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2008年10月

2008年10月31日 (金)

紅と緋文字の誘惑

 《画像追加の改訂新版》


  彼女は・・・公表しちまって怒るだろうか、いや、微笑んで許してくれるだろう。そう信じることにしよう。
 Panさんから、(いつものように)流麗な手書きの書簡が添えられた“お母さんからの宅急便”が届いた。
 
2008y10m30d_231631816  “「吾亦紅」・・・われもまたくれない・・・は好きな花。好きな漢字です。
  私も雨は大好きで、ことしは例年になく、秋が、いい気候が長いなと感じています。”
 と、書き出している便箋三枚に及ぶ、美しい文面。
  (・・・)アップルパイでも『ミリオンダラー~』のレモンパイでもなくブルーベリーパイ。
  色と音の味が絶妙ですね。・・・と、これって、ぼくのオリジナルCDへの褒め言葉^^;。
 ありがとうございます。喜んでいただけて、光栄です。

 ぼくらは箱一杯の季節の品々を贈り合う仲だ。嘘、彼女がいつも送ってくれる。

 Panさんはぼくの「お母さん」役で、いつも身体のことを気づかってくれて、セカンドハウスのある浅間山の山荘からぼくの東京での愚行を見守っている。
 有難いことに、軽井澤から、いろんな名品─それは堀辰雄記念館の紙の資料だったりもする─が詰められた宅急便を送ってくれる。
 学部では彼女が後輩だから、彼女はぼくよりも若い(念のために^^)。が、真心をこめたその中身の数々には胸がホカホカとしてくる。

 今回、とっても凄いのが入っていた。これについては、事情があって、後回しにする。
〔11月初旬に記事をアップしてみたい。Panさん、ヨロシク!〕

 《吾亦紅》、紅い色、緋文字、今夜はこのあたりに光をあててみたいと思う。
 それにしてもPanさんもひみチャンに負けない予知能力の持ち主か。怖いなぁ。。。
 

さて、いきなりハイ・テンション、フル・スロットルで突っ走る。

 二日連続の徹夜の夜勤で、もう泣きそう!2008y10m30d_173309109_2  
 夕方までは早朝から中野のデイサービスにも出掛けていて、軽運動をしたり昭和30年代の歌謡曲を目一杯歌ったり〔現在、ぼくの歌の指導で、守屋浩『有難や節』を施設内で流行らせようと目論んでいる(笑)。ありがたや、ありがたや。とりわけ介護の世界では、この「感謝」の気持ちは絶対に忘れてはならない〕。
 もちろん魔法の“手あて”も、体力の限界にあるぼくではあれ、しかし、忘れてはいない。

 これって改訂版なので途中を削除しちまうと、話が全然つながらなくなってしまった。

 (仕方がないからこう書き出す)、話はまったく違うが^^、
 (畜生、まったくもって汚い文章の展開になってしまって申し訳ない。無理矢理にも本の話をするシーンにカットをつなぐと・・・)

 例えば吉本ばなな『不倫と南米』。ばななの中でぼくが最も感心した、ぼくにとっては大好きな1冊。誰かが書いていた、《ばななの『不倫と南米』は、「書名」としては論外だろう。中身が傑作だけに実に惜しい。ばななの短篇集の舞台は南米、全7篇とも「愛の物語」である。》 ついでにウォン・カーウァイの映画『ブエノスアイレス』も観ていて欲しい。イグアスの滝を観に出掛けて行ったのにそれが果たせずに終わったホモの二人の哀しい物語。原題は「ハッピー・トゥギャザー(春光乍洩)」だ・・・と担架に乗せられて虫の息のターナーはそんなことを想う。願う??

  完全に労働基準法違反。[しかし現在のわが国で違反なくして介護が成立するか。馬鹿野郎の怒りのビンタはアントニオ猪木、ダーッ!!。
2008y10m30d_174336750
 血圧は200を下らず。悶々として夜明けまで徘徊途中のTバアとソファに並んで過ごす。彼女はいいよな、プラトンのようなぼくの肩にもたれて、極楽トンボの“大いなる眠り”。旦那の夢でも見ているのだろうか。Tバア、右手はしっかり股間にのばしていたっけ。いつものことだけどね^^;。

 ワインで疲労と眠気を懸命におさえ、
 こんな話をダラダラと書いていて、実は一度書き終わり、画像もいろいろ貼り付けてアップしようとしたら、突然ダウンしちまった。
 (これで何度目だろう)ブログ全文が消えてしまうというチョンボをしちゃったわけで・・・内心、絶望的な気持ちで再びキーを叩いているのだ。トホホ。泣きっ面にハチ・ハニーワイン。
 ホントは眠くてしょうがない。きょうの昼間も寝ていないんだし。。。止めて寝たいよぉ。

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2008年10月28日 (火)

ワシントン広場の夜は更けて、ふたたび^^;

  いやはや、凄いコメントをいただいたものだ。
 前回の記事に対して「ひみこ」さんから。
 折り返しそこで応えるべきだったのだろうか。いや、分量的にも説明(弁明? ^^;)し尽くせないから本文の方がいいだろうと勝手に判断して、ここに一本、急遽記事を書いてみたい。
 
 結論から言ってしまえば、「霊」を視ることができるこのぼくでも「あなた」の影はいまだまみえていない。2008y10m27d_221320562

 繰り返すけれど江原某の世界はまったく信じていない。猿芝居のインチキだと思っている。ましてや、彼にあやかって「魔女」を演じている三輪某なんて、シャンソンの世界の演劇であって、円熟した芸ではあるがいささかも霊的能力とは思えない。
 これがぼくの基本的スタンスだ。

 ひみチャンには悪いけれど、あの“夢”はひみチャンの無意識的解釈が夢の中で映像化したものであり、一連の分析能力の所在はひみチャンにあるとぼくは判断している。

 降りてきたわけじゃないと、ぼくには思えるんだよね、ゴメンね。

 それが結論だとしても、しかしながら、「あなた」の分析・解釈学のレベルの高さにはかつて舌を巻いたことがある。これは凄いものだった。
 いまでも思い出すと、冷や汗が流れるほどだ。

 絶好の機会なのでそれを紹介してみたい。mixi日記、二年前の11月の記事。
 (現在の読者の中でも、4,5名の方はこの記事を覚えているのではありませんか?)

