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2012年5月29日 (火)

  パリの街に魅せられた監督がそのパリへ宛てた熱烈なラブレターというべき作品!

  セーヌ河岸、オランジュリー美術館、ロダン美術館、ジヴェルニーのモネの庭、ヴェルサイユ宮殿、マキシム・ド・パリ……有数の名所を舞台にウディ・アレンが初めて全編パリ(及び近郊)で撮り上げた本作は、昨年のカンヌ国際映画祭のオープニングを飾り、熱狂的に迎えられる。その後、全米で公開されるや、アレン史上最大のヒットを記録し、本年度ゴールデン・グローブ賞の脚本賞を受賞。その勢いに乗ってアカデミー賞では、作品・監督・脚本・美術の主要4部門にノミネートされ、見事に脚本賞でのオスカー獲得を果たす。

そんな話題作が満を持して日本で公開されます!

2012年5月10日 (木)

草木に還るといふこと

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 ブログがちっとも更新できない。
 疲れ果ててウチに戻ると、ほんの一行すら書く気なく、泥のようになって眠り沈んでいる毎日。その繰り返しで、はや一ヶ月も経ってしまった。。。
 情けないが、しかしながら何とも仕方ない。これが現実のぼくの姿だ。

 頭の中にブログの話題がずっと山積み状態だ。

 一年前のあの大津波でさらわれた天心の六角堂再建の話。
 セザンヌとプロヴァンスの世界(美術展)の話。
 駆け込みで、終了前々日に出掛けて来たジャクソン・ポロック展のこと、及びポロックの映画(『ポロック 2人だけのアトリエ』)、本(『僕はジャクソン・ポロックじゃない。』)の話。

 もちろん、レディー・ガガ来日公演と、ちっとも決着がついていないキアロスタミ映画の話。これらがうず高く放置されたままだ。
 まるで大震災の瓦礫のように。

 喋りたいことは沢山ある。しかし何も書けていない。書けない。
 ただひたすら、先の連休中も一日の休みもなく働き続け、部屋に戻れば即・眠りこけているワタクシなのである、嗚呼、なんともはや!

 大震災後の宮澤賢治再評価!の話も、興味深いはずだ。詳しく講義したい!何故いま、宮澤賢治の文学・思想なのかと。
 しかしそれもまた、まったく叶わんこと!!

 俺に丸二日の休みをくれ、と叫びたい。
 一日目は18時間くらい眠っていたい。
 二日目は30時間くらいぶっ通し書き続けるだろうから。

  
 気力を振り絞って、随分と古い話題から少し始めてみる。

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 ウルトラマンの胸で点滅するカラータイマーは、あとどれくらいもつのか?
 
 
 ずっと以前、四月末、大型連休に突入する前の頃に、朝のNHKニュースをチラリチラリと眺めながら施設のローバーズの食事介助をやっていたら、世阿弥が創作してその存在こそは知られていながら一度たりとも上演されていなかった幻の能『阿古屋松(あこやのまつ)』が、東京・千駄ケ谷の国立能楽堂で初めて公的に演じられたことが、ドキュメンタリー番組風に詳しく報じられていた。

 確かにそれは大した出来事だった! なんと約580年ぶりの完全復曲なのだよ、明智くん。日本(古典藝能)史上の一大椿事である。

 世阿弥の自筆本は、現在11曲残っている(と言われている)。
 その中の『阿古屋松』など4曲が、観世宗家に伝わっている(という)。

 今回の上演に際しては、観世文庫が所蔵する自筆本(重要文化財)を基にして、第二十六世観世宗家・観世清和と東京大学教授・松岡心平が、一年以上かけて復曲作業を行って来た(完遂に至るプロセスについては連続講演でその都度語られてきた)らしいのだが、ついにその研究成果の全貌が、能舞台で一般に披露されたわけである。

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 “能楽の根本はレクイエム。鎮魂の祈りを込めたい”と観世清和は語っていた。

 東日本大震災から1年が経つ・・・・・・。
 3月11日、作品の舞台となった山形市の萬松寺(ばんしょうじ)の「阿古耶(あこや)の松」を観世清和が訪ねるシーン。
 大地震が発生した午後2時46分、寺の梵鐘が重たく・くぐもって響き渡る中、黙祷を捧げる清和の姿が映し出されていた。

 “現地の空気を吸い様々な想いがよぎった。復曲は震災前からの計画であり特に意図したわけではないが、今回の上演が「祈りの舞台になるのでは・・・と感じています”・・・
 ・・・と、清和は松の古木を仰ぎ見て、静かに語っていた。

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 『阿古屋松』は、応永34(1427)年、世阿弥64~65歳の作品とみられている。
 平安中期の歌人・藤原実方(さねかたか)が、「阿古耶(=屋)の松に木隠(こがく)れて 出づべき月の 出でやらぬ」と、歌に詠まれた名所であるこの松を訪ねて行くという、ま、非常に簡素・単純極まりない筋立てだ。

 光源氏のモデルとされる藤原実方中将(ワキ・森常好)。彼は一条天皇の命を受けて陸奥守として赴任する。そして、いまの山形市・千歳山にある「阿古耶(=屋)の松」を探し出そうとする。
 実方は山中で塩竃明神(しおがまみょうじん)の化身である木こりの老人(シテ・観世清和)と出逢う。彼の案内でたどり着いた阿古耶(=屋)松の下で、二人は一夜を過ごす。
 実方は歌枕として名高いこの松について、木こりに色々と尋ねる。やがて木こり=塩竃明神が正体を現し、松のめでたさを滔々と語り始め、舞を披露するのだった・・・・・・。

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  『阿古屋松』が580年ものあいだ、何故《封印》されていたかについては、そのあまりに!あまりの!地味な・非ドラマチックなテーマ性にある・・・と解釈できよう。

 たかが(と笑ってしまっていいのかどうか?)、人と松の精霊との出逢いの物語である。
  テーマは松=植物の精霊とのコミュニケーションであって、男女の恋愛でも恨みでも憎しみでもなく、別れの哀しさでもない。
 
 が、ここには世阿弥がついに到達した一つのエコロジックな思想が顕れている。

 人と松=草木の精霊との一体化。いな、人が草木に還るというか、この純粋自然のアニミズムの思想は、現代に生きるぼくたちに、様々な示唆を投げかけてくれる。

 つまりよきに拡大解釈すれば、一年前の東日本大震災がもたらした、これは自然と人間との、ある意味で決定的な“共存・一体化の哲学的命題”と解釈できるテーマなのである。

 このブログで、数回前に、“馬鹿で阿呆”なチンピラ・若造文学者/学者たちが《あの大震災は自分の創造的精神構造に何らの変化も危機意識ももたらしてはいない》というような(何とも偉そうな・不愉快な)発言に激怒しまくっていたぼくである。
 今だって、奴らを名指しで攻撃してもかまわないという心情にある。ぼくとしては絶対に奴らを許せない。決して許すもんか、馬鹿野郎。

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 二十六世宗家による今回の初演の舞台は、したがって、たまさかの偶然とはいわく言い難い。やはり、これはすぐれた藝術家の天賦の感性が、予測的に直観的にも意図した、上演だったのではないか、とぼくは感じている。
 世阿弥は、この大震災を機に観世清和に乗り移り、彼をして『阿古屋松』の初演に向けて突き動かしたのであろう。

 同じように宮澤賢治もまた、予知予測的に(=それは藝術の普遍性の証でもあるのだが)東北(グレン・グールド的には「北の」)人々に対して、病んだ・傷ついた魂を鎮める如き藝術的メッセージ(生きとし生きるための素朴な教訓)をぼくたちに残してくれたのだった。

 連休最終日に襲いかかってきた茨城・栃木での竜巻事件。
 すかさず「北」でボランティア活動を続けている人々が、大型クレーン車やダンプカーで乗りつけて来た。
 「被災地」ということではみな同じ。今回は、「風の大津波」。
 国が動く前に、ボランティア団体が肉体・重機労働を通して被災地を支援する、炊き出しを行う・・・なんとも有難いことでないか。

 藝術家なら・・・カッコつけて・うそぶいていないで、金でも力でも食いものの支援でもなくて、舞台=ステージ(=ドゥルーズ的には「千(あまた)の書割・プラトーの中」)で支援の熱い想いを劇的に表現して欲しい!
 藝=術 とは、舞台表現・現場主義にほかならない。大いなる舞台・現場アクションなのだ。そこの場でのパッションの表出でもあるのだから。

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 ドゥルーズは言い続けた、線となれ・決して点となるな、と。力動のラインが四方八方に、不規則に延びていく。飛び跳ねる。

 ジャクソン・ポロック。線の藝術。アクション/パッションの絵画世界!!

