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2008年4月11日 (金)

ONSEN学序説・抄

 ぼくの“温泉好き”は“温泉フェチ”の領域に近い(と自分では思っている)。
 しかしフェチを公称したい気持ちがあっても、日本全国には行けども行けども未踏破の「温泉地」の数は果てしなく点在していて、頭の中の温泉マップはいまだ白地図のままであることに変わりなく、単なる“好き”者のその他大勢の一人でしかない・・・と心淋しくうな垂れるだけだ。日本には「温泉地」が多すぎる・・・と。

 言葉は出来る限り正確に使おう。
 環境省の統計によれば、「温泉地」とは宿泊施設のある温泉場を意味する。「温泉地」の数で都道府県別トップは・・・北海道だ。249ヶ所ある。〔平成16年度のデータだからチト古いけど〕
 北海道出身の公称「温泉フェチ」がいるとするなら、少なくとも道内で200くらいは「温泉地」を泊まり歩いていなければならない。100程度なら「好き者」にもならない。

 物事すべてそういう水準で語っているつもりだ。映画なら万の桁の本数、ワインなら最低でも3000銘柄の味を知っていると(^^)。デヴィッド・ボウイは30年以上聴き続けていると。無茶苦茶(笑)。しかし、大真面目で、これがぼくの「論理」なのだ。
 温泉もしかり。威張って語ろうとするなら、2000の源泉数を渡り歩いている経験こそが必要にして“不”十分な条件となるだろう。十分条件を満たすには、やっぱり5000くらいかなぁ。
 だって、源泉総数ではトップが大分県で(上の環境庁調べ)、その数は5053だ。第二位は鹿児島の2819。第三位は、なんと意外にも、静岡の2277。
 つまり、“温泉学”というものがあるとして、これの専門家(エキスパート/スペシャリスト)なら平気で10000は経験して知っていなければならないことになる。
 それが「学者」というものだ。その世界は全然甘くはない。ひたすら温泉に入り続けて30年、50年・・・そんなフェチ者だけが「学位」を得られるのである。

 それでもやっぱり、ぼくは温泉が好きだ! 
 渓流を見下ろす露天風呂に浸かって、朝霧深くまだ明けやらぬ空を仰ぎながら、両の手のひらで湯を掬ってゆっくりと顔をひと拭いする瞬間、俺ってホント日本人なんだなぁ・・・としみじみ感じる。日本人に生まれて良かった・・・とね^^。

Photo  ご多分に漏れず北海道・登別温泉「第一滝本館」に始まり、九州の南端は指宿「海上ホテル」まで、あるいは台湾の「烏来」、「瑞穂」、「陽名山」、「知本」etc.〔ぼくなら台湾温泉ガイドが書ける!〕、どれくらいの「温泉地」を回ってきたことか。
 かつて会社員時代、出張(ディーラー研修会の講師役)が極めて多かったこともあり、地方空港のほとんどすべてを利用していたし。空港に降り立つと迎えの(営業)車が待っていて、その土地の有名温泉場・老舗ホテルの研修会場へと運んでくれたものだ。
 県ないしブロック単位のディーラーの社長たちにとっては年に二度の親睦会の意味もあるから、会場はもちまわりで飛び切りの一流どころだった。芸者というよりシルクのテレテレ・ドレス姿のホステス付き豪華宴席では飲めや歌えや・・・お持ち帰りよりどりみどりというご接待ぶり(笑)。
 「本社・本部」から出向いてきた「先生(研修会講師)」稼業はやめられネェってか^^;。
 御蔭様でそれを10年も続けていると、各県に年間二回は出向くわけだから、主要温泉地の超一流旅館・ホテルは軒並み踏破することが出来た。これは会社の経費であって自前で歩けるわけはない。個人的には絶対無理だ。汚職でも裏金でもなく、ぼくはサラリーマン時代に、正当な権利と立場から、出張手当と共に、名物旅館・ホテルの自慢の日本一とか東洋一という「大浴場」「露天風呂」の快楽が十二分に堪能することが出来たのである。

 何の話だっけ? 
 で、会社員でもない今は、有名温泉地はもう厭きたとばかり穴場探しの温泉地巡りをずっと続けている。
 今回出掛けて来た福島・裏磐梯の鄙びた温泉地「Nノ沢温泉」は、過去の経験則/全国快適温泉ランク比較からしても相当に星の評価の高いところだった。
 「温泉ガクト」のこのぼくが、涼やかな流し目で言うのだから、間違いない^^。素晴らしい温泉だった。参りました!


