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2008年11月

2008年11月30日 (日)

PanさんのCDコレクション 壱

Photo_8   おぼえているかな?
 2年前の秋、こんなCDを制作して、“ドヤ、ドヤ、あんたらはブラッド・メルドーを知っとるんか!”と、みんなに無料配布したよね。
 ちゃんと聴いてくれたかいな?

 RとLが逆転している。そんなことは百も承知で無理して訳せば“血と糞”だぜ。まさに名前からして、強烈! 
 ブラ(L)ディ・マリーのブラ(R)ッドだ。ジャックナイフの切っ先みたいな指で鍵盤を激しく刺してくる。
 彼の左と右の手は全く別個の生き物になって、分解された和音じゃないぜ別旋律を同時並行的に弾きまくるんだ。手が何本あるのか分からない。
 はたまた、その鋭利でひんやりと冷たいナイフの先っぽは、乳首を甘く優しく愛撫するようにバラードを奏でる。たまったもんじゃないさ。性別も年齢も関係ない。初老の男だって乙女オヤジだって、誰もがみんな陶酔の極みだ。
 徹底してストイックでサディスティック。エロティックでマゾヒスティックな両性具有のマジェスティクなタッチ!マジカルでマニフィックなその指さばき。
 モダンジャズのピアノ文法を破りまくりのメル(R)ド〔糞〕のメル(L)ドーには、南仏プロヴァンスの王侯貴族の血をひくサド侯爵がのり移っているかのごとく、ミタイナ・・・^^。Photo_9

 メルドーは「あなた」が発見した。随分とむかしに。メルドーがNYのジャズクラブで注目され始めた頃。日本ではほとんど誰も知らなかった時代に・・・。〔もちろんその後、メジャーになって来日公演するようになったメルドーをひみチャンと二人で追いかけるように聴いていたことも知っている。完璧にオッカケてたよね^^。〕
 もうすでにキースの時代ではない、と「あなた」は決然と言い放っていた。こうも言っていた、ケルン・コンサートでもソロ・コンサートでもサンベアでも有名な楽節はわたしにだって真似して弾ける、そっくりそのままに弾ける自信がある。でもたとえばメルドーの「Convalescent」は私には絶対無理。到底無理。私が二人いて並んで座って弾いて、ようやくできるって感じかな。彼は一人でやってのけるのだから・・・人間技じゃない。
 その究極の天才的ピアノプレイ「Convalescent」は、ぼくのつくったメルドー『悪魔のような・・・あなた』(青玄堂謹製)で聴ける。

 話を戻して、
 かくのごとく、ジャズ・ピアニストでは大好き中の大好きなブラッド・メルドーのコレクション10数枚を綿密に心あらたに聴き直してみて、ベスト11曲というのを厳選・精選して編集したのがこの一枚、『悪魔のようにバラードに......』(青玄堂謹製)だった。

 気をつけて聴いていると、ハリウッド版『イルマーレ』で挿入曲として使われている「Young at Heart」が6曲目に出てくる。思わず微笑んでしまうでしょ?Photo_10

 ぼくの作るCDには共通したクセのようなものがあって、第1曲目で必ず“勝負!”だ。この最初の1曲ですべての良し悪しを評価してもらいたいといつも思っている。聴き手にとっては、あなたのツボにハマッたか、否か。最初で判断してもらいたい。
 むかしっから一番美味しそうなのに、まず、手を出す・手をつける主義者なんだよね^^;。二番手・三番手はその他大勢と一緒。食事もそうだ。オードブルなしでメインから始めてもらっても結構。握りも一番旨そうなのから。ワインだって、たとえ重すぎてもボルドーの赤の最高のから攻めてみたい。最後にとっておくなんて発想、貧乏臭くてとても駄目だ。
 好きになったらひたすら一途に・ひたむきに。あっ、それは違う話か^^;。
 ブラッド・メルドーでは「Song-Song」、これっきゃない。この一曲があればいい!!

