« アナザー・ストーリー | トップページ | ワシントン広場の夜は更けて、ふたたび^^; »

2008年10月26日 (日)

フェルメールとスカジョのこと;疲弊/混乱

2008y10m26d_130612828_2
 夜勤明けの帰宅途中、西武線の車窓から秋雨に冷たく濡れる街を眺めていたら、妙にフェルメールの絵が観たくなって、馬場から池袋を経由して上野へと電車を乗り継いで行った。

 多分、雨の日ってことが大きな動機。
 雨が好き!って典型A型人間の証拠だよね^^。
  雨が降ると楽しくなる。雨が降れば日頃できないことでもすぐやれる。

 
 上野の森、東京都美術館で開催中の「フェルメール展」。
 昨晩のテレビのせいもあって、人・人・人、人ばかり。これにはさすがにうんざりした。

 
 途中、上野公園を歩いて行くシーン。キャメラが後ろからロングで狙っていたとすりゃ、なかなかいいのが撮れたはず(笑)。雨に唄えば。
 人生に疲れたような冴えない顔の親爺がひとり。それでもかすかに愉しげな笑みを浮かべて、雨傘さして一人で歩いている。いまにも、ステップを踏んで踊りそう。〔平尾の華麗なるステップじゃないよ^^〕

 明け方まで聴いていたキース・ジャレットのピアノが、濡れて色鮮やかに光る紅い葉むらが印象的な、枯葉色に染まった上野公園の情景にかぶってくる。右足をひきずった親爺の姿。また椎間板ヘルニアの痛みが始まった。けれど、心は躍っている。大好きなフェルメールだものね。

 『マーサの幸せレシピ』を想い出す。キースのピアノ。。。2008y10m26d_214542796
 ご存知あの有名な「Country」、サンベアでの「Tokyo,Encore」、そして「Bregenz, PartⅠ」、さらには「Never Let Me Go」、トリビュートの「U Dance」が、実に楽しげに効果的に使われていた。

 上野の森シーンでは、気だるく『You've Changed』か、季節に合わせてとても抒情的な旋律の『Paint My Heart Red』を使いたいところ。でもちょっと明るすぎるか。コール・ポーターの『I Love You』と叫んでみたいけど、すかさず『It's All in the Game』と言われそう^^;。
 
 背中のむこうを徘徊する老婆たちが行き交う夜更けの時間。シュールな光景。
 灯りをぎりぎりに落とした台所の隅のテーブルで、黙想しながらキースを聴いている男の影。。。
 順不同。『レイディアンス~ソロ 大阪/東京』(二枚組)、トリオでミュンヘンでのライヴ盤『ジ・アウト・オブ・タウナーズ』、それにソロで『カーネギー・ホール・コンサート』(二枚組)。

 
 デジタル複製化時代の恩恵にあずかって、極めて印刷精度の高いフェルメールの画集が見られるようになった。図書館に行けば優れた研究書の数も多い。ネットの研究記事も充実してきている。
2008y10m26d_132912687_3   わが国では少し前まで小林頼子の独壇場(?)だったが、朽木ゆり子の『フェルメール 全点踏破の旅』(集英社ヴィジュアル新書)が出されて、オランダの孤高の画家もぐっと身近な存在になった。この本は軽装判であっても中身はなかなかの労作で、フェルメール・ファンにはぜひともお奨めしたい。

 この世の中に、たかだか三十数点の「本物」しか残っていないと言われるフェルメール。
 好事家たちからは、それは芸術・美学者のみならず、例えば医者が電子顕微鏡を駆使してまで、細かく細かく、あらゆる観点から精緻に、それはそれは入念に、ネチッコク、作品分析が加えられている偉大なる、17世紀オランダの風俗画家ヨハネス・フェルメール。
 
 女子部時代のPanさんたちみんなの憧れの的だった先輩・聖少女Sさんも、想えば、哲学科(美学美術史)の卒論はフェルメールだった。
 頭脳明晰で容姿端麗、スポーツ万能な女性はみんな、フェルメールがお好き。
 美しい人にフェルメールはよく似合う。

 余談ながらこの才媛にして超美人さんは、卒業後、アカデミックな世界に一切関わることなく、銀座の有名宝飾店にさっさと勤めてしまった。
 当時の哲学科・仏文科・独文科(英文と史学は知らねぇ)の先輩大学院生たちにはなんともショッキングな事件だった。彼女を神聖化し彼女に恋焦がれて、なんとか自分の研究室に進んでくれるとばかり思っていた学者の卵たちには、なんとも残酷なマドンナの仕打ち=鞭だった。

