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2008年11月20日 (木)

100年の恋/アナザー・ストーリー完結篇

  今年も季節が巡ってボージョレ・ヌーヴォーの解禁日。2008y10m19d_114303343
 BNとの出逢いは30年以上も前のことで、こんなお祭り騒ぎが起こる(そして今は衰退期にある?)ことなど想像すらしていなかった。

 去年のこのブログでものべているから詳しくは書かない(専門的な解説文章として面白いので^^、未読の方々にはぜひとも読んでいただきたいhttp://turner-b.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/bn_4c4c.html#more)が、ちょうどこの11月第三木曜日になると、わが敬愛なるPanさんからBNが一本届けられる。絶品のBM。究極のボージョレ・ヌーヴォーだ。
 〔いつも書いチまうが、ぼくは絶対に「ボジョレー・ヌーボー」と表記も発音もしない。こう言う奴らの感性がわからん。皆さんもご注意くださいね〕2008y11m20d_234904093_2

 正直に言って、BNは“お祭りワイン”の認識でいるから楽しければいいのであって、味は問わない。識者からのコメントが毎年いろいろと報じられるけれど、数年の流れの中で去年と比べてどうこうという味の差異などほとんどない。すべては売るための宣伝広告文句だ。今年は特に芳醇な香りで・・・今年は特に洗練された・・・云々、くそ生意気に薀蓄をのべる方々の顔をまじまじと見てみたい。逆に問いたい、BNのハズレ年なんてあるのかと?

  毎年楽しみにしているPanさんからの一本は、いわゆるBNと味のレベルが段違いだ。
 これは“ヌーヴォー”のお祭り感覚を超えた、いわゆる「ボージョレ・ワイン」の愉悦感であり、「ボルドー・ワイン」や「プロヴァンス・ワイン」を味わい語る愉しみと同じ土俵に上がることになる。当然、その値段もそれなりのもので、まぁ赤ワインを買うということならぼくはBNは選ばないなぁ。もっとうまいのが沢山あるものね。

2008y11m20d_154829140_2   今年、Panさんからいただいたのは、ルイ・テット氏が造るところのBN。以前にもいただいている。多謝。2008y11m20d_155057406
 「ボージョレ・ヴィラージュ・ヌーヴォー キュヴェ・サントネール」。
 ご存知のようにヴィラージュ(村)が付くと格がひとつ上になる。
 「サントネール Centenaire」とは、「100年」という意味で、このガメイ種の葡萄は樹齢100年以上の樹から穫られている。樹によっては、ひどく老いているので、2房くらいしか実をつけないらしい。ルイ・テット氏はこの世界での有名人だが畑自体は大して広くない。したがって生産量は限られている。濾過も清澄もしていない。

 味ですか?  葡萄ジュースのごときBNと比較すれば、深い。とっても奥行きも広がりもある。うま~い!ですよ。こんなにも違うのか? と思わず満面に笑みをたたえてしまう。そりゃ、しかし、当然のことで。
 Panさん、ぼくとしては昨年の「ドメーヌ・ サシャーニュ・ボージョレ・ヴィラージュ・ヌーヴォー」の方が気に入っています。日本酒でも「古酒」ってのは、うまいんだけど、あまり感激できない。それと通じるところがある。でもこれって全く根拠ない。古木と寝かせる時間の違い・時間のまといかたには何の関係もないから。古けりゃいいもんでもないってことか。希少価値=付加価値戦略が透けてみえてくるようだ。(ちょっと意地悪発言かな?)
Photo  ターナーさん、そこまで書いていいの? って声。 いいのいいの、美味しかったのはこの前だって事実。何事でもぼくの正直な感想に、Panさんは「了解!」って綺麗な笑顔で頷いてくれる人だから^^。 お犬さまでもお仲間になったことだし、うちの「ランちゃん」、軽井澤散策にお供させてくださいよ、ワン。100年の恋は、信濃追分で。〔始まるの?  終わるの?〕