 このCDに対しては、ネットで記事を読んだフランス在住の日本女性からも要望のメールが届き、実家の父親に宛てて送り付けた。裏には差出人「ターナー」(あるいは、エドガー・ターナー/Edgar Turner)の文字それだけ。さぞかし怪しい郵便物だと思われたろうなぁ(笑)。

 このあたりから、ぼくのオリジナルCDづくりが大きく変化している。

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2008年11月27日 (木)

材木座まで

 鎌倉あたり。
 不思議とむかしから縁が深い。

 仏文科の学部学生のころ付き合っていた彼女の自宅が逗子にあった。横須賀線で彼女を家まで送るといつも、小津さんの映画に出てくる笠智衆の顔をして、通過してゆく鎌倉、北鎌倉あたりの夜景を眺めていた(何も見えないけどね^^)。
 そう、あの頃は逢えばいつも送って来ていたのだ。電車の中は「読書の時間」とわりきって^^。2008y11m27d_062422921_2
 彼女は学部を最優秀の成績で終え文学部総代として卒業証書を手にした。しかし院には進まず、さっさと結婚してしまったのは意外だった。相手がよく知っている先輩だっただけに余計にショックだった。
  彼女が卒論で書いた○○は、Y教授の専門で、ほとんどぼくが書いたようなものだった。12月20日提出厳守の卒論をぼくは二人分書いていたのだった。だって、どうしても書けないって泣きつくんだもんね。途中でY教授に見せたらこんなの高校生の乙女チックな作文にすぎない、書き直し!と言われたらしい。ましてや福永さんなら何を言い出すことやら。鬼のトヨサキならさらにもっと。
 ほかが全優でも卒論なしには卒業は無理。口述筆記してもらったと思えば気楽なもんだろうとぼくは笑って答えた、いいよぼくがあらかた書いてやるよと。ぼくらはアンミラでパイを頬張りながら映画や文学談義に華を咲かせていたじゃないか。その乗りで百枚、二百枚書くなんてたやすいことさ。
2008y11m27d_074420421_2  このキリギリス君には、当然、天罰がくだる。悪夢の11月~12月。地獄の苦しみ。ともかく約束した以上早々に原稿を渡さねばならぬ。自分のはノートから清書したが自分の字が判読できず研究室に持って行ったのが20日当日の午後三時直前だった。ずっと時計を見ていらいらしてたよと後で助手から言われた。スミマセン、滑り込みで。その夜、ちょうど豊崎さんの誕生日だったこともありシラケンから連絡が入って目白のおでん屋にみんなで集まった。辻さんはいらっしゃらなかったな。その時点で、彼女の結婚とぼくの進学は決まった。
 院の時代に、立教の映画論の教室で担当教官・蓮實重彦の秘蔵っ子の「あなた」と出逢う。「あなた」がまだ学部学生のときだ。ウルトラ・ハイパー美少女映画戦士。
このあたりの事情については先行して記事がある。http://turner-b.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_6123.html#more

 彼女は当時は長谷に住んでいた。川端康成の自宅の近くだった。2008y11m27d_062506234_2
 ぼくとしてはもう横須賀線には乗りたくなかった。小津の映画ごっこは止めにしたかった。幸いお酒にやたら強い「あなた」はいつも毅然としていてスキを見せず(?)、夜遅くでも鎌倉方面へのぼくの出番はついぞなかった。下りは横浜まで。逢うときはいつも都内、別れるのもアポした場所の最寄り駅が原則だった。

 “材木座まで”、そんなタイトルの短編小説の梗概がアタマを流れてゆく。ホントの舞台は「七里ヶ浜」だがイメージがとても若すぎる。俗っぽい。これでは女性誌のグルメ記事になってしまいそうだ。

 材木座まで。
 小説のほうでは、哀しい恋人たちの、これはほっこりとした日和りばなし。

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松園のこと

 父の家に行くたびに驚かされるのは、上村松園のコレクションだ。2008y11m26d_230521328
 確実に作品点数が増えている。

 父の松園収集は80歳をとうにすぎてますますお盛んで、玄関を入ればもうそこは、『上村松園個人美術館』の様相を呈している。
 ジヴェルニーにあるモネの自宅・アトリエを訪ねるとその浮世絵のコレクションに圧倒される。家中の壁面が浮世絵で埋め尽くされている。うんざりするほどの量の浮世絵に囲まれて生活していたクロード・モネ。それと同じとはいえないまでも、父はかなり若い頃から松園の世界の中で生きてきた。松園の絵に“(日本)女性の理想美”を観ていたと思われる。

 それはまぎれもなく子であるぼくの精神世界に影響を与えている。


 
2008y11m26d_230459703  認知症の母をヘルパーの手もほとんど借りずに黙々と我流の介護をしながら、家のあちこちに飾られている額装の松園を眺めて生活している父。
 訪ねて来る人もほとんど無く、仏壇がある以外、がらんと空っぽの20畳ほどの居間に座り、畳を伝わって流れて込む那須の冷気に暖房も使わず、天井からの灯りさえ落としたほの暗い部屋にいて、松園の画集をひろげて独り松園の美の世界を愉しんでいる父。物言わぬ老僧のごとき父の姿。
 