 全文引用して貼り付ける。
 ひどく長いけれど、心して読み進めて欲しい。まず、ぼくの日記から・・・・・・。 



 『ワシントン広場の夜は更けて』......って曲、知ってますか?2008y10m27d_220131000 

 柄にもなく半ば意地になって(?)、2日間にわたって厖大な量の映画『手紙』論を必死に書き続けていた。
 一時間前にその原稿がほぼ出来上がった。
 最後あたりは、ひどい睡魔に襲われ、いや、なんだか眠りながら書いていたようだった。
 それでも、書き上げた歓びに満ちていた。
 ここまで書けば充分すぎるくらいだろう、玉鉄のラストの顔のシーンの分析では完璧の域だと納得していた。
 ヒッチコック『見知らぬ乗客』とサム・サムメンデスの『アメリカン・ビューティー』を引き合いに出して論じるなんてワザ、ぼくしか出来ないだろうなと御満悦状態だった。
 沢尻エリカの母親が(アルジェ系)フランス人だなんて、今回調べていてはじめて知った。  
 そんな収穫もあったのだ。
 
 『ワシントン広場の夜は更けて』というタイトルにしようと考えていた(と思うのだ)。何故だか。
 なんだか半分以上眠りながらそう考えていたような記憶がある。

2008y10m27d_221723829  というのも、もともと綺麗な顔立ちの人なのか分らないが“整形して美人になってしまった 村治佳織”のような女性(?)が夢に現われて、彼女はバンジョーのかわりに三味線を手にしていて、透明の地にピンクの縞が1本入った細いビニールのストラップを肩から外しながら、この曲って思いのほか難しいんですねぇと微笑んだのだ。『ワシントン広場の夜は
更けて』。〔実際は超簡単だよ。入門者の曲だ〕

 曲を聴くならここでどうぞ。
http://www8.ocn.ne.jp/~audiofan/oldies/single/single_50s-60s_middle/001-washington_square.html

 ぼくはギターを抱え持っていて、そうだよね難しいんだ、いかにもギターの入門者が練習しそうなこの曲は意外に手を焼く曲なんだ。ぼくらがこんなに苦労するんだからね、他の人たちがまともに弾けるわけないじゃないか、なんて相槌を打ちながら、
 「それはそうと、ワシントン広場ってどうしてモスクワになくてニューヨークにあるのか知っている?」とその村治佳織似の・多分そのときのぼくは本人だと思っていた可愛いお姐さんに優しく訊ねたのだった。

 彼女は判らないという。でも私は下手だから指が回らなくて、とても私には三味線で『ワシントン~』は無理ね...と悲しそうにつぶやいたそのときに、ぼくは原稿を「ごみ箱」に放り投げたことだけ、はっきりと覚えている。

 “ワシントン広場ではベンチで手紙を書いちゃいけない決まりがあるのだ。破っちゃいけない・いけねぇ・危ないところだった・やばかったなぁ・くわばらくわばら”
 と、首をすくめたことを今でも鮮明に思い出せる。2008y10m27d_221936516 


 ということで、さっき、一時間くらい前、原稿を削除しちゃった。茫然自失。なんで~~っ!って自分でもさっぱり理解できない。無意識的に(夢見がちに)削除して、瞬間ハッと気がついて泣きたくなった.........。
 再び同じ内容で似たような文章を書く気にはとてもなれない。画像はすでに3枚いいのが用意されているというのに。最後の推敲の手を入れていたところだったのに。
 眠くて眠くて仕方なかった。いや、眠っていた。
 もう『手紙』論には戻れない......。


 映画『手紙』については、未完のまま終わりとします。

 と、一応変な報告をしておいて、今夜はこれからベッドで寝ます。

 どなたか、《夢判断》、やってくれませんかね?
 なんでワシントン広場と村治佳織なんだろう?
 『手紙』と一体何の関係があるのだろう?
 なんで削除してしまったのだろうか?
 
 判りません。嗚呼、さっぱり自分で自分が解読不可能なのだ。ひどく、ひどく、疲れている。

追伸: モーリス・ブランショという怪物のような評論家 に『タルブの花』論というのがあって
     (正式なタイトルは忘れた)、発表当時誰も評価しなかったジャン・ポーランの
    『タルブの花』って作品をブランショだけは高く評価して擁護したのだった。
    そんなことを今思い出した。なにか深い関係があるような気がしてならない。

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2008年10月26日 (日)

フェルメールとスカジョのこと;疲弊/混乱

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 夜勤明けの帰宅途中、西武線の車窓から秋雨に冷たく濡れる街を眺めていたら、妙にフェルメールの絵が観たくなって、馬場から池袋を経由して上野へと電車を乗り継いで行った。

 多分、雨の日ってことが大きな動機。
 雨が好き!って典型A型人間の証拠だよね^^。
  雨が降ると楽しくなる。雨が降れば日頃できないことでもすぐやれる。

 
 上野の森、東京都美術館で開催中の「フェルメール展」。
 昨晩のテレビのせいもあって、人・人・人、人ばかり。これにはさすがにうんざりした。

 
 途中、上野公園を歩いて行くシーン。キャメラが後ろからロングで狙っていたとすりゃ、なかなかいいのが撮れたはず(笑)。雨に唄えば。
 人生に疲れたような冴えない顔の親爺がひとり。それでもかすかに愉しげな笑みを浮かべて、雨傘さして一人で歩いている。いまにも、ステップを踏んで踊りそう。〔平尾の華麗なるステップじゃないよ^^〕

 明け方まで聴いていたキース・ジャレットのピアノが、濡れて色鮮やかに光る紅い葉むらが印象的な、枯葉色に染まった上野公園の情景にかぶってくる。右足をひきずった親爺の姿。また椎間板ヘルニアの痛みが始まった。けれど、心は躍っている。大好きなフェルメールだものね。