 世阿弥=観世清和は、かくして、鎮魂の祈りを、ぼくらにアクション藝術として表現してみせた。
 
 つまるところ世阿弥は、究極の選択の果てに、人も動物もみな、山川草木に還ることを、山川草木と一体であることを、作品として示そうとしたのではないだろうか?

 ここで中休み。

 テッペイチャンの曲を一曲お聴きいただこう。
 90年代からのワタクシの永遠の名曲。大・大好きな、カラオケに行けば必ず熱唱してしまう曲である。

 飛び続けろ!ロマンティックに。
 ドリッピング。ポーリング。ぶちまけろ。流しこめ。定住してはならない。点を作るな。根っこを生やすな。流れるような線であり続けること。常に流動的で、生成変化していること! 混沌としていること!

 自然のままに。生(き)のままに。動いてやまないこと。その運動と一体となること。
 浪漫飛行・・・・・・。 

http://www.youtube.com/watch?v=0W8dAf5CSLw&feature=related

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2012年4月17日 (火)

幻燈のような東京慕情 Ⅱ(一応・本番!)

 ♪でん出らりゅうば  
                ~出て来られるのだったら~

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      出てくるバッテン  
                ~出てくるけれど~

   でん出られんケン   
       ~出て来られないから~

   出てこんケン         
       ~出てこないけれど~

   こん来られんケン   
       ~行けないから~
   来られられんケン   
       ~来れないようだから~
   こん来ん ♪         
       ~行かないね~


   『とっとっと?』   ~(写真を)撮ってるの?~

   『とっとっとよ』  ~撮っているのよ!~

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 今日・本番の話題は、勿論、写真撮影のことだ。

 例の「『科学』の付録 二眼レフ・カメラ」で四月のあたまから“新東京の桜”を撮っていた。
 すでに四月も下旬、東京の桜は終わっている。ぐずぐずしてはいられない。
 玩具(トイ)カメラとはいえなかなかの傑作!^^が含まれているのだから、絵=被写体が時季外れになる前に、是非とも皆さんに眺めていただこうと思う。

 
 桜の名所は数あれど、やっぱり隅田川河畔・浅草側から見た桜とスカイ・ツリーの一枚!というのが今年の目玉だろう。
 現代建築物の中で東京スカイ・ツリーの美しさは際立っている。いつ、どこから眺めても、あのシルエットには惚れ惚れしてしまう。
 先日このスカイ・ツリーがいかにして生まれたかのドギュメンタリー番組がTV放映されていたが、あの丸パイプ一本が製造・監理・運搬・組み合わせ・接合されていくのに、どれだけの手間暇がかかっているかを知ることが出来てとても興味深かった。ますますこのスカイ・ツリーが好きになった。日本の職人的建築技術の素晴らしさに感動したものだ。

 
 この「二眼レフ・付録カメラ」の面白さは、何と言っても、実にレトロなアナログ感!だ。

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 真上から垂直にファインダーを覗いているだけで楽しい。その画面はまるで3D画像を見ているように不可思議に浮き立っている。前回は「なんとも奇妙な浮遊感がある」と表現した。ホントにそうなんだよ。この箱を覗くと、ぼくらの「まなざし」は一瞬にして浅草「花やしき」の乱歩的世界の中に滑り落ちてしまうのだ。摩訶不思議なシルエット・ロマンス。
 精度ばかりがどんどんと上がるいっぽうのデジタル・カメラにはまったく表現できない、ノスタルジックなまでの日常世界の側面が強調されて見えてくる。

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 ほとんどの写真は、いわゆる“ピンボケ”だ。「失敗」と見なされる類の出来だろう。だがしかし、よーく見つめてみれば、ボケボケのピンの甘い画像の中に、シャキッと一点オモチャらしからぬ精度で画面を引き締めている処があるのに気がつく。

 幻想の中の、神の明晰な理性のごとく。
 トットットヨーの撮る側の熱い想いが、そこに表出しているようだ。

 
 ・・・・・・・・・・・・ 

 土日も祭日もなく、仕事が忙しすぎて、丸一日の休日をつくることがままならない今の生活で、身体を休める以上に精神的“あそび”の余裕が全くなくなってしまった。
 ハンドルでもクラッチでも何でも、“あそび”の効用は重要だ。
 機能を示す目盛が例えば0から10、20まで刻まれているとして、0から下と10、20から上の“あそび”領域がどう考慮されているかで、機械の優劣は決まってしまう。ぼくはそう思っている。
 何度も使っている「精度」という言葉にしても、必ずしもその高さこそが重要だとはぼくには思えない。

 デジタルには「間」がない。「隙間」というか、「無駄と思える余白」、「中途半端な甘さ」、「あそび」が。。。「あそび」は「余裕」であり、「ゆとり」であり、「力と味の素」なのだ。

 今、ぼくのブログは、月イチのペースに甘んじて落ちついてしまう・・・のかも知れない。
 精神的“あそび”が無さすぎて、文章が書けなくなってしまっている。。。情けない。



 60に極めて近い50数回目の誕生日の夜。

 夕方から自宅にいるが、家人は誰も戻って来ていない。形式だけでも直接的に祝ってくれる者など、誰もいないのだ。孤独死していても家族が発見するのは、そうさねぇ、一週間後ってとこかしらん。朝でも晩でも、(複数いるはずの)家人と顔を合わせることなどほとんどない。

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 先日亡くなった、どこかの大酒飲み芸能人とおんなじで、20代から毎日欠かさず最低でもワイン一本はきっちり空ける!ことを日課としてきたぼくの“酔いどれランボー親爺”生活だが、ここまで長く続いてしまうとは!微塵も想っていなかった。

 おそらく人の十倍以上、いやもっと、ありとあらゆる酒を飲んだくれながらかろうじて超高血圧のこの身体を維持しているぼくのこと、肝臓を壊してあるいは癌になり、長くてせいぜい50で人生にピリオドを打つと踏んでいたのだが、なんのなんの南野陽子、もはや還暦は目前! レディ・ガガだの西内まりやだのと言っている年齢でないんだが・・・・・・俺はカトチャン系瘋癲老人風の生き方が似合っているのか、。95だか97だかで亡くなった必殺遊び人のクソジイサンにとっても似てきた・・・と我ながら思う。
   しかしあの人は複数の若い愛人たちを80代まで外に囲い、彼女たちの飽くなき性欲を満たして至福の日々を送っていたのだから、ぼくなんかよりも断然偉いし凄い!凄すぎる。
   その点だけは尊敬するし、クソジイサンとのお濃い血の繋がりを誇りにさえ思っているのだ。

 【話の途中だが、左の黒いのは何?と、早速問い合わせが入ってきた。
  犬のぬいぐるみデス、ペンケースであります。名前を、我が家のミニチュア・ダックス雌犬ランに対抗して?「スー」と呼んでいます。スーちゃん!可愛い!! 
新東京・花めぐり散歩のお伴であります。】

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2012年3月31日 (土)

幻燈のような東京慕情 Ⅰ(予行演習)

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  この不思議な「浮遊感」をどのように上手に説明したらいいのか?
 じっくりとこの梅の花の写真を眺めていただきたい。

 出来栄えは二の次だ。
 (いや、正直、すべてが失敗作でしかないのだが・・・)

 問題なのはこの「浮遊感」だ。

 幻影・・・揺れる影・・・なんか(霊)「気」のような見えない存在が「間あいだ」に挟まっている感じがする。漂っているっつーか。

 幻燈のような風景。
 東京慕情・・・って副題を付してみたい。

 面白いよねぇ、全体的にはピンボケで、それでも何か懐かしいまでの空気感があって、ほんわかノスタルジックな雰囲気が、なんだか3D感覚で、浮き出ている。

 デジカメでも、一眼レフのカメラでも表現できない一種独自の“肌ざわり”が顕れているような感じがしないだろうか?