 ときたま母の介護に帰れば、かつては壮絶に綺麗だった和服美人の母が傍らに寄り添うように座っている。いまでも微笑みだけは忘れていない。しかし・・・。



 夕餉にほとんど無言のうちに一献傾けていると、ポツリポツリではあれ、とうぜん松園の話が出てくる。
 ぼくは子どもの頃からひたすら聞き役であり、出来損ないの生徒でしかない。
 松園については、こちらから偉そうに、何も語れないのだ。2008y11m26d_230555453

 借金の利息分(にしては少なすぎるが気持ち)として持参して行ったボルドーワインを抜く。
 母の介護だなんて全くの口実であり、行けば必ず夜が更けて、いよいよこうした話の展開となる。自分でもいやになってくるが・・・仕方がない。

 誠に申し訳ない。今月もまたあとこれだけ足りない、と指を数本立てる。

 おまえのために、また松園が買えなくなるんだぞ。しっかりしてくれ。道楽で介護の仕事なんて、してないでくれ。一体おまえは何を考えているんだ。家族はそれでいいのか?

 Kさん、悲しそうじゃない。どうしたの? ・・・・・・能天気にも母が微笑みをよこす。

 おまえはなんにも分かっていないんだから。黙ってなさい。

 いつものシーンの繰り返しだ。確かに、しょうもない道楽息子だと自分で思う。
 隔世遺伝なのか? 90になっても花街で遊び続け、江戸以来のすべての財産を消尽しつくして棺桶に入った極道ジイサンのために、その死後も、父は肩代わりで借金の返済をしていた。そしてまた現在も。。。自分の父親と愚劣な息子のために一生涯苦労がたえない父。。。

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2008年11月23日 (日)

それでもNONでも書きつづけよう!

 きょうのはマジ日記っス。ウィッ~シュ!みたいな。2008y11m23d_220324193
 きょうのぼくはお馬鹿だからね。自制心を失っている。羞恥心より歌はうまいさ。
 どうにでもナレだ。ゴマンといる分の一の男だ。勝手にしやがれ。
 どうせショボイ親爺さ。畜生。メルド。メルド。
 写真をどうするか?  テキトーに処理しておきます。テキトーにね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 昨日の、まずは夕方から深夜にかけて、そして揺り戻し・二次的な余波として払暁までの時間、この二回の大地震それに伴う大津波によって、ぼくの心はずたずたにされた。
 
 いまだかつて誰からももらったためしはないという内容の衝撃のメールが届いたのが夕方のこと。
 侮蔑的言辞に満ち満ちたメール。“気がメール”なんてシャレを言っている場合じゃない。“飢餓メールだろう”とつっ込みを入れてどうするって。〔どんな状況でもシニカルに笑うぼくがいる。幸福の絶頂にあっても、不幸の奈落の底に落ちていくときでも、現象に対してせせら笑うぼくが。。。〕


 その頃、施設のローバーズの一人が倒れた。救急車騒ぎでてんてこ舞いが始まる。
 
 この施設に入って、救急車騒動には全く驚かなくなった。眼をひんむいて口から泡を吹いて倒れようと気が動転などしない。四人の方々をほんの間近で看取っている。2008y11m23d_224406615

 でも昨晩は違った。大好きなオバアチャンだった。いつも尊敬の気持ちで接してきた方だ。
 認知症の不条理な世界に生きている人ではないから、かなり深いレベルでの人生談義が可能な人だった。彼女は言っていた。日々勉強なのだと。こうした人たちを眺めていると、本当に勉強させられると。そしてローバーズとあなたのやりとりには「哲学」を見るような思いがすると。
 〔ありがとう。無知の知を悟るために、ぼくはここで働いているのだから〕vs〔そうじゃない。鞭で血を流すためだ。自虐的に自分をとことん追い込んで快感を得ているだけさ〕

2008y11m02d_112645312   さらに輪をかけての“気がメール”をぼくは待っていた。
 ぼく自身がまた書いてもいた。
 施設内では最低最悪の非合理な徘徊と妄想幻覚性の叫びが始まってくる。

 吉祥寺の先の病院に緊急入院。集中治療室へ。果たして無事か?