5_3  

 今夜のうちに今回の分はまとめておきたい。
 いまPanさんがらみの重たい話題があって、それを語るには時間がなさすぎる。それは次回にまわそう(と、予告編をば。気になっているのです、あれだけの苦労をおかけしているPanさんですから。ありがとうね)。

 でもこれからの後半戦では、もっと大切な意思提示を。

  このところ(特にこの一週間)、いろいろな人に多大の迷惑をおかけしてしまった。
 お騒がせのターナー氏であったことを深くお詫びいたします。

 その原因のひとつが意外なところにあったことが昨夜分かった。

 前から変だとは思っていたのだ。
 ぼくの携帯に送ったというメールが届いていない。何人かの人から苦言が呈されていた。ちょうど話し中だったのかなぁ。それにしてはおかしい。しかしあまり深くは気にしていなかった。そんな事故もたまにあるさ、電波の具合でね、と。
 この甘い態度がとんでもない事態を引き起こすことになるとは・・・・・・
 人生を変えてしまう(しまったと過去形か?!)事件・・・・・・これが今回のタイトル「100年の恋」の真意。

 詳細は省かせていただく。
 結論的には、なんとまる一週間分のメールが届いておらず、それらが昨夜の10時すぎ(と、それ以降の時間に)まとめてドンと送信されたのである。

 その中には本当に意外な人からの意外なメールも含まれていた。この場で、深く感謝。ありがとう。元気にしてますか?  ぼくは、ほれ、ご覧の通りデス^^; アハハ、ってか。1

 竹内まりや『返信』は、同一の世界ではない。
 この世とあの世のやりとり。ぼくらは違う。現(うつつ)の世界に生きている。携帯という手段で、リアルタイムで会話しメールで心を・熱い想いを伝えねば「理解し合うこと」は不可能だ。遠く離れていて、逢えないのならば、特に。

 ぼくは以前ここに電話が大嫌いだと書いた。学生時代から嫌い嫌いで大嫌いで、毛布をかぶせて押入れに仕舞い込んでいたくらいだ^^。携帯は早い時期から持ってはいたけど、あくまでビジネス連絡用であり、家族への急用のためだけに使っていた。プライベートなメールなどしたこともなかった。近年でも回線使用料などゼロにも等しい。家族間ではタダというのにカミさんとこの三年くらい携帯で話したことなどない。ゼロだ。履歴が証明してくれる(笑)。

   そんな男が今月の電話代を心配している^^;。ヤバイ、そうですよ、たいへんな金額になっているはずですよ。。。払えるのかなぁぼくの微々たる小遣いで。マジ、やばい~っス。

 その携帯が“鳴りを潜めた”のが12日の朝くらいから。きのうが19日、ちょうど一週間、メールが止まった。止められた?  どうして? 誰から??  テロか陰謀か???

3   想像してみてください。直接電話はできない。メールで伝えようと試みる。しかし、返事がないのだ。いっさい何もないのだ。どうして? と尋ねても返事がないとすれば・・・・・・

 昨夜の深夜、はじめて開封できた相手からのメールの数々。。。
 ねっ、ドラマでしょ?
 ドラマが始まっていることが、分かるでしょ?  ・・・・・・これが《結末》である。
 これで終わりにしたい。いいでしょ、ひみこさん?
  ヴェール・ラ・メール vers la mer・・・
 海へと向かう100年の恋の物語のエンディング。

 東野圭吾の世界を超えるミステリック・ラヴ ^^;

 フェルメール、
  VERS MER/MERE・・・ 海/母 の 詩
  それはすべてメールに「カムフラージュ」されていたのだった! faire Mail (メールする=恋する)・・・・・・
 
  その秘密が一つ一つ、いま、開封されてゆく。

  友だち以上の気持ち 胸に閉じ込めて来たけれど 心がもう嘘をつけなくて、
  こんなに切ない。   
                              竹内まりや『カムフラージュ』
 