 いきなりシリーズのテーマから外れて、息抜き的に別の話をしたい。
 体調が悪いこともあって、正攻法でテーマに取り組むことができないのだ。勘弁して欲しい。

 先日、雨の中、湯島天神に出掛けて撮影して来た。
 この日は、湯島に行く前にまず雨の神楽坂で撮影を始めた。

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 夜勤のあいだの、明け方までの数時間を使って、《35mm 二眼レフカメラ》というのを製作してみた。先日の《アンプ+スピーカー内蔵 ミニエレキ》の続き。『大人の科学』(学研)の付録の組み立て作業。

 途中、シャッターレバー軸に取り付ける極小5mmにも満たないバネを床に飛ばしてしまい、30分以上も床板に這いつくばって、大汗垂らしながら必死に探しまくった。それが見つからないとカメラは完成しない。けれどどうしても見つからない。45分経過。畜生め諦めるか・・・2500円の無駄遣いだった・・・と、天井を見上げて溜め息をついたとき、介護エプロンの前ポケットに突っ込んだ左手の指先が、何か小さなゴミのようなものに触れたのを感じた。バネだった。

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 そんな小事件を経て、明け方、ローバーズが目覚めて徘徊を始める前の時間に、カメラが完成した。

 よ~し、外は雨降りでも、いまの季節 櫻にはちと早いと、帰り道筋でもある神楽坂に途中下車して、今ハマリまくってるエビ麺で軽く腹ごしらえをしてから、いつもの散歩コースをたどり、春雨に濡れる石畳の路地にひろがる東京下町風情の撮影会と洒落込んだのだった。

 ※  エビ麺 :   この冬~春、突如として神楽坂の新名物になってしまったターナー先生のお気に入り^^。先生はいわゆる大海老系でなく、エビと言ったら小海老・櫻エビ!がガキの頃からの大の好物。櫻エビ・白エビファンには堪らない、最高!評価・大絶賛のワンコイン(500円)麺。

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 俺に騙されたと思って行ってみぃ(笑)。ターナーの騙しなら我慢も納得もできるってもんだろう。へへへ。濃厚なエビスープ・・・香ばしくちょbit辛い・・・スープに浮かぶエビの佃煮風練りもの。ちぢれ細麺の量は少な目(ダブル!と頼めば600円)。具の野菜は長ネギと黄色パプリカと人参だけ。。。思わず肩をすくめて微笑みがこぼれちゃう美味さだね。クククッ・・・まいったタヌキは。。。口福の紅いエビちゃん!

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 神楽坂を撮る、と言ったら、もうあの路地っきゃない。
 通俗的でありすぎるにしても、もうここっきゃないのだ。「和可菜」のある路地の風景。

 いまでは東京に一つとなってしまったホン書き旅館。
 ホン書き・・・とは、映画やテレビドラマの脚本家たち、作家たちが作品(ホン)を生み出すために長期的に逗留して創作活動する・・・ための旅館、それが「和可菜」だ。
 山田洋次は、「寅さん」シリーズのホンをここで書いた。『武士の一分』もそうだった。

 いっぱしの文士なら、「山の上ホテル」もいいが、ここ「和可菜」に籠って執筆することを夢見るものだ。
 もう一箇所、神楽坂には『アグネスホテル』という素敵な(ホン書き)ホテルがあって、ホテル棟とは別に長期滞在用のアパートメント棟が付属している。
 ぼくの夢はここだね。
 東京での仕事場は絶対ここにしたいな。自宅は書庫でしかないから。

 生活資金のための余計な仕事を一切せずに、三か月籠りっ切りでパソコンに向かわせてくれれば、つまりは100万円とホテル代を誰か奇特な方が出してくれれば(爆)、ターナー先生は日本文学史に残る傑作を書き上げてみせるのだがなぁ・・・・・・。

 とにかく、自分が作った世界に一台のカメラってのがいいよな。

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 オモチャと笑うことなかれ若人よ!!

  全部機械がやってくれちゃうデジタルカメラなんか糞喰らえだ。そこには自分のオリジナリティーなんて何もない。何ひとつ発揮できない(と思える)。
 上から覗きこみ、左右反対に見えるファインダー。低い位置ぎめでゆっくりシャッターを切る快感。

 なんだか小津安二郎の映画の世界に迷い込んだような映像感覚。

 そうだ、今回番外編とはいえ、ぼくはそのことが言いたかったのかも知れない。

 アッバス・キアロスタミ監督は、小津安二郎の信奉者だ。小津映画のイラン版を撮り続けていると言える。

 
 東京では、ようやく櫻の開花宣言が出された。
 櫻はぼくが一番好きな、いや二番目かな、大好きな花だ。満開の櫻の花の下で自分が生まれたことにもよる。
 この雑誌の付録のトイカメラ『35mm  二眼レフカメラ』を手にして、隅田川に出掛けて行ってみたい。満開の櫻並木。東京スカイツリー。いやはや超通俗の東京下町風景を、ぼくなりの目線でフィルムに定着させるとどうなるか!?

 予行演習は一応済んだとして、次回、本番!といってみたい。

 

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2012年3月23日 (金)

どうしてキアロが好きになって・・・②

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  ゴメンゴメン。
 いま、長い文章というものがまったく書けない状況=生活環境にある。

  三ヶ所の職場と自分の部屋=ベッド(*ウチ=家庭ではナイ^^;)を往復するだけで精一杯の毎日なのだ。
 相変わらず休みは一日たりとも無く、信じちゃくれないだろうが、パソコンの前に座って一息ついていることすらままならないそんな日々の連続なのである。

  そんな折、デイの看護師さんからご利用者さんたちの後で血圧測定を強要された。あまりに様子がおかしかったのだろう、結果は220-145 ! 上は高すぎて何度か「E(エラー)」表示の末、こんな数値に落ちついた。いや、もっと高かったかも。
 今ここで救急車騒ぎになっていてもおかしくない!と看護師さんは呆れて絶句した。下だって異常に高すぎるわよ!と、彼女は驚愕を通り越して怒りの表情露わだった。即刻、入院!さもなくばすぐにタクシーで帰宅して、ともかく家で静かに寝てて頂戴!!、と。。。

 その日ぼくは彼女の言うことをまったく聞かず夕方までデイで働いて、それから練馬の施設での夜勤のために、電車に飛び乗ったのだった。。。

 そんな毎日なんで、今回もお許しいただきたい。手抜きします。完全に手抜きデス。
 ゴメンナサイ・ゴメンナサイ。頭グラグラで、書けているのは・・・ほとんど気力だけ。

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 てなわけで、レディ・ガガの来日公演が迫っているというのに、前に予告している彼女についての論文執筆にはほど遠い生活環境の中で生きており、わずか数名の塾生のために、何とか今夜中に一本書いてみたい。

 しかも春うららの昨日今日。櫻の花のかたい蕾も一気に膨らみ加減で、こうなると仕事の一環と詭弁を弄して、隅田川の花見にだらしなく雪崩れ込みそうな自分がとっても恐い。
 嗚呼、なんとも自堕落親爺になり下がったものだ!
 

 そうこうしているうちに、突然、吉本隆明が死んじまった。(伊豆での溺死寸前救出事件以来、ず~っと調子が悪かったことは薄々知っていたが・・・)

 折も折、ぼくの体調も絶不調で(・・・しかしかろうじてぼくの身体の元気をサポートしているのは読者のお一人からダースでドンと頂戴したアサイ飲料で【高額なのにスンマセン。深く深く感謝してます。ペコリ!】、このジュースを飲んでいる限り、ぼくの精神は30代後半の若さで常に固く勃起している!だから血圧200超でも生きているのだ!)、・・・吉本隆明の訃報は相当にショックだった。

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 ぼくは、辻(邦生)さんや福永(武彦)さんに大学で教えを乞い、直接的に息子のように可愛がられ(?)、文学・哲学・藝術学のご指導をいただいていた者である。
 (不肖の)「弟子」の自覚すらおこがしくも抱きつつ生き延びている文学崩れの不良親爺だが、学生時代に最も影響を受けていたのはこのお二人ではなく、また大先輩にあたる三島(由紀夫)さんでもなく、ほかならぬ 吉本隆明 だった。・・・と公言しておこう。

 だってだって、吉本隆明は(生まれは月島でも、活躍の舞台・自宅は)千駄木の人で、ぼくは永らく谷中の住人だったのだよ、明智くん。 

 繰り返すまでもなく、パリ大学での指導教授は、かのジル・ドゥルーズ教授だった。
 教授の著書には魂が揺すり動かされた。
 だから、海を渡ってまで直接的に指導を受けようとして留学したわけだ。
 けれどもドゥルーズ先生のどの書物よりも、吉本隆明の本には、高校時代からすっかり感化されていて、エリカさんが前回のコメントで書いているように、吉本命!で、ひたすら吉本を読み続けていた。吉本さんの本は、主要なものはすべて、百遍以上読み返している。

 ドゥルーズ教授のものは・・・と言えば、かつて自分が(河出書房新社の)日本語翻訳チームの一員だったにもかかわらず、主要著作物でも十数回、サバ読んで多めに言ったとしても20回程度の原書の読み直し作業だったと思う。。。(ゴメン!)←一体誰に対して???