Photo_2  足はますます痺れて痛い。アタマはもう爆発しそう。待ち人来たらず。でも一体どうして??
  映画ならフラッシュバックのシーンね。
 朝だ昼間だの雑多な映像がインサートされる。対比的にアタマをよぎる陽と陰のイマージュ。光と影。
 あんなに明るかった彼女の笑顔。Photo うん、メールいれるからね!の白い歯。
一瞬閃光が走る。車がクラッシュする。
 携帯を打つ指先のアップ。
 シーツをまさぐる白い指先。おはよう! まだベッドの中・・・。
 あったりまえだよ、キスでも許せない。天罰。美しき諍い女。
 めまぐるしい編集(つなぎ)術。ゴダールも真っ青だろうって、なにを書いているのか・・・・・・。 
   

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2008年11月20日 (木)

100年の恋/アナザー・ストーリー完結篇

  今年も季節が巡ってボージョレ・ヌーヴォーの解禁日。2008y10m19d_114303343
 BNとの出逢いは30年以上も前のことで、こんなお祭り騒ぎが起こる(そして今は衰退期にある?)ことなど想像すらしていなかった。

 去年のこのブログでものべているから詳しくは書かない(専門的な解説文章として面白いので^^、未読の方々にはぜひとも読んでいただきたいhttp://turner-b.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/bn_4c4c.html#more)が、ちょうどこの11月第三木曜日になると、わが敬愛なるPanさんからBNが一本届けられる。絶品のBM。究極のボージョレ・ヌーヴォーだ。
 〔いつも書いチまうが、ぼくは絶対に「ボジョレー・ヌーボー」と表記も発音もしない。こう言う奴らの感性がわからん。皆さんもご注意くださいね〕2008y11m20d_234904093_2

 正直に言って、BNは“お祭りワイン”の認識でいるから楽しければいいのであって、味は問わない。識者からのコメントが毎年いろいろと報じられるけれど、数年の流れの中で去年と比べてどうこうという味の差異などほとんどない。すべては売るための宣伝広告文句だ。今年は特に芳醇な香りで・・・今年は特に洗練された・・・云々、くそ生意気に薀蓄をのべる方々の顔をまじまじと見てみたい。逆に問いたい、BNのハズレ年なんてあるのかと?

  毎年楽しみにしているPanさんからの一本は、いわゆるBNと味のレベルが段違いだ。
 これは“ヌーヴォー”のお祭り感覚を超えた、いわゆる「ボージョレ・ワイン」の愉悦感であり、「ボルドー・ワイン」や「プロヴァンス・ワイン」を味わい語る愉しみと同じ土俵に上がることになる。当然、その値段もそれなりのもので、まぁ赤ワインを買うということならぼくはBNは選ばないなぁ。もっとうまいのが沢山あるものね。

2008y11m20d_154829140_2   今年、Panさんからいただいたのは、ルイ・テット氏が造るところのBN。以前にもいただいている。多謝。2008y11m20d_155057406
 「ボージョレ・ヴィラージュ・ヌーヴォー キュヴェ・サントネール」。
 ご存知のようにヴィラージュ(村)が付くと格がひとつ上になる。
 「サントネール Centenaire」とは、「100年」という意味で、このガメイ種の葡萄は樹齢100年以上の樹から穫られている。樹によっては、ひどく老いているので、2房くらいしか実をつけないらしい。ルイ・テット氏はこの世界での有名人だが畑自体は大して広くない。したがって生産量は限られている。濾過も清澄もしていない。

 味ですか?  葡萄ジュースのごときBNと比較すれば、深い。とっても奥行きも広がりもある。うま~い!ですよ。こんなにも違うのか? と思わず満面に笑みをたたえてしまう。そりゃ、しかし、当然のことで。
 Panさん、ぼくとしては昨年の「ドメーヌ・ サシャーニュ・ボージョレ・ヴィラージュ・ヌーヴォー」の方が気に入っています。日本酒でも「古酒」ってのは、うまいんだけど、あまり感激できない。それと通じるところがある。でもこれって全く根拠ない。古木と寝かせる時間の違い・時間のまといかたには何の関係もないから。古けりゃいいもんでもないってことか。希少価値=付加価値戦略が透けてみえてくるようだ。(ちょっと意地悪発言かな?)
Photo  ターナーさん、そこまで書いていいの? って声。 いいのいいの、美味しかったのはこの前だって事実。何事でもぼくの正直な感想に、Panさんは「了解!」って綺麗な笑顔で頷いてくれる人だから^^。 お犬さまでもお仲間になったことだし、うちの「ランちゃん」、軽井澤散策にお供させてくださいよ、ワン。100年の恋は、信濃追分で。〔始まるの?  終わるの?〕

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2008年11月19日 (水)