 美しく聡明な女性は研究職には残らない、これもまた日本のアカデミックな世界の常識・通例なのだろう。例外は、一人も知らない。
 まさしく「あなた」もそうだった。
 T大から講師の口が約束されていたにもかかわらず、クラブの歌姫となってしまった「あなた」。〔そもそもは最大手ゼネコンの社長秘書だったが〕2008y10m26d_194911453_2

 現在でもわが国では、アカデミックな世界には美人教授がいない=存在しないというのが、慣例的「申し送り事項」となっている。
 フランスは違う。
 パリ第Ⅷ大学にいた英文科の教授エレーヌ・シクスー/Hélène Cixousは、彼女の姿を見るだけのために世界中から学生が集まって来ていた。ヘンリー・ジェームス研究の第一人者だったわけだけど、ぼくを含めて学生たちはみんな、彼女の顔をうっとりと眺めていただけだ。それだけで幸せだった。
 そんな超絶美人教授、2008年の日本のどこかの大学にいないのかね?

 

2008y10m26d_151415250 2008y10m26d_151336875  フェルメールの話に戻る。
 この世のものとは思えないほど素敵なおっぱいの持ち主スカジョが主演している『真珠の首飾りの少女』(02 年)。フェルメール・ファンなら必見の一本だ。
 この一作で、フェルメールの人となり、作品生成の内輪のプロセス事情、芸術的創作意欲の昂ぶりと“愛”の相関関係までが、見事に透けて見えてくる。
 意外な俳優(男優)が、そのときは新人・端役で起用されていることも分かって楽しい。
 そしてなにより、スカーレット・ヨ(Jo)ハンソン、スカジョ(Jo)の魅力だ。なんという美乳!
(嗚呼、結局ぼくはこればっかシ)2008y10m26d_133618593

 もちろん、プルーストを読めば、
 『失われた時を求めて』の中での芸術論、プルースト論は有名で、おそらく彼のこの功績こそが後の世のフェルメール現象を呼び起こしたと言えるほど。
 さらには福永武彦の美しい随筆もある。

 ヨハネス・フェルメール。

 ぼくもかつて真面目な長文記事をフェルメールに捧げている。覚えているだろうか? もちろん『真珠の首飾りの少女』公開の際の映画論でだ。〔さわりを引用したいところだがパソコンのクラッシュ事故で原文を失っている...ひみちゃん、コピーないかい?〕

 要するにぼくだって、フェルメール大好き男なのだ(ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーはもっと好きだ!)。それが言いたかった。
 彼の絵を観るだけのためにオランダにだって行っている。

 たくさん観ているはずなのに、今回の上野は人が多すぎても、それでもなお感動的だった。
 美術が大好きと自認している人間で、この前のミレイ展と今回のフェルメール展に行こうともしない奴らは・・・私は人ごみがどうたらの言い訳なんて聞きたくない・・・やっぱし“アンタは嘘つきだ!”と一言いってやりたい気分だな。
 どんな人たちが周りで騒いでいようとも、ぼくの眼前には“ぼく一人のために”フェルメールのタブローが飾られている。最大の情熱をもって対峙すればそれでいいのだ。それが絵画鑑賞の悦楽なのである。

 映画は劇場で。これに限る。ビデオやDVDじゃ観たことにならない!プンプンと日頃眉間に皺寄せて文句ばかり言っているこのぼくだ。当のご本人が、フェルメール大好き!と叫びながら、映画や画集だけを眺めていたんじゃお話にならないからね。

2008y10m26d_130712406  昨夜のテレビ番組では、『小路』がとりあげられていた(「美の巨匠たち」)。

 あの『小路』の建物は当時のデルフトの町に実在したのか? 現在のどのあたりか?を探る内容だった。
 建物の奥の奥には、女たちの姿が見える。それは・・・。
 


 
 ここから人生に疲れた孤独な親爺の哀れな話に転調する・・・・・・^^;2008y10m26d_151352171_3

 A型人間の「典型例」らしい。ぼくはすぐに「安請合い」しちゃう。
 人が困っているのを見ると黙っていられない。“でも・・・こんなことお願いしていいのかしら?”“平気、平気。大丈夫だよ。ケンチャナヨ”と笑いながら何でも受けちゃうのだ。
 石橋を・・・の慎重な性格のはずが、とっさの反応は前向きに積極的だ。普通ならみんなお断りするのが当然の難題でも、そういうときに限っては、元気を出して!ガッテン承知のすけ。了解しました!!
 