 『マーサの幸せレシピ』を想い出す。キースのピアノ。。。2008y10m26d_214542796
 ご存知あの有名な「Country」、サンベアでの「Tokyo,Encore」、そして「Bregenz, PartⅠ」、さらには「Never Let Me Go」、トリビュートの「U Dance」が、実に楽しげに効果的に使われていた。

 上野の森シーンでは、気だるく『You've Changed』か、季節に合わせてとても抒情的な旋律の『Paint My Heart Red』を使いたいところ。でもちょっと明るすぎるか。コール・ポーターの『I Love You』と叫んでみたいけど、すかさず『It's All in the Game』と言われそう^^;。
 
 背中のむこうを徘徊する老婆たちが行き交う夜更けの時間。シュールな光景。
 灯りをぎりぎりに落とした台所の隅のテーブルで、黙想しながらキースを聴いている男の影。。。
 順不同。『レイディアンス~ソロ 大阪/東京』(二枚組)、トリオでミュンヘンでのライヴ盤『ジ・アウト・オブ・タウナーズ』、それにソロで『カーネギー・ホール・コンサート』(二枚組)。

 
 デジタル複製化時代の恩恵にあずかって、極めて印刷精度の高いフェルメールの画集が見られるようになった。図書館に行けば優れた研究書の数も多い。ネットの研究記事も充実してきている。
2008y10m26d_132912687_3   わが国では少し前まで小林頼子の独壇場(?)だったが、朽木ゆり子の『フェルメール 全点踏破の旅』(集英社ヴィジュアル新書)が出されて、オランダの孤高の画家もぐっと身近な存在になった。この本は軽装判であっても中身はなかなかの労作で、フェルメール・ファンにはぜひともお奨めしたい。

 この世の中に、たかだか三十数点の「本物」しか残っていないと言われるフェルメール。
 好事家たちからは、それは芸術・美学者のみならず、例えば医者が電子顕微鏡を駆使してまで、細かく細かく、あらゆる観点から精緻に、それはそれは入念に、ネチッコク、作品分析が加えられている偉大なる、17世紀オランダの風俗画家ヨハネス・フェルメール。
 
 女子部時代のPanさんたちみんなの憧れの的だった先輩・聖少女Sさんも、想えば、哲学科(美学美術史)の卒論はフェルメールだった。
 頭脳明晰で容姿端麗、スポーツ万能な女性はみんな、フェルメールがお好き。
 美しい人にフェルメールはよく似合う。

 余談ながらこの才媛にして超美人さんは、卒業後、アカデミックな世界に一切関わることなく、銀座の有名宝飾店にさっさと勤めてしまった。
 当時の哲学科・仏文科・独文科(英文と史学は知らねぇ)の先輩大学院生たちにはなんともショッキングな事件だった。彼女を神聖化し彼女に恋焦がれて、なんとか自分の研究室に進んでくれるとばかり思っていた学者の卵たちには、なんとも残酷なマドンナの仕打ち=鞭だった。

 美しく聡明な女性は研究職には残らない、これもまた日本のアカデミックな世界の常識・通例なのだろう。例外は、一人も知らない。
 まさしく「あなた」もそうだった。
 T大から講師の口が約束されていたにもかかわらず、クラブの歌姫となってしまった「あなた」。〔そもそもは最大手ゼネコンの社長秘書だったが〕2008y10m26d_194911453_2

 現在でもわが国では、アカデミックな世界には美人教授がいない=存在しないというのが、慣例的「申し送り事項」となっている。
 フランスは違う。
 パリ第Ⅷ大学にいた英文科の教授エレーヌ・シクスー/Hélène Cixousは、彼女の姿を見るだけのために世界中から学生が集まって来ていた。ヘンリー・ジェームス研究の第一人者だったわけだけど、ぼくを含めて学生たちはみんな、彼女の顔をうっとりと眺めていただけだ。それだけで幸せだった。
 そんな超絶美人教授、2008年の日本のどこかの大学にいないのかね?

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2008年10月25日 (土)

アナザー・ストーリー

 1999年 12月24日 新宿・歌舞伎町

 「こいつぁ、マールじゃねぇか?」
 ひとくち含んで銀次は驚いて言った。しかもかなりの上物だ。2008y10m25d_004802787
 「こんなキャバクラには似合わねぇ酒だぜ」
 「うちから持って来たの。あんたのために。あたしのおごり」
 銀次は、用心深い顔をして礼子を見つめ、またそっとグラスに口をつけた。

 「はい、おつまみ」
 と礼子が差し出した皿には、房ごと干した枝付きの干し葡萄がのせられていた。
 銀次はその一粒を口に放り込む。凝縮された上品な葡萄の甘みが口の中にひろがる。
 例の干し葡萄だ・・・と銀次は思った。
 「前々から知りてえと思ってたんだ。こいつはどこに行きゃぁ買えるんだい?」
  「紀ノ国屋とか伊勢丹の地下とか」
 「イギリスの店がつくってる干し葡萄だろ? なんてったっけ、長ったらしい名前の・・・」
 「フォートナム・アンド・メイソン」
 「そう、それだ!」

 気がつけば銀次のグラスは空になっている。2008y10m25d_012810428
 ワインを蒸留して造るコニャックやアルマニャックと違って、ワインの絞り滓(かす)を蒸留するマールのほうが、銀次の口には合っていた。深みと凄みさえ感じられる。
 俺みたいだなとニガ笑いしてみる。好きな味だ。世間の“カス”がこんなにも素晴らしいものに化けてしまう。やくざ者としてはとても愉快な気がした。
 「どうせなら、このマールみたいな男になってよ。世界一の“滓”から生まれた最高傑作よ」
 高い酒を煽てながら勧めるだけのほかのキャバ嬢たちとは違って、銀次を見つめる礼子の眼には優しさが光っている。それ以上の何かを感じる。こいつなら・・・一緒にいても、かまわねぇか。
 刑務所でいろいろと本を読み漁っていたとき、つまり後になって銀次は判ったのだが、礼子が飲ませてくれたのはDRCの「マール・ド・ブルゴーニュ」だった。
 『ロマネ・コンティ』の絞り滓でつくる、世界最高のマール。
 「あたしね、お酒をきれいに飲む男が好きなの」
 そう言って礼子は、銀次の手の自分の手をそっとのせた。心地よい冷たさの手......。
 その夜、礼子は銀次の女になった。。。