出藍の誉れ

 彼女は、突然、家に来た。
 それはカフカの小説のごとく、唐突に、だった。2008y11m17d_185727125_2

 真珠湾攻撃のように意表をつかれた。
  こんなやり方って、アリか?! ずるすぎるよ。

 心の準備などまったく出来ていなかったわけで、どんな挨拶の仕方をすればよいのか皆目分からぬまま、ぼくは彼女の待つリビングにこわごわと顔を出したのだった。
 
 彼女はリビングの隅の、iMacが置かれたテーブルの傍に座っていた。


 じっと頭上を眺めている。その横顔は微笑んでいるようにも見える。彼女は、天井のほうの、小窓を眺めている風だ。

Window_5  以前も書いたように、うちのリビングは二階にある。
 天井は普通の家と比べて格段に高い。その天井のすぐ下に、はめごろしになった小窓が五つ+一つ並んでいる。そのうちの二つは、焼肉/もんじゃ焼きの際の換気のために、開閉可能な仕様となっている。設計の芸が細かいでしょ^^。

 これらの小窓を“月窓”と称している。
 満月の夜になれば、この白く小さな額縁の彼方に輝くばかりの月が映る。
 酒盃を酌み交わし時を忘れて歓談していると、満月は左から右へと、小窓から小窓へと次第に移りゆく。右端にまで至れば、酒宴のお開きの時刻(とき)を示しているわけだ。

 もちろん蒼い空に浮かぶ月を仰ぎ見て、しんみりと感慨に耽りたい夜だってある。
 “月に憑かれたピエロ”のごとく哀しい涙の雫をグラスに垂らすこともあるんだよ。ねぇ、(通常なら、この部分に女性の名前が入る。一杯いるからとりあえずMとしよう。自分のことだと思ってくれたまえ。ねぇ、まりやちゃん)。^^;

  おっと、余計な話をし始めて、彼女を忘れてしまいそうだった。

 彼女に声をかける。
 彼女に手・・・ぼくのあったかい魔法の手・・・を差し出して囁いた。

 驚いちゃった、ほんとに来ちゃったんだね^^、信じられない。。。
 でも、ありがとう。逢いたかったよ。

 と、今・此処での出逢いに、まず感謝する。

 それからいきなり彼女の腰のあたりに手をまわし、抱きすくめるようにして親密な格好で^^、リビングから自分の部屋へと招くべく長い廊下を歩き出す(大邸宅なんで、長いんだよ^^)。

 部屋のドアを蹴飛ばして開ける。だって両手が自由でないんだから。
 お姫(嫁)様ダッコして、抱きすくめていた彼女をベッドにそっと横たえる。

 平日の昼下がり。家の中には、ぼくらしか、誰もいない。
 気分がすっかり昂揚している。動悸が激しい。

 彼女のうなじと胸のあたりを優しく撫でる。この魔法の手で。彼女は声をあげない。呻く声すら洩らさない。黙ってじっと堪えている。小刻みに身体が震えている。
 ぼくが身を横たえると、驚くなかれ彼女は大胆にもぼくの足元のほうに体位を変えて、うずくまり、ぼくの足の指の一本一本をいきなり舐め出した。それが彼女流の挨拶であり、愛の証しだったのだ。

 

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2008年11月16日 (日)

風の残り香・・・母なる海へ(vers la mer)

2008y11m16d_184722500_2    朝、珍しく座れた地下鉄の中で、竹内まりや『Expressions』を聴いていた。
 この三枚組のうち「Disc.3」が抜群に素晴らしい内容だ。まさにベスト盤の極みという名曲のラインナップ!
 〔家に帰ろう(マイ・スイート・ホーム)、純愛ラプソディ、毎日がスペシャル、カムフラージュ、今夜はHearty 
  Party[Single Mix]、
天使のため息、すてきなホリデイ、真夜中のナイチンゲール、返信、みんなひとり、 
  チャンスの前髪、うれしくてさみしい日(Your Wedding Day)、幸せのものさし、人生の扉 の14曲〕

 単発アルバムでは『Denim』が最高傑作だが、強力・強烈・完璧さでこの「Disc.3」に優るものはない。あ、それから、音が素晴らしくいい。旧ヴァージョンと比較すると格段に良く再編集・調整されている。

 最後に「人生の扉」を聴くに至ると、困ったことに電車の中でも涙が溢れ出てくる。
 どうしてだろう、いつも泣きたくなってくるのだ。2008y11m16d_183212953_2
 そして不思議なことにも、その度ごとに、紅白のステージでデニム姿の若々しい竹内まりやが歌っているイマージュが目に浮かぶ。歌いだしは一人だが、間奏の間にステージ背後には紅も白もなく出場者全員が勢揃いしてくる。そして全員が一緒に歌い出すのだ。サーティー・・・、フォーティー・・・、フィフティー・・・と。
 全国津々浦々の爺婆たちが微笑んでいる。“行く年来る年”のローカルで庶民的な映像が重なる。
 家族の団欒。活き活きと働く中高年。江戸の神輿。女三人秘湯の旅。とげ抜き地蔵の通り。海浜公園でのBBQ。お遍路さん。親爺バンド。レクする介護施設の午後の刻。笑顔、笑顔、みんな笑顔だ。
 嗚呼、美しき善き日本の大晦日の情景にまりや様の歌声が響き渡る。
 この日、この夜に、竹内まりやは「菩薩」になるのである。