 夜勤のあとの日勤、日勤のあとの夜勤、と交代要員で24時間~48時間勤務なんて日常茶飯事だ〔もちろん、法にふれている認識はあるが。仕方ないじゃないか、代わりがいないんだから〕。
 相手が相手だけに夜勤は辛い。まず寝ていられない。警備(見廻り)をやって仮眠して、というそんな楽な仕事ではない。幸い、霊(実際にぼくには見える!)とか鼠とかに強い男なので、闇の奥から不意に何かが出てきても怖くない。そういうホラー映画が大好きだ^^。
 まぁ・・・貞子だけはご勘弁で。

 フェルメールの作品「小路」をめぐる謎解きの番組を観ていて、建物の奥に描かれたオランダの洗濯女(?)が突然こっちを向いて、ズリズリとテレビの画面から這い出てきたら、こわかんべなぁ、と思った^^。

  前回いきなり書き出したマールの話も、ぼくが知る限りマール呑みに悪い奴はいないからだ。“マール大好き!”と言ってくれるだけで、男でもハグしちゃう。キスしたくなる^^;2008y10m26d_130917531

  貞子の出てくる『リング』を書いた鈴木光司がそうだ。
 彼も仏文(慶応)の男だからもちろんいろんな話が基本的に合うが、一番合うのはこのマールで、ブルゴーニュの赤を三本飲んだあとで「マール・ド・ブルゴーニュ」を一本空けてしまったことがある。これは強烈だぜ、ちょっと。読者の何人かはそれからの事を知っていると思うが、ぼくらは閉店して厨房の片付けをしていたその店のシェフをまじえて、日本酒「磯自慢」(静岡・焼津)の一升瓶を飲みだした。すげえ順序の飲み方。三人とも、日本酒ときたら「磯自慢」。意見が一致していたのだ。永谷園のフリカケみたいだとぉ? とっととけぇってくれっ! この俺のブログから。塩まいてやる!!
  当時の鈴木光司は鍛えていたのでいい胸筋していた。パンクラスの船木誠勝とちゃんとスパーリングやれたんだから。胸と上腕二頭筋では鈴木クンとぼくはいい勝負だったよね(笑)。対談というより腕相撲大会という感じのフレンチの食卓だったなぁ。。。

2008y10m26d_223932655   だからというのも変だけど、確かに疲労困憊の夜勤ではあれ、ぼくとしては週に二回か三回の「稽古」のつもりでコトに臨んでいる。 空手のときは一回で1kgの汗を流した。あとで1.8ℓのビールを補充していたとしても^^;、道衣からしたたる汗で足元が水溜り状態だった。汗溜まりか? ともかくそれくらいすごかった。空手では実際組み合うことはないにせよ、さぞかし相手は嫌だったろうなぁ。人の汗って、気持ち悪いんだ、これが。
 ラグビーのスクラムなんか、(プロ選手なら)骨が砕けるほどの衝撃力でぶつかるから血と汗が飛び散る。完全に格闘技ですよ、あれはね。ウサイン・ボルトみたいなスピードで、スタン・ハンセンみたいな2mの体格の男がプロテクターなしで突っ走ってはガッツンぶつかり合う。これは最強の陸上格闘競技だよね。どれほど面白いかは、実際に、スタンドで観て欲しい。サッカーには耳の潰れた選手などいないが、ラグビーではやたらいたるところ凹んだり変形したりで。実にオーガニックで、バロック(「ゆがんだ真珠」)の美学をもつ華麗なスポーツなのだ。
 ちなみにプラトンの本業は、カール・ゴッチのスタイルを持つプロレスラーだった。
 青白い横顔をしたアカデミックな哲学者では決してない。

2008y10m26d_221153875  まったく説明にはなっていないけど、どうしてターナーさんは「アノトキの猪木」が大好きなのですかという、ぼくに言わせりゃとんでもない愚問を向けられたので、一応答えておく。
 ぼくは本物のアントニオ猪木が好きだったし、それで学生時代には東京スポーツのプロレス記者のバイトで毎週観戦記事を書いていたし、村松友視がいなければ『あたしゃ、イノキのプロレスが大好き!』という本を書いていたろうし、大きくなってからも(!?)息子を連れてアメリカン・プロレス〔WWF〕の試合を横浜アリーナや代々木体育館で観ていたし、そのときの夢(?)は、いつかあの「(ジ・)アンダーテイカー)のような不良ジジイになって長髪・髭・革ジャンにグラサンしてハーレーにどっかとまたがり、富士サファリパークめざして(OH、お子チャマ発想^^)ハイウェーをすっ飛ばしてやる!!デシタ(笑)。2008y10m26d_223019186