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 吉本著作物なら、平気で、百遍以上は読み返したと豪語できる。この自信は我ながら大したものだ。
 俺以上に吉本を読み込んでいる男はいないんじゃないか!、とさえ胸を張りたい気持ちになれる(爆)。

 ・・・つまりなんだね、嘘も隠し立ても何も無い、吉本隆明は10代~20代のぼくにとって、(一神教における)生き神様だったのである。

 そんな話をし始めると収拾がつかなくなりそうだ。今はよそう。よしておかねば話が前に進まない。
【・・・しかしなんだね、どうして吉本隆明とジル・ドゥルーズとレディ・ガガが同じ土俵に上がっちゃうんだろ、ぼくの超高圧血流が爆発しかかっている頭の中で!! マイッタタヌキは真っ赤に血走った眼圧ビリビリ高いメデワカル。それにしても、レディ・ガガの眼力はすさまじいなぁ。魅力的すぎる!】

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2012年3月 4日 (日)

どうしてキアロが好きになって・・・①

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  3月11日に向けての、音楽の祈り・・・・・・。

 3月の第1日曜日に行われる、某国家試験の2次試験(実技)が終わったら、このブログを再開しようとノホホンと構えていた。

  ・・・・・・と、すでに冒頭の一文は書き出していて、
 その間に、先月末あたりに執筆催促メールがジャンジャン入っていることにも、数行触れていた。

 結局、きょう、試験当日になってしまい、「想定外」のアクシデントまで生じてしまったのだから、人生って面白い。
 いや、運命ってのは非情なものだ。つくづくそう思った。

 いま眼鏡屋の帰りである。

 今朝、試験会場に向かう途中で、眼鏡のフレームが壊れてしまったのだ。
 フレームだけで5, 6万した有名ブランド・Gのカッチョイイ眼鏡が壊れたのが昨年11月のこと。顔が悪い分 人とは違ったお洒落な眼鏡をかけて、韓流某スターのように眼鏡で自己アピールしていたのである。・・・嘘だよ。
 そのGの眼鏡フレーム、部品の交換だけで2万かかると言われて、アンジェラ・アキ似の眼鏡美人の店員を馬鹿野郎!と一喝した。そんな余裕俺にあるわけない、とね(笑)。

 今回、よりにもよって本日の実技試験のときに、ぼくは“神の眼”を失ってしまったのだった。
 まるで座頭の市っつぁん。

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 実技試験っつーのは、ワザが試されるわけで、ターナー先生の神技は天下一品、試験委員(官)の誰よりもうまいという下馬評でもちきりだったわけだが(これも嘘っぽいか^^;)、ド近眼のワタクシ、眼鏡なしでは刀を奪われた宮本武蔵か沖田総司でありました。情けない。

 だって、駅から会場受付にたどりつくまでで疲労困憊だったもんね。Uターンして帰りたかったよ。試験会場となった某女子大の新キャンパス(うちの麻里ちゃんの出身校)、在学生・卒業生は当然知ってるだろうが丘陵地帯に建てられたお洒落でモダンな建物群は、どこそこの神社仏閣sとコンセプトが同じで、延々と石段が上へ上へとのびている。しかも真っ直ぐに。写真の4、5倍くらいの長さかな、登る信者?にしてみりゃ、息もタエダエ。ヒアルロン酸を膝に注入したスーパー三國連太郎か八千草薫にでもならない限り、とてものぼりつめられない。
 (一部の方々は知っておいでだが)最近転倒事故で膝と手首をやっちゃってるぼくには、金毘羅さまの石段と思えたほど、非常につらいものがあった。。。

  しかも今朝のぼくは、足元の一段一段が、ほとんど見えないんだから、もう・・・・・・。
 

 なんだか言い訳してるみたいだが、全然そんなことはない。
 学科トップ合格のターナー先生にしてみれば、今回の実技問題など余裕のヨッチャンで、超簡単なものだった。今年は異常に易しいんじゃないか?  はっきり言って、一夜漬けでもほぼ満点はとれたはず。実技も過去最低のレベルの低さだと、マイッタタヌキハメデワカル狸親爺が、太鼓判を押す内容だ。変なの。マジ、眼鏡事件が無ければ、超満点合格だったろう。でもこれは自慢でも何でもなくて、逆に、問題だ!!と言いたい。こんなに勉強しないで取得できちゃう国家資格ってナニ!? 価値ないじゃん!? って。これ以上は、言わないことにしよう。 

 
 それより何より、(ほんの一部の方々しか知らなかったはずの)まったく新しい介護コンセプトによるデイサービス施設の立ち上げが、その開所日が、3月1日だったってこと、試験の話なんてドーデモイイので、ここに書いときます。
 ターナー先生プロデュースによる新しいデイサービス施設です。このプロジェクトがあるんで、年末年始から忙殺されてたんですよ。受験なんて、そんなのほとんどカンケーない。


 日本全国の、9割9分9厘のデイサのービス施設は、残念ながら(!?)「保育園」「幼稚園」とほとんど一緒。ズバリ、そう断言しておきたい。文句のある施設長は俺に直接言って来いやぁ!!(と、柄にもなくヤクザ口調で^^;) 

  人は老いて天使に還る・・・なんて楽天的なエンジェル論者になっちゃ、実は困るんだよね、介護のプロの仕事師としてはね。

 この4月から介護保険制度に厳しい見直しが入る。各施設、特にデイサービスはチィチィパッパと甘い甘い介護=(高齢者)保育をやっているだけでは済まされなくなる。

 しかしこそこに勤めているヘルパーたちは、彼女たち自身は何ら意識革命をする気もないから(そうしていることが楽チンだから)、従来通りのベタ甘の保育=介護を継続していくだけだ。
 今までは、高齢者を「幼児」と同じととらえ、「幼児」が親無しで過ごす日中の大半を何事も事故なく集団生活としてゆったり過ごせることを主眼にして、デイサービス施設が運営されてきたが、4月からはそんな甘いもんやおまへん、そういう時代どすぇぇ。

 高齢者たちは幼児たちへと円環的に先祖がえりしていくものだ・・・・・・と、そんな考えは根本的にあきまへん、甘過ぎます、だれか有識者が書いたり言ったりしていても、騙されちゃいけない。単純な円環・・・そんなことはない。螺旋状に、間違いなく進行して、確実に崩れているのが老化であり認知症状の現れですから。

 そこでぼくらは、従来型のデイサービス施設の考え方を白紙に戻し、
 ある意味、無視することで、
 まったくコンセプトの違う“大人・高齢者のためのデイサービス施設”をプロデュースしてみようと思ったのだった。
 目指すは“成熟した大人”の介護施設である。
 決して「保育園」「幼稚園」然とした幼稚な保育=介護施設ではない。

 例えば、童謡を無邪気にノーテンキに唄うなんてことは決してしない。
 幼児学習的チィチィパッパ行為・活動は一切ナシなのだから。

 『春の小川』が、代々木~明治神宮の脇のあたりの野原を流れていた「こうぼね川」から今のNHK放送センターのあたりを流れる「宇田川」と合流し、渋谷の昼なお暗き深い渓谷にむかって流れていたという昔話は、多分ぼくらの「大人のデイ」ではするかも知れない。