 イヤフォンから大好きな『天使のため息』が流れ始めたとき、目の前に女の子がスッと立った。彼女のトートバッグにフランス語が書かれている。 ン?と読み出す。2008y11m16d_185610671

 COMMENCEMENT
  le premier pas est essentiel pour toute la chose.
  Bon, on commence.

  はじまりはじまり
 なんてったって最初の一歩が大切なんだよ。
 よし、始めようか。

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2008年11月13日 (木)

ワイエス の/からの 風

  はじめに。
 (コメント欄で)予告通り、今回は「ひみこさんメール」を原文ママでペーストする。
 昨日PCに届けられたメール。写真も数枚付いていた。

 読み出して驚いた。これは、だって・・・ちょっとちょっと待ってよ・・・とニガ笑いした。
 今でも転載をかなり躊躇しているが・・・仕方あるまい。

 《ひみこ式ショック療法》だ。「あなた」がよく使っていた手と同じ。心臓部にあてられた凄まじい電気ショック。身体ごとビクン!と跳ね上がった。

 ターナーは見事蘇生するのか? MMだけは特権的に目撃したことがあるだろう(^^)、デイでの物真似王ジャック・バウアーの奇跡(のトークショー)。確か本物のジャックは二度死んでいたはずだ。そして彼も甦ったのだった。
 ※写真の扱いは適当です。若干、話を盛り上げるため手元のもの加える。悪しからず。Photo_11

 ◇◇◇◇◇ 

 
准教授のひみこです。クミコではございません。
 今回は思いあまってブログ・ジャックをさせていただきました。
 これから、ターナー教授に代わって前回までの「フェルメール」に続く芸術学講義を行います。

 現在行方不明のターナー教授の奇異な言動の謎は今はそのままにしておくとして。
 まずはこの絵にご注目。知ってますか?Photo_13

 超電話嫌いの先生だけど、あたしと彼の仲だもん、日曜日にこっそり携帯してみました。

 いまどこよ、何してんのよ?と。
 えっ、渋谷?道玄坂? なんだかちっとも精彩のない曇ったオヤジ声。いつもはジャック・バウワーの声色(吹き替え)で人を笑わせているのに、予想通りまったく元気がない。艶がない。ふて腐れたような情けない声。
 右足が動かないって? 痛くて泣きそうだって? でも散歩してんの、雨の中? なんで。一人? まさかの二人? 展覧会? 誰の??

2008y11m13d_135131281  ヨハネス・フェルメールではありません。
 アンドリュー・ワイエスでした。
 二人でなく、独り淋しく眺めに行くところでした。

 ターナー教授が西洋絵画で一番好きなのは、ジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナーにきまっています。
 次がマーク・ロスコ。その次がクリムト、バルテュス。
 教授は何でも順列をつけて記憶にファイルし、しかも公言する人です。
 ヒッチコックの前にトリュフォーやロメールがくることはありません。まずはヒッチコックで、次がトリュフォー、ロメールとなる。ジョン・カサヴェテスはスタンリー・キューブリックの前に必ず位置されます。その次がフリッツ・ラング。これって映画の話ね。
 世界で一番嫌いなのは槙原敬之で彼のすべてが許しがたいらしくて、西田敏行はその存在を全否定される^^。もう一人、いつも大嫌い!って言っている人、誰だったかしら? 
 ミレイの「オフィーリア」は、ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」よりもずっと手前に位置づけられる。マチス、デュフィーも大好きで、スペインに行けばミロしか観ない。徹底してミロを見ろと。
 そのターナー教授が、バルテュスの次に、フェルメールよりも好きなのがアンドリュー・ワイエスなのです。

 あたし・ひみこ准教授の専門は、ギュスターヴ・モローとウィリアム・ブレイク。その次がエゴン・シーレ。2008y11m13d_212129968_3
 映画『エゴン・シーレ』で主役を演じたマチュー・カリエールはターナー教授の仲良しクラスメイトでした。マーと二人でパリに行ったとき、彼にお願いして大学の講義に出てみたのは、美青年のマチュー君に逢えるかなと思ったから。『別れの朝』(71)、皆さんご存知? アルビコッコ監督のフランス映画。『Le Petit Matin』。フランス娘(カトリーヌ・ジュールダン)と独逸青年将校(マチュー・カリエール)の禁断の愛。甘美な音楽はフランシス・レイ。中学時代に観てラストは泣きに泣きました。この代講と、まったく関係ない話(大笑)。ターナーちゃん、お願い、詳しく語って聞かせて!