 1995年 12月24日 成田空港

 クリスマス・イヴの成田空港は思ったより閑散としている。数年前のバブルの頃と比べると嘘のように静かだった。出発ロビーの中央には巨大なツリーがあったが、心なしか手持ち無沙汰という感じでイルミネーションが赤や青に瞬(またた)いていた。
 「じゃ、行くよ」
 なにもかも曖昧にしたまま晋一は一人で旅立とうとしている。
 「うん......。元気で」
 言いたいことはたくさんあるのに、言葉が出てこない。どうしてこうなっちゃうの!?と静江は叫びたかった。わたしたちは・・・これで別れちゃうわけ? それが結論なの。あなたは最後まで言ってくれなかった、俺と一緒にニューヨークに来てくれないかと。
 静江は精一杯の微笑みを浮かべて、晋一の手に頼りなくからめていた冷たい指をそっと離した。
 セキュリティ・ゲートをくぐる前に、晋一は振り返った。
 俺の大好きなあの笑顔が小さく手を振っている。
 ゲートをくぐった後で、もう一度、振り返った。少し輪郭がぼやけた白い顔が俺を見つめている。柄にもなく、俺も手を振って返した。
 壁の向こうに消える前に、みたび振り返った。
 あいつは泣いていた。崩れ落ちそうになった細い身体を、手摺につかまって懸命に支えながら・・・・・・。
 それが、俺が最後に見たあいつの姿だった。

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2008年10月21日 (火)

アリス、愛と死

 午後の時間、なぜかずっとポゴレリチを聴いていた。2008y10m09d_140804888

 資源ゴミを出す日なので早朝に一度起きて片付けをした。
 下の息子が喘息の発作で学校を休むという。えっと驚く。いつ以来だろう。幼児期から吸入器は小旅行のホテルについてまわっていた。北京にもニューヨークにも、あれほど空気が美味しいポリネシアの南の島にも。この生命維持装置は手荷物で大切に運ばれていた。
 彼は小6年の頃にひどい発作を起して順天堂病院に入院していたことがある。中学生になって、すっかりおさまったかと思えた。内心ホットしていた。完治したと安心しきっていた。
 高3の今ごろになって、再び、ヒューヒューと苦しそうな呻き声が部屋から漏れ聞こえてくる。

 ぼくもこの数日、何だかとっても疲れていて食欲がなく、昨晩も今朝も食べていない。

  ひみちゃん、お気遣いありがとうね。確かにひどく高血圧。
 この二、三日、東京は快晴にもかかわらず、遥か東の海には不気味なほど静かに巨大な低気圧(台風)がゆっくり北上して来ている。その影響なのだろうか、敏感にも察知しての息子のこの喘息・・・。

 ゴミ出しを終えて七時半には再びベッドにもぐりこみ、昼近くまで眠りこけていた。変な夢ばかり見ていた。昔の会社関係の知り合いたちが沢山出て来ていた。現実的なようでかなり出鱈目なストーリーだったように記憶している。さっきまで覚えていたんだが^^。

2008y10m21d_000937729  珈琲はきちんとドリップで淹れる。
 テレビドラマ『優しい時間』のマスターになった気持ちで、キッチンに立ち、鼻歌まじりで渦巻き状にお湯を注いでゆく。
 マスター役の寺尾聰の妻を演じていた女優はカミさんの高校時代からの親友で、ノブ、ミーと呼び合い、共に合唱部で歌をうたっていた。カミさんはピアノ伴奏役。いい女優だ。ほかの俳優たち、二宮も長澤も、麿赤児もみんな良かった。このDVDをぼくに贈ってくれた人に今でも感謝している。
 うちのキッチンのシンクまわりは一枚の大きな耐水耐熱テーブルになっていて、珈琲はここで飲める。食事もできる。
 熱いのを口先で啜っていたら、ポゴレリチがむしょうに聴きたくなってきた。2008y10m21d_001009619


 どうして? そのワケは知らなかった。気にもしていなかった。

 この前、ぼくが世界で一番大好きなCDということでスカルラッティのソナタ集を挙げたばかりだから?  昨日のブログで「YouTube」のお宝映像に触れてたから?

 夕方になって、今日10月20日がポゴレリチの誕生日だと気づいた。
 まさか手帳のカレンダーに控えたことなんてないし、プルーストのように無意識的な記憶がどこかに潜んでいたとも思えない。
 たまたま、であり、まさかの偶然、にすぎない、と思う。
  
 けれどこの地球上の、彼のファンたちのことを想えば、数千・数万・いやもっと多くの女性たちがそれぞれのやり方で彼の誕生日を祝っているに違いない。

 そうだ、彼のお祝いのために、部屋中を花で飾ろう。

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2008年10月19日 (日)

“最後の初恋”に想うこと

 計画は立てるためにあり時間は守るためにある、という典型A型人間の格言(?)を生活信条としてぼくはずっと生きてきた。

 だから、ともかく、ぼくが一番嫌いなのは「行き当たりばったり主義」であり「ケ・セラ・セラ、なるようになるさ・明日は明日の風が吹く主義」だ。
 面と向かって“人生なるようにしかならない”なんて白けた顔で言われると、モロ、胸元に正拳突きをお見舞いしたくなる。2008y10m17d_214206966_2
 “この馬鹿野郎! 人生はそうなるように、自らをしむけるのダーッ!”と「アントキの猪木」さん(写真・A猪木本人ではない^^)のように拳を高々と上げる。
 何度も書くけど、お笑いタレントの中では彼が一番好きなのダーッ!一度観てみて。物真似でなく素晴らしい芸だよ、あれは。