  アルチュール・ランボーが死んでしまった日、つまり命日の11月10日(1891年)の朝、
 ぼくは右足を引きずりながら、デイサービス施設に向かって、かつて江戸の頃はここから富士山が綺麗に眺められたのであろう坂道を、ゆっくりゆっくりと歩いていた。
 ぼくは想い出す。
 あのとき、海を眺めながら彼女に“永遠”を見つけた!ってこんな気持ちなんだろうって呟いたんだ。
 潮の香りよりも、砂浜にさす冬の陽ざしよりも、彼女のぬくもりが嬉しかった。
 そしてあの幸せな香り・・・・・・。
 

  L'Eternité(永遠)

  Elle est retrouvée.
  Quoi ? ─ L'Eternité.
  C'est la mer allée    ←melléeと解釈する研究もある。
  Avec le soleil.     


  とうとう見つかった!
  何が? ─永遠さ。
  太陽と熔けて一緒にいっちまった
  海が。  
      ・・・・・・・・・あの夏、「あなた」はこの詩をこんな風に訳してみせたよね。

   

 大好きな竹内まりやの『みんなひとり』の歌詞を長々と引用して、オシマイにする。2008y11m16d_152959000_3

 聴きながら、どうぞ。
 http://jp.youtube.com/watch?v=kjer8Hud1yQ
  (ここでクリックすると、画面がむこうに飛んじゃうので、
  読み終えて最後にどうぞ^^)


 荒(すさ)んだ世界に あなたのような人が いることに感謝
 夢が遠く見えて 肩落とす夜は 電話をさせてよ
 恋人ともちがう 大切な心友(ともだち) 代わりのきかない
  私の相棒
 みんなひとりぼっち 探し続けるのは 確かな絆とその証
 誰かのひとことで 明日もがんばると 思えるなんてすてきさ

 わけもなくふさぎ プチうつな自分が 嫌いになる日も
 あなたの笑顔の 大きな力に 励まされるんだ
 どんな強い人も 弱さを隠してる 外には出せない傷抱えながら
 みんなひとりぼっち それを知るからなお あなたの大事さが
  わかるよ
 心の片すみで 気にかけてくれてる 恋よりも強い味方

 Ah たまには私を Ah 頼ってもいいよ

 生まれる時ひとり 最期もまたひとり
 だから生きてるあいだだけは
 小さなぬくもりや ふとした優しさを
 求めずにはいられない

 Everybody needs to be needed
  Everybody wants to be wanted
  'Cause everybody knows that we are all alone
  Let me give my gratitude to you
  For always being there and smile for me
 
Many many thanks to you, the best friend of mine
  Many many thanks to you, the best friend of mine

           Words & Music by  竹内まりや  『みんなひとり』
 

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コメント

ターナー先生
 時計を見ると、もうこんな時間。
 零時を過ぎて、何度も読み返してしまいました。私・・・なんだか映画を見ていたみたい。
 私が望んだことでもあります。結末を聞かせてって。海に向かって二人はどうなってしまうのか。
 結末・・・そういうことですか。
 これってリアルですよね? 作りばなしではないんでしょう? こんなことアリなんですか?
なんだか、感動してしまって、涙が出てきて、竹内まりや『エクスプレッションズ』をずっと聴いているだけの私です。明日会社に行けそうにありません(ニガ笑)。
 先生、ありがとう。なんだか知らないけど、御礼が言いたいの。ありがとうございました。

投稿: エリカ | 2008年11月21日 (金) 02時20分

ターナーちゃん(最近妙に慣れ慣れしくなった?)