 さてその話の前に、
 2年前にmixi日記で《短期集中連載《「ねぶた」考  Mのために》という文章を書いたことがある。
 どうやら、南方熊楠を気どっていたふしがある。曼荼羅図式の例の「ねぶた」についての考察だった。全11章に及ぶ。中には“「ねぶた」とグレン・グールド”という章もあった。我ながら、凄い!!な~んてね^^。


 自分の文章なので、断りなく全文引用する。 それをちょこっと、読んでいただきたい。
 ジャーン、始まり始まり。。。

 以前、フランス・ノルマンディー地方のことを調べていたら、欧州最大のリゾート地である地中海沿岸地方に先だって、ノルマンディーが“海水浴”発祥の地であることを知った。

 そもそも“海水浴”はレジャーでなく病気の治療手段・一種の医療行為として生まれたものであり、それに適した“いい海”の条件にかなった所に病んだ人々が逗留し、そこで転地療養したことから始まったのだ。

 似たような話になるが、日本の“温泉”にも意外な秘密が隠されている。

 飛鳥時代は抜きにして、奈良から平安・鎌倉に至る時代までに、有名な「温泉場」は僧侶たちによって開発されている。
 なぜなら温泉(湯治)は、仏教の布教にかかせないものだったからだ。


 〔さて、ここからターナー先生の(低次元な)日本文化史論が始まるわけで・・・・・・〕

 聖徳太子にまで話をさかのぼればそのことが良く分かる。
 学校、病院、孤児院の原型となる施設が、仏教寺院の付属施設として聖徳太子によって整備された。
 それを受けて、仏教的慈善思想が「施浴」=「お風呂」の形をなしたのは、722年、光明皇后の「温室」の設立のときだろう。彼女はこの年、興福寺に悲田院(孤児院)、施薬院(病院)と共にこの公衆浴場として位置付けされる「温室」を建設したのだった。Photo 
 〔そこで思い出していただきたい。つい近年まで、寺院と銭湯の建物がよく似ていたことを。映画的に語ればまさに『千と千尋の神隠し』のあのイメージだ。〕

 あらかたの日本人は「お風呂」で仏教の精神を学ぶとはなしに身を以て学んできた。
 ゆったりと全身をつけてきたのだった。
 入湯していて「極楽、極楽」と湯手拭で頬を撫でてしまうのは、僕らのDNAにお風呂の
愉しみが染みついているからなのだ(冗談・冗談)。

 有名な温泉の由来をたどるとき、そこにお坊さんの名前が見出せるのはそうした事情がある。
 僧侶たちは競うように日本全国を歩き、布教・寺の建立とカップルにして温泉を開発していたのだった。他の宗教ではあまり例のないことだろう。布教によって人民の心を癒し、身体の病を治すには温泉が一番と分かっていたからだ。もちろん温泉場は僧侶たち自らの修行と保養、湯治の拠り所でもあった。

 弘法大師(空海)が「発見」したとされている温泉を見ただけでも、この関東近辺では法師温泉(群馬)、湯村温泉(山梨)、修善寺温泉(静岡)、塩原温泉(栃木)と枚挙にいとまがない。

 そして関東から少し離れて能登半島に眼をやれば、“ねぶた温泉(石川)”がある。

 “ねぶた温泉”、その名前からすれば当然青森にあっていいのに、なぜか能登半島にある。奥能登・外浦。輪島市の東端にこの奇妙な名前の温泉場があるのだ。Photo_4 

 輪島と言えば、輪島塗りと朝市。そして「千枚田」。「千」という数詞はほかの外国語でもそうだが、「たくさんの」「八百万(やおよろず)の」「無数の」という意味もある。

 日本海へなだれ込むような急斜面に、不定形な畔で区切られた小さな水田が無数に集まっている。この規則性の全くない幾何学模様の田圃は「千枚」ならず実際は「二千枚」を数えるという。日本独自の文化的自然美だろう。さながら、ポルトガル北部・ドウロ河沿 いの山の斜面に段々につくられた葡萄畑を想わせる。 この葡萄の棚畑のほうは世界遺産として登録されている。

 実はこの“ねぷた温泉”は青森の「ねぶた」には全くもって関係がない。
 〔な~んだ。反則技じゃねぇか〕
 〔昔、たまたまある縁で、当地を訪れたことがあり、面白い名前だなぁと笑ってしまったことに「由来」するのだ。いいじゃない、こういう話題も〕

 その昔、弘法大師がこの奥能登の地を訪れたとき、一匹の傷ついたブタ(イノシシ)がここの湯だまりに寝ころんで傷を癒している姿を見てこの湯の効能を察し、温泉場として開発したのがその由来だという。
 「寝ているブタ」で「寝豚」、つまりは「ねぶた」という、ヒネリも無ければシャレにもなっていない、弘法大師らしからぬ安直な名付けかた。
 まぁ「ねぶた祭り」にしても、どうしてブタの山車が出てこないのか訝しがるお馬鹿な若者たちもいるわけで、ギャグの低レベルなことはドッコイ・ドッコイだろう。現代風に云うなら、「トンネル温泉」とでもなるか。もっとレベルが低いなぁ。