 政治学者カン・サンジュンのような渋い表情をつくり、低音で“やっぱりフェルメールは素敵でしたね”と呟きながら家に帰れば、おそらく昨日届いたのであろう葉書が一枚、ピアノの上にポツンと置いてあった。
 宛名も文面も雨粒で滲んでいる。インクが流れている。その字体までが、まるで「あなた」からの葉書のようだった。
 ぼくはそれを手にとり、途中まで読んで、涙を流す。。。
 ここのシーンは意地でも消せない。あえてそのまま残す。(11/7)

 ながい36時間はこうして終わった。
 今週は一日の休みもない。夜勤が連続する。頭脳労働していた日々は遠い昔のこと。果たしていつまで身体が続くのだろうか。タイム・リミットは静かに近づいているようだ・・・・・・。

|

« アナザー・ストーリー | トップページ | ワシントン広場の夜は更けて、ふたたび^^; »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

ターナーさま

どちらにコメントを入れようかと・・・・・最新のこちらに・・・・・

おとといからきのうの明け方にかけて徹夜でいただいたDVDと録画しておいた『風のガーデン』(倉本聰原作)の第1回を鑑賞しました。”My Blueberry Nights”と『大停電の夜に』。後者は言うまでもなく2回目。

バーの扉、窓、またカウンターの内と外、それが示す距離が映画ならではと言わんばかりに際立っていました。”My~”のノラ・ジョーンズの名演というか、歌手を本業とする彼女ならではの持ち味には大拍手です。彼女は失恋の旅に出て愛に傷ついた人々との会話の中でただ聞き手に回るスタンスを崩さない、相手の内側に踏み込まない、メールではなく葉書を送る、そこが大好きです。距離を大切にして心の距離を埋めていくってスゴイ、素晴らしいことですね。

『風のガーデン』は神楽坂『拝啓、父上様』以来の倉本聰のドラマですが、これがまた最高です。オープニングとエンディングの歌と共に流れる光景はまさにアンドリュー・ワイエスの『海からの風』そのものです。風景だけでも充分すぎるくらいの美しいドラマです。人間の最期がテーマですが、奇しくも緒方拳の遺作となりました。・・・なんて、私がここで書くまでもないことでした・・・もしご覧になっていらっしゃらなかったらぜひこれからでも観ていただきたいなと思います。木曜22時フジです。

今はいただいた最新CDに耳を傾けています。”STACEY KENT”に”FEMMES”。”Dream”で目が熱くなり、”Moonbeam Song”では涙があふれ、私の目(かなり大きいと言われます)の表面張力がノラ・ジョーンズの歌と共にプツンと切れて涙が流れ始めました。月並みですが、悲しくない涙はやはり本当にいい。

ただでさえご自身のお体も悲鳴を上げているのに、とてつもない体力と精神力を要するお仕事についていらっしゃり、こんなに皆に幸せを分けてくださる・・・感謝と心配と申し訳なさで言葉もありません。本当にありがとうございます。肝っ玉母さんのようなひみこさんと妹さんのように愛くるしいエリカさんのコメントにも私の心がポワンとしています。たまにしか参加しないのに温かく迎えて下さってありがとうございます。先生はか~な~りご立腹かも~・・・ゴメンナサイ!

9月末から10月半ばは私にとって試練の時だったみたいです。立て続けに二人の友人が亡くなりました。ひとりはあまりにも突然、もうひとりは13年の闘病の後に人生に終止符を打ちました。どちらも同じ最期、だれにも平等に一度は訪れる最期、それなのにどうしてこんなに悲しいのでしょう・・・「あなた」の天国への旅発ちの時のターナーさんやひみこさんの気持ち、あの時はほんの少ししかわかっていなかったと気付きました。寂寞感ってふと街角を曲がったときに突然つむじ風に出くわすような感覚なんだなと思い始めました。たまらないです。そんなときに”Wonderful Life”、”How to Heal”、”This is Goodby”が耳に入ってくると悲し涙でない涙がこぼれているんです。そう言えば”As tears go by”は「あなた」が好きだった曲ではなかったでしたっけ?

