tさんが電話を掛けてきた。F子さんが亡くなりましたと。
神妙な気持ちで、合掌したい。F子さん安らかに・・・・・・
事件=映画はまだまだ続く。これからが実は本番かも知れない。深夜地獄のメールをもらった人にはお気の毒さま。見捨ててもらって結構です。馬鹿な親爺ですから。
今回、「Panさんからの写真」か「鎌倉アカデミア」の話を高尚に「講義」しようかと思っていたのに、モロつまんないプッチン・プリンな日記になってしまった。
夜勤の帰り足、地下鉄○○駅構内で上の息子に拉致されて、某有名ラーメン屋に食べに行ったのが間違いだったらしい。
物凄いラーメンだった。カルチャーショック! たしかに「にくづき」に「うまい」と書くのが「脂」の字だ。最上質の豚の背脂スープ。濃厚ギトギト醤油味。しっかりと気迫の太麺。
ぼくは知らないものだから、チャーシュー麺にしてトッピングで「味付玉子」まで加えてしまったからさぁ大変。半分食べたところで。ンー・・・・・・と箸が止まった。
なんとか完食はしたものの脂汗だくだく。ダックでなくてグース・ステップなのが元ワラビーズの、豪州の英雄キャンビージーだ。彼の走りがもう一度観たい!!
せっかく精神的苦悶苦痛で3kg減したのに、胃袋中が脂ギトギトになっチまったぜ。
竹内まりやでうまく行ったことを辻邦生でやってみる^^。
先生、すみません。不祥の弟子すぎて。MMさんごめんな、ひどいメール出して。『最後の初恋』の後半あたりのシーンを思い出して、読んでみてね。
愛とは、ある日、颶風(ぐふう)のようにやってくるものだ、というのは、本当だ。さからっても、否もうとしても、どうすることもできない。
世間では、それを盲目の愛と呼ぶだろう。だが、そういう愛によってしか、人は、地上に生まれたことの本当の幸福を知ることはできない。なぜなら、この盲目の情熱の中だけ、男も女も、小さな<自己>を超えることができるからだ。
『雲の宴』
男と女は、自然現象として、ただそこに自明に存在するのではない。それは宇宙の花火なのだ。それは、この無窮の、休みを知らぬ、根源の生命が、いきいきと、新鮮に活動しつづけている事実を、まざまざと記している象形文字なのだ。男と女は一対で宇宙の根源の炎を表わす文字をつくっているのだ。だからこそ、男はしなやかで強く、女は豊かで甘美なのだ。生命は休みない。だからこそ男は女を求め、女は男を求める。生命は渇いた大地を潤す甘美な水なのだ。渇いたものが水を求めるのはそれが生命だからだ。人間が愛を求めるのも同じだ。愛とは生命なのだ。それなしでは、人は生きられない。
『樹の声 海の声』
誰かを愛してしまったら、前にどんなに愛したことがある人でも、そこから消えてゆかねばならないのだ。これはたしかに背信に似た心の動きだ。しかし心の中には同時に二人の恋人が住むことはできない。二人住んでいるときは、まだどちらも本当に恋していないのだ。恋とは、排他的で、自己本位でずいぶんと身勝手なものなのだ。
『 同 上 』
理想なり愛なりを貫くなどということは、児戯に類することなのだろうか。物の分かった大人のすることではないのだろうか。もし生きることがそうした妥協にすぎないのなら、生きるっていったいどういうことなのだろうか。死を賭しても手に入れたいと思うものがあるからこそ、人間は、ただ生きる動物にならないですんでいるのではないか。生きることは大事だ。でも、生きることより大事なものがあって、そのために生命を投げ出せると思うことのほうが、もっと大事なのではないだろうか。ほかのことは知らない。でね、愛だけは、私にとって、そのようなものであってほしい。そのようなものでなければならない。そう思えなかったら、ただ毎日生きているだけの動物になってしまう。それほど悲しいことがあるだろうか。
『 同 上 』
※ 『樹の声 海の声』は、辻さんの作品としては3番目に好きな小説だ。過去、何人の人にこれの三冊セットを贈呈したことか。ぜひとも単行本で読んでもらいたかったからだ。
『雲の宴』は文庫本でも絶版かな? もちろん全集には入っている。
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コメント
ターナーさま
それでいいと思うわ。
何があっても、あなたは「書き続ける人」であってください。事件こそがあなたをかきたてる、奮い立たせる、そうあるべきだとあたしは思っています。
展開が速くってちょっとついて行けません。^^
超速読の人は先の先まで読んで行ってしまうのでしょうか。正直、唖然としています。
変態親爺と書いたけど、もちろん悪意はありませんからね(笑)。あたしにとっては“ゴマンといる分の一の男”じゃ決してありません。二分の一でも一分の一でもいいわ。マーに後見人を託された女です。しっかりと見守って行きます、て色気ナイなぁ(爆)。
あたしはランボーを語る先生より“はるな愛”が可愛いと笑う先生が好きですよ。無理に小難しい記事を書く必要はありません。お笑いの話、とっても楽しいもの。先生、そっちのセンスあるもん。
と、今夜はしおらしくホンネ書いちゃった。へへへ。
辻先生の引用、彼本人が思っている言葉というより登場人物の、キャラに対応したセリフであると了解しつつも、鋭い言葉です。熱い言葉です。
ターナーちゃんがそれをまじめにやっているってのが、偉い。すごい。お馬鹿です。なんでも一途に夢中になってしまうんだから。可愛い奴。
誰が言ったのか「女学生親爺」、あたしに言わせれば「乙女ジジイ」、そろそろ夢からさめなさいよ。まったく、もう。
あっ、今日はあなたの敬愛する三島さんの命日よ。憂国忌ですね。
投稿: ひみこ | 2008年11月25日 (火) 01時00分