 ちなみにここの泉質は天然アルカリ性の単純温泉で、しかもアルカリの度合が少し高く、浸かっていると事のほか肌がすべすべしてくる。サラサラ感触の美肌の湯。ということで、女性に人気が高い温泉として知られている。効能はそもそものイノシシの例ではないが、外傷・皮膚炎によく効くそうだ。

Photo_2  この温泉場で一番の某旅館は建物の廊下・踊り場のすべてに至るまで板の代わりに畳敷きで、どこを歩いても足裏のイ草の感触がなんとも気持ちがいい。どこの宿が元祖なのか、エレベーター、お風呂の底まで畳敷きという宿を西伊豆だけで二軒知っている。日本全国ならどのくらいあるのか。

  ちなみに温泉は湯の含有主成分で分類され、この“ねぶた温泉”は「単純温泉」になる。正式には「アルカリ性単純温泉」。含まれている成分の種類を問わず、含有成分が1リットル中に1g以下の温泉をさす。つまりはまじリっ気ほとんどなしのサラサラの湯だ。
 これにシュワシュワ感が加わると、「単純炭酸泉」となる。 正式には「単純二酸化炭酸泉」。炭酸ガス成分が1リットルに1g以上含まれ、そのほかの成分が1g以下の温泉をさす。
 ほかに大項目で分類されるのは、「重炭酸土類塩泉」「重曹泉」「食塩泉」 「硫酸塩泉」 「鉄泉」「硫黄泉」 「酸性泉」「放射能泉」がある。最後のは「ラドン温泉」として知られている。 覚えておくと少しは役立つ温泉学の豆知識だ。


Photo_8  いきなり画像は休憩で立ち寄った麓の教会。こちらは北国の春たけなわ。
 けれど温泉場周辺は、スキー場がすぐ近くにあるわけで、雪はまだたっぷりあった。有料道路は積雪のためまだ開通していなかった(二日後に開通の予定だった)。

 
 裏(というか脇)磐梯・Nノ沢温泉にある『M・・・』というのが今回のお宿。全く無名の旅館だが、偶然にも一度、東京12チャネルの土曜19時~『いい旅・夢気分』で猪苗代湖~裏磐梯の旅のときに観たことがある。リポーターが芸能人の誰であったかは忘れてしまったが。Photo_6女優の二人連れ・・・だったような。
 「温泉フェチ・ジュニア」「温泉ガクト」としてはこの番組は毎週必見で、温泉人気トレンド・チェックには格好の番組だと思っている。このチェックを怠ると「フェチ」にも「学者」にもなれないもん。懸命、必死だ^^。

 今回の旅は、認知症の母親を連れての「湯治」という名目だった。
 春休みでもあるから我々家族がみんなで同行し、一緒に温泉に浸かって何かと介護サポートしてくれれば・・・と、むこう(父親)持ちの接待旅行だった。部屋の冷蔵庫を空にした酒代すら一切こちらでは払っていない。ゴメンね、父上様^^。
Photo_7  認知症の場合、「見当識障害」という症状が特徴的で、自分がいま・どこに居るのかがうまく把握できなくなる。徘徊はそれがゆえに始まる。ひとたび歩き出せば、いま・ここにはもう戻って来られなくなる。だから一人では大浴場には行けない。同伴同行者がいなければ。
 それがためにカミさんに一緒に行ってもらったはずなのに、(全く介護介助意識の欠落した・しかも温泉嫌い!の)カミさんは自分のために一度お風呂に入ったきりで、母親と一緒には結局入ってくれなかった。責めたくはないんだが、嗚呼、ぼくにはそういうことが平気で出来ること自体が信じられない。朝早起きして、お母さんお風呂に行きましょう^^っていうのが「普通」だと思うんだがねぇ・・・カミさんは7:30~8:30の朝食の時間にイヤイヤ布団から起きたにすぎない・・・・・・参ったねぇ! 息子としての立場は全くなかった。Photo_9

 早々と痴呆症状を示してしまった母親とは違って、高齢ながらいまだにぼくとの「哲学論議」が可能な頭脳明晰な父親は、カミさんのそうした人間性(?)を見越して、部屋を大浴場に一番近い所にとっていた。さすがに偉い!
 両親のここでの「湯治」は今回で8回目になるという。ぼくらは全く初めての宿だったけど。

 大浴場や露天風呂が付いていればほとんど入ることのない部屋付属の内風呂だって、写真のようにななとっても立派なもんだ。これだけの利用でも十分気持ちがいい。
 喜ばしいのか悲しいのか、こうした檜造りの内風呂や部屋付きの露天風呂がある宿をとるパターンが多くなってしまった。しかも土曜の夜が第一泊目となる。割高だ。この数年の「接待温泉旅行」はすべてこのパターン。実に心苦しい次第。