 その、アンドリュー・ワイエスが今日のテーマ。
 

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2008年11月 8日 (土)

フェルメール講義 Ⅲ

 最終回としたい。

 (もしかするとこのブログ自体の最終回にもなるかもしれない。)

 モト原稿に、若干、手を加えさせていただく。
 現在形におきかえて、本論考のエンディングとしたい。 
 
 

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2008年11月 7日 (金)

フェルメール講義 Ⅱ

2008y11m17d_141033484  お約束通り、きょう一日中ここにぶら下がっていたなんとも奇妙な果実ならぬ日記風文章、《白日の幻想》的なのは削除いたしました。

  [それから、オリジナルCDについては今日時点で未発送です。申し訳ございません。
 まだ焼いてもいません。馬鹿野郎な奴です。困ったものです。
 来週アタマにはと思っていますが、保証の限りではございません。悪しからず。]

 画像の件はまだ未処理ですが、以下、フェルメール論の講義、そのⅡを掲載しておきますので、とりわけ「フェルメール・ブルー」にご興味がおありの方は続けて読んでいただきたいと思います。

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2008年11月 3日 (月)

フェルメール講義 Ⅰ

2008y11m03d_211551188  映画『男と女』の話、予定ではその続編を書くということだったが・・・・・・

 緊急寄稿。

 いましがたまでTBSで『フェルメールの暗号』という番組が放映されていた。
 現在、これまでの日本には無かった熱いまなざしがフェルメールに注がれている。
 美術館も明日からさらに混み出すだろう。

 そこで、

 文化の日の夜でもある。今夜から3回ほど連続して《フェルメール講義》というのを始めてみたい。
  ぼくなりにフェルメールに決着をつけてみよう。。。

 『男と女』、パリやドーヴィルの話は、講義の幕間にすることにして。

 この「講義」は、もちろん美術史の授業ではない。
 映画映像論を中心にした「フェルメール/イマージュ原論」だ。なんて「」つけちゃって^^。

 こうした内容の映画/イマージュ原論を、月に三本のペースで記事にしていたのが『思念魔亭日乗 其の壱の巻』だった。このブログの前身、借り物のホームページでやっていた。誰も読みそうにない論文を一人の読者だけでいい、その人に読ませるがために、せっせと書く。それだけのことだ。

 今回の「フェルメール講義」の原テクスト、A4判にプリントアウトして11枚の分量。
 日乗(永井荷風流の「日記」の別称)でもあるので、日付がある。春か秋か、時間は?と、季節性・時間性を色濃く帯びた内容で展開している。もちろん、そのときの“情動”を最も大切にしていた。だから、少々自虐的な暴露話も出てきていた。
 文章はそうあるべきだと意識していたのだ。
 つまりは“いま・ここで”しか書けない文章。書かなければ意味も価値もない、そんなエクリチュール、書くということ、書かれた文字、作品づくり・・・。

 ぼくはいつでも一心不乱に一気に書いていく。2008y11m03d_212110970
 一晩中でもキーを叩き続ける。小分けにして数日かけることができない。血圧200の状態を維持してテンション高いまま仕上げたいクチなのだ。クールダウンする自分が嫌なのだ。
 だから、いつか、そのまま突き抜けて死んじまうと思っている。白鳥の歌? それほど悲観的な心情ではないが、書く姿勢の信条とは、休まないで自分を痛めつけても“一気に”である。
 だからお願い(ってテレサ・テンの声で^^;)、
 ぼくの一気と“気”を合わせて、ぼくのそばで同じ勢いで読んでいただきたい(と思う)。

 あなたがたはもう「ぼくの教室」から外に出られやしない。小林薫よりはもう少しトーンが明るめの声。微笑んでいるから。あなたに語れる幸せにひたっているから。
 クリス・へプラーを物真似してみようか、それとも伊武雅刀風にやってみようか。ブラウン色のセルの眼鏡で、『大停電の夜に』のトヨエツを気取って、カウンター越しの「講義」にしてみようか。
 ・・・バーボンか赤ワインか、ぼくの大好きな「ラムトニック」のご用意を(ハンカチは、たぶん、要らない)。