 あるネット記事から ;   宇田川や河骨(こうぼね)川は、かつては水車が回るのどかな小川で、文部省唱歌(四年)「春の小川」(高野辰之作詞 林柳波改詞 岡野貞一作曲 ) に出てくる光景そのものだったようです。
  しかし、戦後の高度経済成長時代には家庭排水の流されるドブ川となり、東京オリンピッ ク(1954年)前後にかけて、細流部分はマンホールに、川幅の太い部分は「フタ」をした「暗渠(あんきょ)」となり、その上を道路や遊歩道に しました。
  マンホールや暗渠となった宇田川は、その流路をそのまま東京都の下水道の一部として使用され、現在でも雨水等を集め、地底を密かに流れています。
  高野辰之氏が、イメージを膨らませたと言われる河骨(こうほね)川のほとりには記念碑(渋谷区代々木5-65の内)がありますが、小田急線の真横に位置し、残念ながら、昔を偲ぶ面影はありません。


 シャボン玉飛んだ♪のあの歌が、水子供養と間引き問題と、どう関係していたかなんて解説することは普通のデイがすることではなかった。
 コガネムシがどうして茨城北部の金持ちの歌なのか?、それが実はゴキブリであったことなどを語って聞かせるのは、ぼくらのデイならではのことである。

 ぼくらはあくまで“大人の童謡”を音楽療法の一環として唄い、ぼくはそこを基軸しっかり表層文化学的にそれを解析して分かりやすく噛み砕いて語りたい。

 身体のリハビリ運動はもちろんのこと、音楽介護という新しいポイントが加わっている。
 ぼくらの新しいデイサービスにはDAMのネットカラオケ・システムが導入されている。
 カラオケには音楽著作権が付きもので、商売としてカラオケ機器を使うとなると一曲あたりで上納金がシビアに課金される仕組みだが、介護福祉で歌うとなると免税になる。
 ちゃっかり山のタヌキさん、これを見逃す手はない・わけがない(笑)。

 だから、金子由香利のシャンソンを、秋元順子の大人の歌謡曲を、ぼくらは本格的カラオケ機器・システムで熱唱するのだ。
  ●http://www.youtube.com/watch?v=rsDZQwXnacI&feature=related

     ●http://www.youtube.com/watch?v=6uVdR2QzJa0&feature=fvwrel
  
   
 当然プロの歌姫がからむ。プロの指導で、正しい声楽の理論と発声法で、シャンソンを歌謡曲を童謡・小学唱歌を歌うことになるのである。
 


 つまり、受験勉強なんてカムフラージュ、ぼくはちっとも遊んでなんかいなかった。
 年末年始からずっとずっと、土日もなく無休で、働きっぱなしだったのだ。
 先日の転倒事故では、両手両膝、湿布包帯ギリギリ巻きの姿(なんとも哀れな姿だなぁ・・・)、でもそれでも仕事場をアッチャコッチャして、働きづめだった。ウチに帰ってくればパタンQの毎日。就寝は22時。起床は決まって5時過ぎだった。

 それでいて、まったく面識のない・今のところ他人の関係でしかない某建築家HK氏のブログに視線が止まった。
 なんの理由で彼の記事に出会ったのか、たまたまの偶然ではないだろう、運命の神様の悪戯なのだろうか、彼のプロフィールの一部をそのままの文章で紹介しておきたい。
 
 “(・・・・・・)好きな音楽 中世・ルネサンス音楽からモンテヴェルディ、ハイドン、モーツァルト、シューベルト、ヴェルディ、ラヴェルなど。 特にオペラ等声楽系が多いがチェロ、クラリネットも好き。 好きな美術 中世・ルネサンス美術から現代まで。特にピエロ・デラ・フランチェスカやティエポロなど。 好きな映画フランス、イタリア等ヨーロッパものが特に好き。ナンニ・モレッティ、テオ・アンゲロプロス、キアロスタミなど。 好きな執筆家 堀江敏幸、須賀敦子、村上春樹、辻邦生、北杜夫、トマス・マンなど。(・・・・・・)”

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 ターナー・ファンの皆様、面白いでしょ? 
 あれぇまるで先生の分身みたい!っておそらく言うんじゃない??  
 読者のお一人Y氏だってそうなんだよ。神楽坂で逢ってみたら・・・なんだ俺じゃないか!って驚いた。酒を飲んでても隣に自分が座っているみたいでちょっと気持ち悪かった。
 まるで現在の「東方神起」の二人みたいだって、いいこと言うねぇアリスのごとくアリガトー! ドラミさんに座布団1枚やってくれ!!

 ところで話のついでで申し訳ない。
 この前、お笑い物真似歌番組を夜勤のリビングでローバーズと観ていたら、この旧「東方神起」の5人組のそっくりさんが出て来て、ぼくの大好きなこの曲を歌った。いまとなれば再結成は夢の出来事でしょう。物真似だから果たせたわけで。それでもぼくは感動の涙を流してしまったのでありますダ。

 嫌いな人でも、この際じっくり聴いていただきたい。いいですよ~いい曲ですよ~いい若者たちだよなぁ~。大好きだよ、(5人組の)「東方神起」!! だから正確に表現すれば、旧「東方神起」は、ぼくの大・大・大好きなグループだった。解散してしまって、心から残念だった。

 ●http://www.youtube.com/watch?v=1D_UQg2n7NY

 かれこれすでに1ヶ月。
 雪の日に聴いていたボッサ・ジャズ。
 ビル・エヴァンスに捧げるジャズ・ピアノの名曲の数々。イリアーヌの音楽は素敵すぎる。
 どなたかその後、CDショップで彼女のアルバムを探してみただろうか?  なに、ターナーさんがくれるの待ってたって? 前にも書いているように、ここのコメントではっきりと書かない人には決してあげないんだから。それが約束事なんだから。ぼくは決め事にうるさい。頑固に・執拗に・執念深くこだわる。“ならぬものはならぬのです”の母の教えだ。ダメと言ったらダメなんです。心の半分が反対を向いてても最初の姿勢に変わりない。一度決めたら意地でも撤回しないのがこのワタシ。

 イリアーヌのターナー・オリジナルCDは、冒頭の写真のように、無事編集制作が終わっている。忙しすぎて郵便局に行く時間がないのだよ、明智くん(笑)。

 CD制作が終わったのが、2月14日。バレンタインデー。今年は一大収穫の年で、大変な数の(義理)チョコが集まってしまった。職場が女の園なもんで・・・(微笑)。しかしコンビニ・チョコばかりにあらず、ジャン=ポール・エヴァンのバレンタインデー仕様愛の小箱まで揃っちゃったぜ。こいつは凄かったよ。お返しで万札が飛んでいってしまうわけだ。嬉しいやら憎らしいやら(ニガ笑)。

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 仕方がないので、お返しまで一ヶ月の空白期間のつなぎで、湿布をあてがった黄金の左手で折り紙創作して「お雛さまリース」を作って渡した。トイレにでもちょいと飾ると、春の雰囲気が華やかに咲き乱れるよ。

 写真うつりが相当に悪くて掲載するのがためらわれるけど、年に一度のせっかくの機会だ、思い切って見せてしまおう。

 リース制作の余力をかって、段飾り壁掛けも作ってしまったのだ。

 こちらは今回のデイサービスの開所祝いとして作ってみた豪華版。
 鎌倉時代に発し室町時代から綿々と伝統的に受け継がれてきた幕府御用達のこの小笠原礼法の、一般庶民には門外不出の秘技・小笠原流折型図にのっとって、ぼくが心をこめて折った一点モノだ。

 ご覧のように、人形配置は当然「京風」のしきたり通りである。

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 この段飾りは台に置くものでなく、壁に掛ける構造体であり、ひな祭りの日まで(ということは明日撤去か!?)、デイサービスの玄関先の壁に飾られている。

 4月までこのまま飾っていてもいいんじゃないか? みんな一度はお嫁に行き、もうこれから行くことはない女性たちなのだから、ナンチャッテ。

 意図的に、サイドの飾りには櫻の枝を用いているから、4月になっても別段おかしくないインテリア小物に仕上げては、いる。

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2012年2月11日 (土)

真冬の冷たい衝撃 ファドという月の光

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   “3.11以降、歌う意味を見つけられず心は糸の切れた風船のように無明の闇を漂っています”