 未来は意志が拓く。Shallの助動詞が能動的に切り開く。

 と偉そうに力強く書きながらも・・・石橋を叩いても、叩いても、さらに叩いても渡らず、しまいには叩き壊してしまうのがこのぼくでもある^^。

 矛盾するようだがこれも典型A型の性格。A型の人ゴメンナサイ。臆病というか小心者というか、キモがすわっていないというのかA型は弱い。自信家とは言えない。しかもアタマに「暴力的・激情的」と付く慎重派で、いつも神経症の深い苦悶の淵にいる。スキゾフレニック、そう、わが師ドゥルーズがいつも言っていたスキゾ人間の見本のような男。。。

 徹底してこだわる。ワンパターン的にこだわる。執拗に、執念深く。

 と書いてきて、突然の自己矛盾宣言。
 《Before & After》のテーマでの肝心の本編、ネタはネタとして頭の中にあるのだが、とりかかる前どうもその気が萎えてしまった^^; 。
 きょうは違う話を書いてみたい。ロードショー公開中の映画の話に切り替える。でないともうそろそろ終わってしまうから。興味を持たれた方は明日すぐに映画館に走っていただきたいと思うのだ。

2008y10m19d_131658765  しかしそれにもさらに先立って、
 この前のCD、ジェーン・バーキンとアラン・シャンフォーのデュエット曲の解説で嘘を書いてしまった。お詫びして訂正したい。
  CDジャケットで「シャンフォール」と誤記してもいる。フォーに訂正です。フォ~~~ッ。
 『T'a pas le Droit D'Avoir Moins Mal Que Moi』(邦題『許さない』)。
 鳥肌がたつほど素敵で大好きなこの曲の作者をセルジュ・ゲンズブールと書いたが、作詞/作曲はジャック・デュヴァル/J. N. シャレーの二人だった。勘違いしてました、スミマセン。
 アラン・シャンフォーは、現在60直前のジジイだが、フランスではシャンソン界の“ダンディ”と呼ばれて現役で活躍中だ。われらが“スター”錦野旦とおんなじ。笑っちゃうね。
 でも渋くてカッコいいぜ。誰か言ってくれないか、ターナー先生ってシャンフォー似よねって。2008y10m09d_140744685_2
 あのぉ・・・イーヴォ・ポゴレリチ似って言ってくれれば、さらに追加で赤ワイン一本ご馳走いたしますが・・・(笑)。
 アノトキの猪木より、ずっとずっと嬉しいぜよ^^。

  ポゴレリチのスカルラッティを早速買ってくれてありがとう、エリカさん。
言ってくれればコピーしてあげたのに。それにターナー版ベスト盤だってあるというのに。他人行儀なんだから、もう。ぼくたちはすでに運命共同体なのだゾ。
  ちなみに、ポゴ様はこんなスクリャービンを弾いているから聴いて(観て)みて。
http://jp.youtube.com/watch?v=K79XjcbnMEA&search=pogorelich

 ポゴ様のスカルラッティは、映像/音声の状態が悪いので
あえてお奨めしなかったが、YouTubeにこんなのがある。
http://jp.youtube.com/watch?v=6dbSgz-x5JE&feature=related

※発見映像!こいつぁなかなかいいや。スカルラッティです。あったんだね^^。
http://jp.youtube.com/watch?v=49gXA9hALPs&feature=related


 エリカさんから(フランス語の)歌詞の意味がぜひ知りたいと問い合わせが入っている。

 時間があれば自分で訳してご紹介するのだが、きょうは先が長い。その余裕がない。堀内花子訳でいきます。
 これはすべてのM女に心をこめて、皮肉をこめて、CDの最後にトリとしてもってきた曲だ。M女の中でもあの人に捧げて選曲しているのだから、Mさん、心してもう一度以下の歌詞を眺めながらシャンフォーの声を味わっていただきたい^^。お願いしますね。

 『許さない』

 僕が君より苦しむなんて許さない
 こんなに苦しいのに君は平気だなんて、おかしいよ2008y10m13d_125715468
 僕が君より苦しむなんて許さない
 ふたりの痛みはいつだって同じはず
 僕が101滴の血を流し
 君が100滴だなんて、ひどすぎる
 許さない、僕だってなにも好んで
 苦しみはしない、不公平だよ

 私があなたより苦しむなんて許さない
 こんなに苦しいのにあなたは平気だなんて、
  おかしいわ
 私があなたより苦しむなんて許さない

 私が泣くように泣いてくれないなら、覚悟しなさい
 頬をつたう私の涙一粒ひとつぶと
 そっくりそのまま同じ涙が見たいの
 許さない、私が打ちひしがれているとき
 あなたもぼろぼろじゃなかったら

 僕が君より苦しむなんて許さない
 僕が苦しいのに君は平気だなんて、おかしいよ
 私があなたより苦しむなんて許さない
 私が耐えてあなたが耐えないなんて、むかつく
 いつだって何をするにもふたり一緒だったのに
 不安をカップに注いで一緒に飲もう
 許さない、落ち込んでいるとき
 一緒にどん底のふちにいてくれなかったら  

 

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2008年10月13日 (月)

Before & After 2

2008y10m13d_131936359   《早く眠りたい。だから一気に書く。二時間で書き上げようっと、きょうのブログは。
  「Before & After」 の続き。その2。その3までは、時間がなくて書けないだろうな。

 それと、この前の我が家の「月窓」と「ストライプ書架」の写真、そして竹内まりや“「縁の糸」への直筆メッセージ”、画像が小さくてちっとも分からないとのクレームを受けたので、大きく見られるようにしました。ダブル・クリックしてじっくりと眺めてください。
 これが今日最初の、「Before & After」のネタ》