甘酸っぱいブルーベリーパイにアイスクリーム。急に食べたくなりました。でも、アイスではなくて生クリームの方が好きかもしれません。

ターナーさんは天才T先生の軽井沢追分の家をご存知でしょう?先生の妹さんは今そちらにお住まいです。彼女と、映画館のない軽井沢町で毎年名画を1本上映しようと計画しています。ことしは『サンジャックへの道』でした。来年は『白鳥の死』か『嵐の孤児』になりそうです。

ターナーさんにはやっとお礼がお送りできそうです。ここからがO型人間、明日あさってとはいかないかも・・・デス!

投稿: Pan | 2008年10月27日 (月) 00時03分


ターナー先生

お疲れのところ、Panさんのコメントも久しぶりに読ませていただいたし、すこしだけお邪魔します。
きょうのブログ、意味不明なところがいっぱいあって、私の読解力がないせいなのか難しいものでした。
先生の文章って、ブログというよりは“意識の流れ”を意識した一種の小説のようであり、メタ・エッセイのようであり、意図的にそう書いていると思うんですね。それぞれが独立しているし、前後が全部つながっていますよね。たぶんそのこととジャック・ドゥミの映画って関係していると思うんです。
ドゥミの映画については今度写真満載で詳しくご講義をお願いしたいところです。
『ローラ』、写真一枚見ただけで、なんだかわくわくしてきます。アヌーク・エーメが綺麗すぎますね。
『男と女』の話ももっと伺いたいと思います。前に、突然、そんな話がインサートされていましたよね、ブログで。

先生、22時10分てなんですか?
それと、雨に濡れた葉書というのも。
マー様が関係しているの? ひみこ姐さんがマー様の手紙のこと触れていましたよね。天国からの手紙が届いたのでしょうか? ちょうど新作映画『PS・I Love You』のように。

また明日から夜勤が続くのですか? 
お身体大切になさってください。無理をしないで。きっぱりと断ることも大切ですよ。

投稿: エリカ | 2008年10月27日 (月) 00時50分

エリカちゃん
 そんなに難しく考えることないのよ。
 ターナーさんの手法って、連想ゲームだから流れに逆らわず読んでいればいいの。途中でちりばめられている「難しい専門用語」や「謎の言葉」は、お飾りだと思えばいい。読み飛ばしてもいいと思いますよ。

すごい体験しちゃった! 降りてきたの、マーが。お昼寝していたら(笑)。
 
 マーがね、夢枕に立ってあたしに言うの。
ミコちゃん、すべては巴マークみたいに二つか三つ組み合わさって円を成しているわ。これが世界の構図なの。韓国のマークなら陽と陰の二つ。竹内まりやの歌もそう。「カムフラージュ」と「マンハッタン・キス」、「純愛ラプソディ」と「ロンリー・ウーマン」。
 ミコが疑問に思っている「ラスト・デイト」は、ちょうど「恋の嵐」と組み合わせて考えればいい。
 ダンス・ダンス・ダンス、これはターナーさんが書くように村上春樹じゃない。竹内まりやよ。
 車でのデート、雨の街。雨の音は恋する心の動悸。抱擁してステップ踏むの。
 ミコなら感じるでしょ、ターナー氏の恋。数ヶ月前から予見している「最後の初恋」。
 車、そうね「男と女」の情景、「ローラ」も車の恋の物語よね。
 多分二人は車でデートすることになるわ。
 フェルメール・・・母(mere)の方に(Vers)、ほらターナー氏の気持ちは“母に向かっている”わ。母の詩(Vers)でもあるの。「M」は「母」の象徴なのね。
 氏が手紙(=葉書)にこだわるのはそれが「メール」でもあるから。「mail」なの、もう一つの意味ではね。「母なる女性からの手紙」。
 竹内まりやの「恋の嵐」、そういうことを頭に置いて聴き直してみて。つづけて「ラスト・デイト」も。雨の日に母を求めるターナー氏の初恋に似た感情はうまく成就するのでしょうかって^^。ミコ、あなたはどう思うの、感じるの? 巫女としてさ(笑)。
 
 というような内容で、正確じゃないけどかなり忠実に再現したつもり。
 怖くない? マーってこんなこと、向こうの世界から眺めて微笑んでいるのよ。すごいなぁと思っちゃった。
 ターナーさんは相当に反論があるでしょうが、なんだかとっても説得力があって。
 あたしは、感動にうち震えています。
 ご報告まで。 ターナーさん、どう思いますか? ご当人としては??
 
 

投稿: ひみこ | 2008年10月27日 (月) 18時37分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« アナザー・ストーリー | トップページ | ワシントン広場の夜は更けて、ふたたび^^; »