 久しぶりの「彼女」からの便りの書き出しはこう始められていた。

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 すっかり御無沙汰している。誠に心苦しい次第だ。

 かつて、直接的出逢いのときから、ぼくは「彼女」に対して自己都合ばかりを押しつけてきたように想う。
 反省している。深くお詫びしたい。

 想えば「彼女」とお逢いするとき、かならず事件が起きていた。
 そのどの機会も、ある意味、ぼくにとっては人生の岐路のようなもので、右か左か何かの決断にいつも迫られていた。
 悲愴な想いすら胸に抱いていたこともある。

 当然ぼくは独りでなかった。
 必ず女性の連れがいて、“今回の方はどなた?”なんてそっと耳元で訊ねられるのが常だった。

 “ターナーちゃんとの関係を正しく把握しておいて、お話ししないとね”と、彼女はワイングラスを片手に、茶目っ気たっぷりな目配せを送ってくるのだった。

 連れの誰もが、本当に例外なく、一発で「彼女」のファンになってしまい、(初めて聴くにしても)“ファド”の虜になってしまう。
 これは奇跡のような出来事だった。
 「彼女」の歌声だけの問題ではない。美貌のためでもない。
 女の「力」だ。人となりの「魅力」だ。
 「彼女」はいつもオーラのような蒼白い光のヴェールに包まれていた。

 なんとも不可思議なお月さまの魔力!

 フランスならシャンソン、イタリアならカンツォーネ、そしてポルトガルならファド・・・その“ファド”の魅力!! 「彼女」はファド、ファドの魅惑は「彼女」そのものだったのである。

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 「彼女」との出逢いは一本のポルトガル映画だった。
 その「事件」については過去に何度も文章化しているから、ここでは繰り返すまでもないだろう。


 その出逢いのずっとずっと以前に、(いまは亡き伝説の、銀座のシャンソニエ『銀巴里』でデビューを夢見ていた)稀代のシャンソン好きのぼくは、シャンソンの街パリに居ながら同時に“ファド”に魅了されていたのだった。

 パリでバルバラの追っかけをしていたにもかかわらず、心の半分はポルトガル/リシュボア(リスボン)の石畳の坂道の路地裏に飛んでいた。

 ちょうどその頃、“ファド”の勉強のためにリシュボアの大学に留学していたのが、
「彼女」こと月田秀子さんだった。

 月田さんは、夜な夜な“ファド”酒場(Casa do Fado)に通いづめ、自分の身体(肌)とハートで“ファド”修行を続けていた。そして、“ファド”の女王(日本で言えば・・・美空ひばり)のアマリア・ロドリゲスの愛弟子となった。いや、こういう言い方は月田さんは多分好むまい。師弟関係ではない。アミティエ・・・親愛と敬愛の情・・・を交わす間柄・親友になったのだった。年齢も国籍も、なんらの隔たりの無い二人の女。“ファド”に命を捧げた二人の歌姫。。。

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 こんな日本人女性はほかにはいない。
 女王というよりも“ファド”の神様アマリア・ロドリゲスだ。

 ターナー先生が大好きな、日本人の女性の歌い手としては実力ナンバー1の、「ちあきなおみ」先生だってひれ伏す、決して膝元になぞ近づけ得ない神々しい存在、それがアマリアだった。
 そのアマリアに絶賛されたのが月田秀子だ。

 音楽はライヴ。生が一番。
 唯一の例外はグレン・グールドのピアノ演奏。。。と言い切っていいのか、ま、一応断言しておいて、とりわけ、月田秀子は生で聴かねばならない。そうかたくなに思い込んでいる。マイクを通した声でなく、生々しい「彼女」の歌声こそが“ファド”の魅力を現前化している。途切れてもしゃがれてもいい。声の粒はなにもなめらかで張りと艶があれば美しいのではない。

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 デビューのときから圧倒的な「美声」を誇っていたバルバラは、晩年(というか人気絶頂期のときに声が出なくなり)この「美声」の一般的定義=枷に死ぬほど苦しめられて、ついには・・・・・・という悲劇が待っていた。

  唄を忘れたカナリアではない。
 今後の「認知症」高齢者の急増を想うと、確かに忘れるケースが多発してくるだろう。
 しかしその手前で、多くの“唄うことができなくなってしまった歌手たち”が出現してくることだろう。老化は無残にも声を奪い取っていく。本人のアイデンティティーたる声=私の意識を軽々と消し去ってしまう。
 老いは惜しみなく声=愛を奪う・・・・・・これは人生の真理なのだろうか?

 月田さんからの久々のお便りは、とても悲しいものだった。
 その前に、中野で熱燗をグビグビ飲んでいて、お替り自由なキャベツの山盛りサラダ(キャベツ自体とドレッシングが美味い!)¥280に感動していたターナーは、パソコンを前にして、すっかり酔いが醒めていた。

 気を取り直してDVDを再生した。

 同封されていた月田さんお手製のDVDである。
 有難うございました。お手数をおかけしまして。感謝しております。

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 昨年11月30日に放送された、NHK・Radio Japan, Radio Japan Focus『ありがとう...アマリア ~ファドの魂を歌い継ぐ日本人歌手~』 の音声に写真映像をつけたオリジナル盤。
 【収録画像はこのブログでトリミング・色調調整して使わせていただいております。ターナー的!返歌(ファド)として】

 全編英語の放送だったが、完璧に聴き取れた。涙がとめどなく流れてきた。

 お便りの最後で、月田さんはこう書かれている。
 “「人の悲しみに寄り添い、明日への祈りを歌う」のがファドということを信じて、歌っていこうと思っています。
 どうか、これからも月田を見守り続けてくださいますようお願いいたします。”

 そう、ぼくはずっと見守り続けますからね、月田さん。
 約束します。
 ぼくは人生の幾たびかの岐路で、月田さんとお逢いして、そのたびごとに元気をいただきました。月田さんとの対話で。ファドの歌声で。
 これからもずっと、月田さんを愛し続けます。ファドも、ね。

 月田さん、頑張ってください!!  
 四月になったら、月田さんに逢いに四谷に行ってみますから。それまで、お元気で。

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  以上、今回は《緊急寄稿》の記事でした。

  

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2012年2月 3日 (金)

大雪ぼっさ、ジャズ・ボッサ!

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   歴史的な大雪に覆われている日本(・・・東京は除く)。
 太郎、次郎、そこいらのウチの屋根に、雪降り積もりもいいとこダ。
 日本海側では、各地、雪害がひどい。表層雪崩なんて専門用語も飛び交っている。
 それを茶化すような表現で心苦しいが、この真冬の大雪のときに聴いて、体が熱く火照ってくるのが「ボッサ・ジャズ」だ。
 精神までカッカ(田中的!には閣下?か)燃えてくるのを感じてしまう。
 ボッサ・ジャズといったら、イリアーヌ!!

   まずは一曲、『哀しみのサンバ』を聴いていただきたい。
 以前一度見ていただいている雪のNYの映像からこのPVは始まる。
 今回の話は再び、いや、三度目か、イリアーヌ・イリアスのこと。
 ●http://www.youtube.com/watch?v=mxGqeTBtbgQ&feature=related

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 お約束の、イリアーヌのThe Very Best なCD編集の作業中です。
 かなりいいのが出来そう。手もとの9枚を聴き直していているだけで涙が出てくる。

 そんな話は、いきなり、ひとまず、オイトイテ。

 ボッサ・ジャズ(普通は、今回の標題「ジャズ・ボッサ」とは言わない。これは単に音の問題^^)のリズムに乗せて、もう一つ浮上してきた新たなテーマが「どら焼き」だ。

 ターナー氏がついに和菓子談を始める?? そうなんだ、俄然「どら焼き」に“萌え~っ!”てしまったのでアール(R/Art)。「どら焼き」芸術論ないし美学論なのだ。

 東京で「どら焼き」と言ったら、むかしっから、上野(広小路)「うさぎや」に決まっている。
 誰がどう講釈を垂れようとも、東京の「どら焼き」ベスト1は、「うさぎや」だ。