 職場の仲間から“いつ寝ているの?”と問われる。
 うーん、寝ている時間なんてないなぁ。やるべきことが一杯ありすぎて。

 って、ひたすら書いてるだけか、CDかDVDの編集・制作やってるだけだって?
 いやそれ以上に膨大な量の本、読んでるからね。単行本、一日に二、三冊は読む速読の天才だとしても、本を入手するために図書館と本屋(とBook・Off)に通う時間も結構かかっているし。研究書が多いから、コミックスや週刊誌を読むようなわけにはいかないんだよ。

2008y10m13d_143054406_3  自宅への帰路、遠回りしてHMVやタワーレコーズにも顔を出しているよ。
 雑誌やネット情報だけじゃ駄目なんだ。ジャケットを手にとって確認しなくちゃ。いいか悪いかはジャケットの感じで判る。音楽を視覚的に目利きするわけ。
 美しい音楽は美しいジャケットとディスクの中におさまっている。

 一時期、モノクロのジャケ写のCDしか買わなかった。2008y10m13d_130444078
 そのプラケースを図書室の壁にずらっと飾っておいた。白壁にうがたれた小さな黒い窓。しっかり水平・垂直・平行をとって、真っ直ぐに、きっちりと並べておく。A型の性格そのもの。
 まるで「江戸川現代写真美術館」という感じ^^。
 ジャンルはさまざま。大半がジャズのCDでも、中にはクラシックもカントリーもロックもあったし、オードリーの写真が素敵なイージーリスニングもあった。
 自分で制作したやつも何枚か、ちゃっかりと飾っていたっけ^^。

 最近の? まりや様の『Expression』は・・・ケースが厚すぎて壁に貼れない。残念、綺麗なんだけどね。


2008y10m13d_130657968  15%OFFのパスカードがあるので新宿のタワーで何枚か新しいのを仕込んできた。
 それをベースに、一晩中CDの編集制作をやっていた。
 夜明け近くなって、すごくいい感じの新作が完成した。久々の充実感が湧きあがってくる。
 徹夜の夜勤明け、そのままタワーに出掛け、自宅に戻って昼間からワインを飲み続けて、2ℓは飲み干したあとでの深夜の作業だったので(その間にブログを一本書いたな^^)、睡眠不足と多量のアルコールのせいで頭がどんよりと曇ったように痛い。
 土曜日は柄にもなくずっと電話を待っていた。夜中には必ずおしゃべりができると楽しみにしていたのだった。その気疲れもある。

 ひとつの、Before & After。

 新作のタイトルは『Femmes(ファム)』。女たち。複数形の女たち。
 しかも、この女たちの歌声は極めて生(き)のままだ。いや、ぼく流の表現では生々しくオーガニック。
 サウンドはアコースティックが基本だ。弦を押さえる音がちょっと耳障りなくらい、肉々しくも^^;蝕感的な調べが響き渡っている。
 この秋、大注目の新人歌手プリシラ・アーンをメインにすえてみた。彼女の、虚飾のない自然な風合いの、極めつけオーガニックな曲を4曲紹介したくてつくったようなものだ。

Photo  以前に予告編を書いている通り、パクリの一枚ではある。
 『Femme』という新譜が存在する。曲の構成内容を十分に参考にさせていただいたが、ぼくは「これは違う」と感じた。
 手を加えて、ぼくなりの一枚に練りこんでみたのだ。結果、大半の曲が外れて新しく21曲がラインナップされた。

 表向きはプリシラ・アーンをフューチャリングした“癒し”音楽の一枚になったのである。

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2008年10月12日 (日)

Before & After 

  週末、テレビの“若年性認知症”の特集番組を観た人が多かったらしく、
Before & Afterで言えばAfterの老婆たちを見やりながら、この世界をよく知っているはずのヘルパーさんたちが、口をそろえて、突然ああなっちゃうなんて“怖い・怖い”を連発していた。Photo

 そりゃ確かに怖いよね。
 少し前までは“不良の中高年”だけの生活習慣病と思われていた認知症の主因が、メタボ云々問題でここまで身近になってしまうと、四十代で罹っちゃっても少しも不思議ではない。
 極端な話、明日いきなり今日の記憶がなくなってしまう場合だって、ないことはないのだ〔この場合は、身体的事故か何か強い精神的なショックに起因してのことだろうが〕。

Photo_2  認知症の場合、記憶は手前から失われる。
 ぼくはいつもこう説明している。自己診断のポイントは昨日の記憶。昨晩の御飯の内容がスラスラと思い出せますか?と。一昨日のはどうですか?と。
 えーと・・・あれぇ何を食べたかなぁ・・・と詰まるようじゃ、海馬/側頭葉の大脳の機能に異状あり!と言えなくもない^^。
 毎日適度な(2,30分程度の)有酸素運動を行うこと、生活習慣病の予防に努めること、そして「もう一つ」のポイントが認知症から貴方を遠ざける。貴方を救う。この事実が最近いろいろと検証/立証されている。
 
 その「もう一つ」とは、他人・できるだけ多くの人たちと言葉で接すること、だ。身体だけじゃ駄目よ^^;。孤独を愛しちゃいけません。饒舌、多弁になりましょう。思いついたらどんどん書きまくりましょう。Photo_3

 声を出して、多くの人たちといろんなオシャベリをし合うのが一番。しゃべる機会が少ないなら、まぁ、一歩譲って、ブログでもいいか?と。
 ・・・むむむ、直接のオシャベリでないなら、やっぱり手紙を書いてください。自分の手を動かしてね。
 だんまりこくってブログを読んでいるだけの貴方、若年性認知症への道は間近だ!! 危険です。すぐに言葉のコミュニケーションを図ってちょうだい。
 ともかく寡黙であってはいけません。
  カミング・アウトしちゃいましょう。意味が違うか^^;。
 
 

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2008年10月10日 (金)

縁(えにし)の紅い糸・・・

 ここのところの「竹内まりや」熱の猛威はとどまるところを知らない。Photo

 ホントは「フィーヴァー」って書きたかった。でも、古いよね相当に。時代がずれてる。
 サタデー・ナイト・フィーヴァー! サンクス・ゴッド・イッツ・フライデー!そんなディスコ映画もあったなぁ^^;