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2008年11月 2日 (日)

ジョイマン・マン&ウーマン・オッカーマン

2008y11m02d_111855953  いましがた、なんともお馬鹿な検索をしてしまった。

 「男と女 ドーヴィル 思念魔亭日乗」って(笑)。
 自分のブログを調べてどうする^^。

  ある人から言われたのだ。
 ドーヴィルのこと、書いてねって。

 ドーヴィル・・・想い出の街、あの浜辺。。。

 ご存知、クロード・ルルーシュ『男と女』(66年)の舞台。
 ノルマンディーの海岸の避暑地だ。

2008y11m02d_223901203  ぼくはこの映画が大好きだ。
 20回くらい観ている(しかもビデオでなく劇場で^^)。セリフもほとんどフランス語で覚えているほど。
 そしてそれがために、実際にドーヴィルに4,5回出掛けている。

 
 辻邦生は『春の風 駆けて』(《パリの時》と総題された全三巻の日記・中央公論社)でこんな風に書いている。

 4月15日  (・・・)T君の目的地ドーヴィルに着いたのは、そろそろ夕暮れの感じられる時間だった。重厚な、前世紀風の、黄褐色の三階建の別荘が、松並木のあいだに、森閑と静まり返っている。広い通り。海岸に出て、長い木造の脱衣場そばで車を停める。T君はカメラでしきりと『男と女』のなかの構図を狙っている。
2008y11m02d_123514203  「ここで、こうカメラがパンして、こんな具合に移動で迫ってゆくんです」
 あたかもその場に居合わせた人のように詳しく撮影情景を説明してくれる。一回二回見ただけでは、これほど詳しくカメラの動きを覚えていられないだろう。何という情熱かと思う。
 脱衣場の先は砂浜が低く下がっていて、その先に波が静かに打ち寄せている。鴎が声を出して飛んでいる。沖のほうはぼんやり曇って落日のせいだろう、いちめんに濁った淡い橙いろに染まっている。・・・・・・・


 まてよ、と思った。
 一度書いているんだよね。ここで。2008y11m02d_112238015
 ドーヴィルのこの話を。
 でも自分でブログのどこに書いたのか忘れてしまって、該当記事が見つけられない。まいったタヌキ。

 そんな記憶の切断が、人との電話でもよくある。
  ぼくはお笑い系の話のネタに不思議と強い^^。
 とっても評価しているコメディアン/ピン芸人を語っていたとき、しかしその場では「彼」の名前がどうしても思い出せなかった。ど忘れか、認知症が入ってきたか? 
 レッド・カーペット通のひみチャンなら咄嗟に苦もなく出てくるであろうあの天才的な若者の名前・・・夜勤が明けようとしている5時すぎに、婆さんのトイレ介助をしている最中に、ハッと思い出した。
 きた~~~っ!って思わず叫んでしまったよ、織田裕二の物真似で有名なあの彼のごとく(笑)。
 《ジョイマンの高木くん》だ。そうだ、彼だ。

 翌日、これがために電話しようと思った。
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 “あのさぁ、身体くねくねしてさ、駄洒落みたいな韻を三回踏む男ってさ、ジョイマンじゃな~い? 高木だよ、タ・カ・ギ。小島よしおと早稲田同期の奴。教育学部だからクミコさんの後輩だぜ”って、馬鹿みたいに^^。

 しかし馬鹿であってはならない。

 哲学者でもあるぼくはジャック・デリダ的RUPTURE(切断/破棄/急変)をすかさず行った。メールならいいかと^^。

2008y11m02d_150701062 “おはよう! 朝だよ。 ようやく明け方になって思い出した! ジョイマンの高木くんだ。ついでに、はるな愛ってキャラはいかが?”(原文ママ)

 な~んだ、電話と少しも変わっちゃいないぜ(爆)。
 余計にひどい(笑)。
 デリダ大先生に失礼な!
 「はるな愛」って、誰だよ?

 ぼくが銀座『青江』のママに“永遠の女性美”を見出したのは10歳のときだった・・・とマジな顔して過去回想。

 その10年後には、カルーセル麻紀主演の『俺は田舎のプレスリー』に、真に映画的感動をおぼえた。これは凄い傑作映画だった。
 新宿二丁目的ジョークと美学には滅法弱いこのぼく・・・。二丁目では随分愉しませてもらったものだ。ブスな女たちよりもずっとニューハーフに魅せられる。
 いいじゃないか、比較すれば並みの女性よりずっと綺麗だし。ニューハーフの中でも、はるな愛には芸がある。もしかするとそれは、芸術かも知りない・・・。
  

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