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 学生時代、それ以前から、ここの「どら焼き」しか食べていなかった。関西では三笠とか三笠焼きともいうので、たとえば文明堂の三笠焼きなんてのをフツーに食べてはいたが、本物の「どら焼き」を知ってからは、もっぱら足を御徒町に向けていた。

  学生時代のある冬の朝。

  JR御徒町駅に降りて、まず「吉池」の列に並ぶ。真冬の寒い朝、いや夜明け前の時間、東京だって厳寒の6時半、まだシャッターが下ろされた「吉池」の駅よりの入口にはいつも10人ほどの列が出来ていた。
 新潟の銘醸『雪中梅』を買うための列だった。

 『越乃寒梅』や『八海山』はそこいらの店で買えても『雪中梅』だけは、当時、「吉池」でないと入手できなかったのだ。ダフ屋みたいな業者が列の前後を行きつ戻りつ“買い取りまっせ”なんて手もみして言い寄ってきたものだ。“来月、空き瓶があったら持ってきてよ、瓶だけでも買うから”なんて。
 日本酒のことはワイン以上に詳しいんで(笑)、『雪中梅』だけでも面白い話はゴマンとある。天下の「中央公論」誌上、写真入り4ページで日本酒論を語っているほどだヨン様。えっへん、・・・それは言わない約束でしょ、オトッツァン(←わかるかなぁ^^;ハナ肇!)。

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 まぁええわ、そんで今度は、一升瓶をぶら下げて上野広小路方向に歩き、「うさぎや」の開店前の列に並ぶ。
 あつあつのどら焼きをゲットする。
 これが冬場・月イチのナラワシだったのだ。

 縁側の雪見障子を引き上げて、『雪中梅』をやりながら「うさぎや」のどら焼きをいただく、これが辻さんもビックリの至福のときだった。
 絶妙のマリアージュってこれのこと!
 どちらの甘さにも気品が漂っている。

 雪とどら焼きの相関関係はこの頃から生まれていたのでR( by 嵐山光三郎・嘘デス)。

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 ←これが東京の横綱「うさぎや」のどら焼きだ!!
   ドヤドヤってか。風格があるよね。

 先日の、東京では残雪の頃のお受験。
 わが家から遥か遠くの試験会場は上板橋にあった。日陰では路面が凍結していて足元が危なっかしい会場までの道すがら、早朝だというのに長蛇の列が眼に入ってきた。

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なんだ・なんだ!?

 「石田屋」のどら焼きを買おうとして朝早くから待つ長い列だった。限定300個。お一人さま10個まで。開店と同時に完売してしまうほどの超人気・入手困難な幻のどら焼き。これかぁ!! 栗が丸ごとひとつ入っている。栗どら焼き部門なら、文句なく東京ナンバー1のどら焼きだろう。

 しかしここのは栗だけが突出していて全体評価としては厳しいものがある。
 残念ながら、東京どら焼き・これより三役にはチト遠い。把瑠都みたいな どら焼きだよね、力わざ系の。

 ベスト3というなら、「うさぎや」以外には、
 東十条の「黒松本舗 草月」や浅草「亀十」に票が集まるだろう。

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 写真左・黒松、右が亀十。 →


  しかしながら、ターナー的!には、ぜひとも「すずめや」を加えたい。

 そう、ぼくがたま~に雑司ヶ谷・鬼子母神界隈に出没しているのにはワケがある。この「すずめや」のどら焼きが目的なのだ。「うさぎや」の気品に見劣りしない庶民・下町の味感覚がこの「すずめや」のどら焼きには色濃くある。

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 この三月から「うさぎや」は値上げして一個200円になってしまう。どら焼きの上限は180円だろう、いやだね、俺は。30年以上のファンの看板を外さなくちゃいけねぇかな。   すずめや→
 200円になっても、美味しい・コストパフォーマンスとしては安い!と思うだろうが、こういうメジャー/王道路線が許せないのも、いかにもターナー的!評価なのだ。
 ぼくは、「すずめや」を支持し続け、もう一つ、誰も何も書いていないに等しいどら焼きとして、中野・鍋屋横丁にある「鳳月堂」をぜひともお奨めしたい。
 皮が、しっとりにしてフカフカ(?)つまりカステラ然としておらず、餡が甘すぎずヴォリュームたっぷり。食べごたえがほかのと比較して一番ある!(隠し味の日本酒が効いてる^^)

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 「すずめや」も「鳳月堂」も共にジイサン・バアサンが腰をかがめてやっている(失礼^^;)小さな店である(・・・と勝手に想像している。この代 限りじゃないか?)。

  つくってる和菓子のすべてが限定品。一日分。それしか数が作れない/売れないんだから仕方ない。別に客寄せ・宣伝効果のためにセーブしている訳ではないんだからね^^。それでいい。それがいいのだ。

 ちなみにナベヨコには、「むさしの玉屋」という「うさぎや」系の上品な和菓子屋があって、ここの「亜夢留アムール 〔和風プラリネ〕」は人知れぬ絶品である。バレンタインデーにおフランスの高級チョコなんかあげないでこれにすれば良い。栗と黄身餡とチョコレートの流麗なコンビネーションが愉しめるぜ。  

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2012年1月27日 (金)

お受験中! (^^;)V 

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  ターナー先生、柄にも年齢トシ甲斐もなく^^、只今、某国家試験のお受験中
      “活用なき学問は無学に等し”(福沢諭吉『学問のすすめ』第十二編)
    でして、一次試験が終わる今月末まで、もうしばらくブログはお休みです。
    そういうことなんですよ、事前予告なしで、誠にすみませんでした。

  休筆中ながらも、今日明日あたりで、アクセス数16万件突破しそう。
  有難いことです。
  すんませんね、毎度わざわざお越しいただきまして。
  心より感謝いたしております。

  今回の芥川賞受賞の田中某氏、とんでもねぇ発言をしているので殴ってやろうと
  思っていたところ、インタビューをよ~く聴いていたら、日本文学で好きな作家を
  谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫 の三人! と言っていたのにはビックリ!!
     なんだ俺とおんなじじゃねぇか!!! 
  まいったなぁ。。。似たもの同士(世をすねた引籠りムジナ・・・)デシタ(^^;)

  『スイッチガール!』観てますか??? 
  もう終わっちゃいますよ~っ!!(爆)

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2012年1月16日 (月)

新たなる年のМな女!

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 そろそろ書き出さないとなぁ。。。

 読者諸氏にとっては長い休暇と思われたろうが、年明けから精神の病でずっとブログが書けなかった、というのが本音である。

 今年も元旦から、例年通り一日たりとも正月休みのない勤務態勢が続き、さすがにマキシマム状態で気が滅入ってしまい、人間嫌いもいいとこの心理状態に陥っていることは確かである。
 これではいかんと思いつつ、しかし一向に指は動かない。動かす気がしない。ちょこっとその気になっても・・・やっぱり続かない。

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 今までなら、辛島文雄のピアノ・ソロ・アルバム『エトランゼ』(85年)なんぞを聴いていると、すぐにモリモリと元気が出て来たものだが(実はジャズ・ピアノなら、リッチー・バイラークよりブラッド・メルドーより、キース・ジャレットよりも、これが世界で一番好きなアルバムかも知れない^^; のだが!)、今回ばかりはそうはいかないみたいだ。重症だな。。。


 もう半分が過ぎてしまった今月、一月。必死の思いでこの年始からの出来事を振り返り、一回完結のショートショート、戯言記事を書いてみることにする。

 これはヘビーでハードで長大な『レディー・ガガ論』執筆の準備体操なのだ。
 酒飲んで、ふて腐れているわけにもいくまい。


  辛島文雄トリオの曲から一曲聴いていただこう。
  タイトルがぼくの心境か^^  名曲“I Fall in Love too Easily”。。。
  ●http://www.youtube.com/watch?v=97oEsFv6DzM&feature=watch_response

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 さて、新しい年の実質最初のブログ。

  まずはこの不思議な写真を眺めていただこうか。
〔バックは上の息子のステージ演奏用オリジナル特注サウスポー仕様のエレキギターと自前のライブ・ポスター作品^^。彼はいまでも大阪や名古屋や新宿、池袋、中野あたりのライブハウスで演奏活動を続けている、世に言うヴィジュアル系ロックバンドの(天才?)ギタリストなのだ。といっても、中学生の彼にコードの押さえ方からギター指導していたのは親父のこのぼくなのダ。〕

 実は、この右側手前に見える超小型のエレキギターが、今回の主役なのである。

 Oh! My Favorite Guitar !