 1978年11月にデビューし、来月デビュー30年を迎える竹内まりやのベストアルバム『Expressions』が発売1週目で30.5万枚を売上げ、10/13付週間アルバムランキングで首位を獲得。歌手キャリア29年11か月での首位は、女性アーティストの最長記録(グループも含む)となり、これまで松任谷由実が持っていた29年5か月(2001/12/3付、アルバム『sweet,bitter sweet YUMING BALLAD BEST』)を7年ぶりに更新した。 〔オリコン〕
 
 
予想通りのこととはいえ、『Expression』が売れに売れているらしい。
 喜ばしいけど、自分でもこれだけ書いているのに、度が過ぎてくると、だんだん・・・になってくる。
 駄目なんだね、メジャーってどうしてもぼくには疎ましい概念で、“日陰の花”でいたいって願望が頭をもたげてくる。

 だんだん・・・と言えば、NHK連続テレビ小説の新番組のタイトルも『だんだん』。Photo_2
 ここでも「まりや様」が主題歌を歌い、ナレーションでも大活躍中。
 出雲が舞台ってこともご縁のある話なのだろう。

 あの出雲大社への参道ぞいにある、大きな木造の老舗旅館『竹野屋』が「まりや様」のご実家。
 ちょうど神無月の今頃、ぼくも一度あそこにお邪魔したことがある。
 全国津々浦々の八百万の神々が出雲大社に一堂に会するのが神無月。地方から神様がいなくなっちゃうからそう呼ばれるのだ。
 生まれも育ちも大社のまん前という、これも運命的だよね、縁結びの神さまの巫女さんとして、「まりや様」は今全開状態にある。

Photo_3 Photo_4  ガイドブックも持たずに出掛けたぼくは、『竹野屋』さんで出雲で一番美味しいという蕎麦屋を紹介されたし、隣り町のワイナリーに行くことを勧められたのだった。思い出が次から次へと芋づる式に浮かびあがる。
 前作『デニム』のジャケット撮影はここでしている。


 この前の五日が千秋楽で、渋谷PARCO劇場での“竹内まりやソング・ミュージカル”『本気でオンリーユー』が終了した。
 全楽曲「まりや様」で構成されてるミュージカルか。観たかった。聴きたかったな。早々とソルド・アウトでチケットが買えなかったのだ。“ターナー先生のために”とネットのオークションで落とすとか頑張ってくれる人がいないか...期待して待っていたのだが、駄目でしたね(チクショー!)^^。Photo_5
 ものほしそうに^^、ここに予告篇だけは書いておいたのにね(笑)。
“え~っ、先生、アヤヤが好きなのぉ?”なんて大袈裟にオーマイ・ゴッド!する人がいるんだよなぁ、きっと。“●趣味”って。・・・悪いかよっ。

 いいかい、縁(えにし)の考え方の基本は“友だちの友だちはみんな友だちだ”デス。
 縁のある人とはプラスの波動力で繋がっている。自分にとって悪い人なんか誰もいない。
 この前、江原某氏が“オグシオ”の二人に対して“あなたがたは前世で母(オグ)息子(シオ)だった”と出鱈目こいていたが、そんなフィクションを捏造する必要などまったくない。
 ご縁があるってことは稀有な紅い糸が結ばれているってこと、凄くラッキーなことなんだよ、教えてあげればいいのだ。一億人いて、まぁ50本でも100本でもいいじゃないか、この縁の関係は大切にしたいものだ。

 さしあたり、ぼくはこのブログの読者の皆さんとのご縁に感謝したい。
 ぼくは、Mが好き!と公然と書きまくっている。恥も外聞も、まったくない。
 この力は間違いなく貴方のハートに及んでいる。そして貴方とMとを交感!させている。

 高橋真梨子、畠山美由紀、矢野真紀・・・etc.etc.のMたち。
 本命の「竹内まりや」。

Photo_6  デビュー30周年記念、「まりや様」の昨今のスパークぶりには驚かされることばかり。

 そんな折、『恋うたスペシャル』という深夜のテレビドラマを三本続けて観ることになった。
 



 

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2008年10月 6日 (月)

グーグルおそるべし

  バアバ(カミさんの母)の誕生日。
 駅前の本屋に出かけたついでに花屋を三軒まわる。が、なかなか気に入ったのが見当たらない。
 花束はやめて、結局選んだのは、ハロウィンがらみのこんなバスケットもの。001_3
 おばあちゃんが店番をしていた小さな店だった。
 
 雨が降っている。花屋のおおきな白い包みを濡らさないように気をつけながら、気分がいいのであえて遠回りして家路につき、途中で郵便局に立ち寄る。辻さんの『花のレクイエム』、単行本のほうを発送するためだった。

 ぼくの書棚にあるのはほとんどが先生からの贈呈本だが、最晩年近くのこの本は自分で買った。
2008y10m06d_172843262  高校時代から三島由紀夫と辻邦生だけは初版本で集めることにしていた。
 三島さんは途中であんな事件が起こり、古本屋でも一気に値が急騰して少ない小遣いの少年には手が出せなくなってしまった。三島を専門とする神田の某店の三階特別室にお邪魔しては、なんど指を咥えながらガラスケースの中の彼の稀覯本を覗き込んでいたことだろうか。
 それでもビブリオフィルの青二才は、花ざかりの森を一瞥しながら必死に小銭を貯めつつ、1冊また1冊と時間をかけて初版本の収集にあたってきた。
 辻さんのは、現代作家にしては珍しいほど限定本が著しく多い。あれだけ多作だったのに加えて、特装・署名落款、木口木版、限定100部なんてのを同時に趣味的に造っていた人だから、別の意味での辻文学愛好者(コレクター)が全国的にはびこっていた。
 書物=作品がまるで陶芸作家の芸術作品のようで、ぼくには・・・ほとんど手が出なかった。

 書棚から『花のレクイエム』を抜き出して中の挿画を眺め、これが山本容子の本物の銅版画ならどれだけ喜んでもらえるだろうかと思った。確かそんな限定本が存在するはずだ。
 すこし前の、ITバブルの文学好きの実業家なら、すぐに買い占めちゃうんだろうなぁ・・・なんて変な羨望心が沸きあがりニガ笑いする。

 まぁ気持ちだけ受け取ってくださいな、と、窓口にそっと差し出す。ゆうメールでお願いします。これが一番安いんだもの。けちくさい処理の仕方だけど、ゴメンネ^^; ミアネヨ~ッ。

 

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2008年10月 5日 (日)

クリスマスには早すぎるけれど

  インターネット回線がつながらなくなった原因は何だったのか?