 父親たちにとっては那須の御用邸そばの「常宿」が回数としては一番多い。皇室御用達の自家製チーズ屋とパン屋が近くにあって、そこに行くのが楽しみの一つとなっている。
 福島・飯坂温泉の奥の院、穴原温泉の「常宿」がその次。この10年で20回位は行っているという。皇太子・雅子様が泊まった部屋をとるのが常で、料金は確かに高い。が、部屋自体、部屋付き露天風呂は広々としていて快適そのものだ。最近では部屋に100インチの巨大プラズマ・ディスプレイも置いてある。さすが“雅子様”の部屋だ。
 この宿は、かつてTV番組『料理の鉄人』で勝利した看板板長の懐石料理が素晴らしい。ひとつのアートを成している。
 しかしそれにしても、なんだか天皇家を追っかけて温泉に入っているみたい^^。
 仕方がない。わが家の生活・動きは、事実、かなりのところで天皇家とシンクロしていたのだから。変な家柄なんです、ウチは。昔っから(笑)。Photo_11

 話を戻して、この宿、この温泉の「湯質」には感動した。心から素晴らしいと思った。
 こんなに自分の身体/皮膚にフィットしたお湯はほとんど記憶にないほどだ。肌の、しっとりとしてスベスベしたこの“若返り感”は、あまたのほかの名湯で経験したことがなかった。

 清少納言が『枕草子』で言及している日本三名泉というのをご存知だろうか。
 もったいぶらずに書けば、有馬温泉(兵庫)、玉造温泉(島根)と、榊原温泉(三重)の三つ。榊原温泉は「七栗郷」とも呼ばれ、『枕草子』では“湯はななくりの湯、有馬の湯、玉造の湯”と謳われている。榊原温泉は、恋の病を癒す湯とも言われているのだが、一体どうしてそうなのかは「フェチ」でないので解説出来ない。Photo_4

 ついでながら、“日本三美人の湯”というのはどこだかご存知だろうか?
 川中温泉(群馬)、龍神温泉(和歌山)、湯の川温泉(島根)である。この三つに共通しているのは泉質が「弱アルカリ性」であること。
 どうしてか? ここから先は理系の「化学的知識」が必要であり、化学式で証明しなければならない領域に至る。
 「温泉好き」でぼくがとどまりたくない理由が分かるだろう、“温泉って本当に気持ち良いですねぇ”と微笑んで、タオルで顔を拭っているだけでは「お馬鹿」そのものである。
 なんで「弱アルカリ性」なのか? そしてさらに全国各地の「美人の湯」が「弱アルカリ性」オンリーでないという事実にも、ポーズだけでも驚いて欲しい。オーマイ・ガッド!
Photo_5  そこから、つまりはぼくの言う「温泉学」が始まる。「教授」の講義はそこから本格的に始まるのだ。
 黒板のほとんど全面が化学反応式で埋め尽くされる理系の講義になるだろう。
 「温泉学」は本来、地学であり化学である。もちろん生物学であり医学的領域の話でもある。例えば温泉地に出掛けて日に6回お湯に浸かったとすれば・・・それは温泉効能の逆効果、疲れて身体に悪い結果しか、もたらさない。ではどうすればいいのか? それを考えるのが「温泉学」なのだ。
 そして温泉を考えることは、れっきとした「観光学」の範疇でもある。かつての別府温泉の隆盛は、「観光」の視点からの戦略的マーケティングの勝利と言って過言ではない。
 立教大学に「観光学科」があることに、皆さん、少しは注目されたい。その卒業生として有名なのは・・・あの人だ(笑)。
 そしてさらに、ぼくとしては、すべての「温泉地」は文学を加味して語りたい。このブログのテーマを「温泉」に絞っても語り尽くせない諸々の話題がこのテーマに詰まっている。
Photo_6  映画をネタにして一年中ブログを書いている自信はある。ワインや日本酒もしかりだ(焼酎とウィスキーはダメ^^;)。香水でも・・・書けるだろう。フランス文学と哲学は時代別に語れよう。文学・・・温泉文学は一冊の本にしたいほど。そう、折を見て、温泉と文学について語ってみたい。mixi日記では、熊本・夏目漱石・温泉で、長いのを一本すでに書いている。

 ちなみに、今回のNノ沢温泉『M・・・』、ここの湯は、硫化水素含有酸性明ばん緑泉(57度)。
 胃腸病・リュウマチ・神経痛・皮ふ病・糖尿病・切創他万病に効果あり、とのこと。
 お湯もそうだが、食事も大変に気に入ったし、ぼくは文句無しに評価《星☆☆☆》を与えている。☆三つは全国でも10は無いデス。気になる方には、メールで詳細情報をお伝えしたい。お気軽に、どうぞ^^。

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