“荒んだ世界に あなたのような人が いることに感謝”
これに尽きますね。
まりやちゃんが最後に歌うこの曲が、幸せなエンド・ロールの映像にかぶる。
車じゃないわね、海岸線を走っていく映像じゃない。
外苑あたり。秩父宮ラグビー場を背景にして銀杏並木の舗道を二人で歩いて行く姿かな。恋人同士とはとても思えぬ中年の男女が、くっつくわけでもなく、男なんかコートに手をつっこんだままで、歩いているの。

女は赤のダッフルコートね。とっても派手なの。20代の娘のような。今しがたまで試合を観ていたという風に、両腕を振りながら興奮して男にしゃべっている。笑顔が若々しくてきれい。たぶん、ステイシー・ケント似ね。〔ターナーちゃん、しっかりとそれを狙ってる^^〕

男が走り出す。キャンピージーの真似をして。変てこなステップ(ていうの?)。拍手して大笑いする女。舗石に足をとられてこけるドジな男。女が笑いながら手をさしのべて、男が無言のまましっかりとそれを握る。二人の手のアップ。
そこで、おしまいね。こんな映画じゃない、エリカさん?

あたしが言いたいのは、繰り返すけど、
“荒んだ世界に あなたのような人が いることに感謝”、まずこれなの。

ターナーちゃんに感謝。そしてそのお相手にも。純心な二人に心洗われる思いがします。こういう人たちがいることに、心から感謝したいの。なんだかとっても汚い感じの世の中だけど、捨てたもんじゃないと思う。
エリカちゃんの“有難う”の気持ちって、たぶん、この本気で純な「100年の恋」に対してなんじゃない?

・・・と、これはあくまで「映画」なんだから現実のあたしの生活にはなんら関係ありません^^。さてさて、皆さん、それぞれの現実に戻ることにしましょうか。
ターナーちゃん、三番目はバルテュスの話じゃなくて少し残念でしたが(マジ別な機会に書いてよ!)、でもきっちりとストーリーを終結させてくれて、ありがとう。あなたも相当にマージーな人ですね。律儀というか(笑)。
変な親爺です。相当に変!! 変態っぽく変です。そこが憎めないところなんですよ。
ご苦労さまでした。もう終わっていいよ。無理して核心に触れる必要などございません。
憎まれ役のあたしは、いつも「ヤーナ女」で終わることになるんだら、実に損している気分です。なんか、エリカちゃんばかりが好感度が高くてさ^^;。

投稿: ひみこ | 2008年11月21日 (金) 22時14分

ターナーさま

BNまで少し間があるし、先生の休筆は気になるし、自分の気休めにことしの一本を選ぶのだけは早めにして、解禁日を待っていました。さっそく去年のと飲み比べての感想まで、心温まる記事をたくさんありがとうございました。100年の恋/アナザー・ストーリー完結篇、出藍の誉れ、風の残り香・・・母なる海へ(vers la mer)、ワイエス の/からの 風、フェルメール講義 Ⅲ~Ⅱ~Ⅰ・・・逆読みして順読みして、何度も何度も映画を観た気分になりました。心は南の海へ・・・でも浮かぶのは北の、ドーヴィルの海です。流れる曲はまりや様の『ロンサムシーズン』。

ターナさん、ターナーちゃん、先生、部長、あんた・・・と呼ばれるわが敬愛するターナーさんは本当に幸せな方だと思います。ひみこさんの『あんた』に送られたメッセージには涙が出ましたよ。だいぶ前のことになりますが、私がコメントを書いてクリックしたと同時になんとメメ子さん初登場でした!いつも温かく支えるエリカさん、空や陸や海の母M様たち、みぃ~んなにこんなに「書いて」「ありがとう」と言われる作家がいるでしょうか???いつかどこかでわれらが敬愛する蓮實重彦先生がロブ・グリエを評して「言語の物質的な美しさにこだわる人」と書いていらっしゃいました。ターナーさんの文章を読んで思い出した言葉です。藍チャンには驚きました!映画ってこうしてできるのかな?ウチのはパンです。

白秋は人生の中でとってもいい時だと玄冬期の方から聞きました。日々是好日、人生を楽しみましょう!

投稿: Pan | 2008年11月22日 (土) 12時59分

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