 一昨日の夜からこのブログにアクセスが怒涛のように集中していたことに起因しているのか? いや、サーバーがダウンしたわけでもないので冗談の域は出ない(笑)。
 「冗談」と書いてみても、それにしても凄まじいアクセスがあったことは事実。
 
 中略

 このぼくのブログは全日トータルのお客さんが、そうね、50もあればいいほうで。
 ちょうど講座1クラス分というか、毎日、気晴らしというより真面目にお勉強のためにノート片手に集まってくださっている。感謝感謝。だから、こちらとしても図書館通いしてネタの仕込みに精進しているわけだ^^。
 最前列に座って、いつも手を挙げてくださるのが、「ひみこ」さんであり「エリカ」さんだ。
 ぼくのは講義でなく演習だから、“あてる”。積極的な人たちほど厳しく意見を求められ、苛められる。

〔福永さんの演習は地獄のようだったもの。授業中、日本語の辞書の持ち込みは許されなかったし。そのくせ試験のときには訳本でも辞書でも何でも持ち込みOKだった。何を持ってきたとしても君らでは満足な解答はできないはずだと冷たく笑っていたのだ。ヤナ人。だから今、師に倣っているのだ。豊崎さんのなんて、生唾も飲めないほど静謐で沈黙のテンションが気絶するほど高かった。で、モーリス・ブランショやジャック・デリダのテクストを1ページに3時間かけて読んでいたんだよ^^。心臓バクバクでさ。〕2008y10m05d_155531569

 まったくの余談だが、
 この〔同僚学者の誰もが愛称で“天才”と呼んでいた〕豊崎(光一)さんと、親友の宮川淳さんとの深夜の長電話は現在では一つの神話として語り継がれていた。
 二人とも何故か深夜の電話が大好きで。
 しかし超寡黙なことでは世界双璧の二人だから、午前1時に始まり、4時すぎ、明け方までの電話の受話器からは、かすかなため息が、ほんの数回漏れ聴こえてきただけだったという(って、そこで誰が聞いていたんだよ? 仏文学者の佐藤某氏が語っていました。じゃ、嘘か^^;
 

 

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2008年10月 2日 (木)

やっぱりMが好き!

  夜になってしまったというのに、
 またやっちゃったよ。
 写真を含めてほとんど書き終わっていた、きょうのはとりわけスペシャルだった記事を、
あろうことか、消しちしまったのである。

 昼の12時前から書いていたというのに。
 クックックッ・・・(と嗚咽)、すべて消しちゃった。自分が悪いのは判っていても・・・・・・本当におっちょこちょいぶりが情けない。トホホホ。。。〔これって、世界文化遺産的規模の損失じゃねぇのか? オイオイ^^;〕

 ええと、その内容は《道造の愛》と題したもので、詩人・立原道造と水戸部アサイとの、たった一年にすぎない儚い愛の物語を綴ったものだ。五、六時間もかけて書いていたというのに・・・。
 やんなっちゃうよねぇ。。。いっつもこれだもんなぁ。この話、先送りにします。二回は書けないかも。

 悔しいから、消去の顛末を少し説明しておこう。
 Mさんからワインが届いていて、それを一本空けてのアクシデントだった。いい気持ちになって浮かれて書いていて、何故か指がクリックで動き、全文が消えた。

 中略


 その前に・・・帰宅したところ、
 “Kさん、Kさん”と玄関のところでバアバに呼び止められ、“さっき届いたばかりなのよ。冷蔵庫に入れたんだけど”と、ワインの入った冷たい小包が渡された。
 “Panさん、どうしたんだろう。このところ何も書き込みがないからワインだけでも、ってことかな?”と、贈り主がPanさんだと信じて疑わず“どうもで~す”と階段をのぼりはじめたら、おや違う。
 字がそっくりだったけどPanさんじゃなくてMさんだったのだ。あんれ、まっ?!

  ウチに封書・葉書・小包をくださる女性たちは字のお上手な方ばかりで、その一番は日本有数のファド歌手・月田秀子さんだろう。二番目がPanさんやmikiさんだ。Photo_8
 まさに流麗華美なる水茎の跡・・・で、毛筆で繊細にさらさらとしたためられるとそれだけで心が動揺してしまう^^。“愛してるよ、デコさん”ってしみじみと独りごちてしまうのでR。

 中略


 それにしても
 ゴダールの映画のタイトルじゃないが、『男の子の名前はみんなパトリックっていうの』の世界で、ぼくが好きになっちゃう女性はみんなMのイニシャルという不思議な事実、これはナンナンダ?
 これを現象学のほうではユーメイな《Mの誘惑》という。「M系(に魅せられる)」と言ったりする人もいるが、「マゾ」の意味はないのでお間違いないように。
 黒川伊保子先生的に分析すれば、大半のM系女性たちの名前はM音で始まり、さらにK音かR音が絡むところがミソ。少しひねくれている性格。というか、きつい。先端的か目立ちたがりや。究極のM系は、和らぎと寛ぎのMとYと母音とから構成されている天女の存在。これがぼくの耳に最も心地よい名前なのだろう。
1002_2
 女性歌手を考えてみれば・・・
 竹内まりや、高橋真梨子、畠山美由紀、矢野真紀、etc。みんな「M系」ですねぇ(笑)。


 後略

 

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