 もっとも今回の記事は、カオス・シチリア・ターナー的!記事であることは言うまでもなく、主役と書きながら話はアッチャコッチャと分裂病的に跳びまくり飛びまくるはずだ。お許しあれ!!


 ♥ ♥ ♥

 昨年の夏くらいから、脳梅のニーチェじゃあるまいが、アタマがおかしくなっているようだ。
 「躁鬱病」が日に日にひどくなっている。情緒は絶えず不安定、人付き合いは極端に悪くなり、日々の感情環境の落差には甚だしいものがある。
 それに伴ってのこのブログ記事=ゼミも、変態性欲的!と人から言われ=笑われ続けているようだ。


 大晦日の朝だったか、同病者の大先輩のお一人、北杜夫さんの追悼特番がNHKで放映されて、予想通り番組に登場してきた旧制松本高校からの大親友の辻邦生からの若い日の手紙には、思わず大粒の涙がこぼれてしまった。〔思うに過多の「感情失禁」症状だろう。〕

 躁鬱病に苦しむ北さんに宛てた激励の私信。
 とはいえ文面は、暖かく励ましの言葉を綴っているという内容じゃなかったが。

 その生き方が一番お前らしくていい、と辻さんは言う。お前にしかできない、と。だから続けていていいんだ、無理して元気になろうとしなくってもいい、今のままでいいんだよ!って、あの独特の口調で淡々と語っていた。ま、励ましていたというか。言葉は正確じゃないが、そうぼくの耳には聴こえた。

 死にたい!と思っていたくらいつらい日々を過ごしていて、俺はこのままでは駄目になると落ち込んでいた北さんにとって、辻の手紙は心底有難かったと・・・後年、その頃を回想している老いた北さんの映像が画面に映っていた。
 施設で朝食介助をしながらテレビを観ていたぼくは、老婆の顔のところで食器と箸を宙に止めたまま、涙が止まらなかった。。。両手がふさがっていて、拭うことがかなわなかった。
 親友って、ほんと、いいもんですねって。

 ずっと以前にも、このブログで辻さんからいただいた葉書を無断で紹介している。

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 いままた、先生からの「年賀状」を一枚、ぜひともこの機会にご紹介してみたい。

 毎年いただいていたうちの、最後の年賀状だ。
 高輪のご自宅から出されている。
 先生一流のユーモアに満ちている。

 ぼくらは、直接先生とお逢いできないときでも、ずっとこんな風な葉書のやり取りを続けていた。
 
 そのときぼくは、まだまっとうな、エリート・サラリーマンだった(笑)。

 

 さてさて再び、ミニ・エレキギターの話に戻る。

 年末に本屋に平積みになっていた変な箱のような分厚い本で『大人の科学 Vol. 26』(学研)というのがあった。

 お年玉をもらう前の小学生のような気持ちで、自分に言い聞かせた。

 お年玉を沢山もらって正月三ヶ日が過ぎたら、絶対にあの『科学』を買いに本屋に走ろう。それまで残っているといいんだけど。神様、あの本が売り切れませんように!!

 小学生だった頃、学研の『○年の科学』に夢中になっていた。正確に言えば、月々の『○年の科学』の「付録」に魅せられていた。

  あの頃、クラスで成績の良い子どもたちはみんな、学研の『○年の科学』を定期購読していた。『○年の学習』という月刊誌もあったが、アレはどうでもよかった。『科学』の付録のほうが圧倒的に優れていた記憶がある。知的好奇心があの付録で極度に刺戟され続けていたはずだ。
 ぼくらの時代では、「学研のおばちゃん」はまだ存在せず、何故か知らないが担任が販売(?)配布していた。でもこれって凄いことじゃない? 先生が、校務処理の一環のごとく平然と雑誌を教室で手渡し、また代金の集金袋を回収していたのだから。

 その『○年の科学』の大人版が、この『大人の科学』なのだ。

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 正月に一度、このことを息子に話してみた。
 とっても面白そうな組立式のミニ・エレキギターを本屋で売っているんだけど興味ないか?と。布袋寅泰、渡辺香津美、押尾コータロー、野村義男なんかが絶賛してんだけどなぁ、と。つまりは息子に買わせようという魂胆があったのだが、息子はチャンチャラオカシイ!と鼻先でせせら笑っていた。

 なにを今更、オモチャのギターなんかに興味持ってんの?
 情けないねぇ・・・・・・と。

 親父の年齢なら、ようやく念願の名器が買える!って小踊りして、お茶の水/駿河台の楽器屋に飛んでいくんじゃないの?
 レスポールとかストラトキャスターとか、学生時代にはお金がなくて偽物しか買えなかった世代なんだから。第二の人生は、エレキギターで始まる!って。女房子供をそっちのけにして、エレキ小僧に戻っちゃう、そんなチョイ悪親父の一人なんだろ?、って。
 
 けれども、正月三ヶ日が過ぎて、ぼくは本屋に走った。
 チョイ悪親父は下倉にも黒澤にも行かず、楽器屋でなくて本屋に出掛けて『大人の科学』を買い求めたのであった、ジャンジャン!!

 鉱石ラジオを組み立てている気分で、このミニ・エレキギターを作っていた。
 男はいくつになっても好きなんだよ、こういう科学工作がね。
 天才ジョブスは、自宅ガレージで、マッキントッシュを手造りしちまった^^; 。凡人ターナーは、夜勤の日の真夜中に、0.3mmの導線200回くらいコイルにグリグリ手巻きして「ピックアップ」を完成させ、磁石を取り付け、乾電池二本を電源にして、内蔵のミニミニ・スピーカーから音を出すことに成功した。
 ジャーン! 往年のエレキ小僧 に大変身の巻!! (ナンか変ダな?)

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 ぼくらは加山雄三主演の『エレキの若大将』 に激しく心揺すぶられた世代だ。

 テケテケテケ・・・とベンチャーズを真似て、ビートルズの難解なコードを押さえるのに懸命になり、クラプトンには絶対に及べず(あちゃー!)、ジェフ・ベックを気取って指でスチール弦をはじいていたものだ。
   あまたのギターの神々の愛器を羨望の眼をもって眺めていた。
 フェンダーやギブソンの名器の数々。

 レット・ツェッペリン時代のジミー・ペイジならギブソン/レス・ポール ゴールドトップ1954。
 初期の頃のエリック・クラプトンも愛用していたなぁ。
 大魔神ジミー・ヘンドリックスはフェンダーの62系ストラトキャスター。超カッコいい!
 ジョージ・ハリスンならグレッチの6119テネシーン。 ジョン・レノンはリッケンパッカー 310C64 JGにとどめをさす。 
 ベンチャーズならモズライト。若き日の若大将やエレキの神様寺内タケシが抱いていたのもコレだったね。63系サンバースト。

 そしてついにターナー先生は、“ガッケンのふろくギター”を弾き鳴らすことになる。

 ちなみにこの愛器を、息子のアンプに接続してみた。ステージ用「マーシャル」の巨大アンプに。びっくりしたなモウ!わが豪邸!(!?)が倒壊してしまうかのごとき(??)地響き・大音響!! これには馬鹿にしきっていた息子もニンマリ。なかなか、やるじゃない!?このチビッコイの、って。父さんが夜なべしてコイルを巻いた手作り「ピックアップ」だかんね(笑)。

 みなさん、ちゃんと知ってます??  エレキギターってのは、「ピックアップが命」=心臓部なんだから。電磁誘導でスチール弦の振動を電気の波に変換して、あの音が出ているんだぜ。  
 音を拾う(つくる)のはマイクじゃない。鉄芯に導線を巻きつけたコイル=ピックアップなのだよ、役所くん。このコイルの上で磁性体が動くとコイルに電流が流れる。これが電磁誘導の原理だ。エレキギターではスチール弦が磁性体にあたる。弦の振動回数だけ電流に変化が起こる。振動が速くなると、すなわち音が高くなる。
 コイルの巻き数が大きくなると音も大きく出てくる。ただし音がこもる。ピッチ(線と線の間隔)も広いとすっきり澄んだ音になる。間隔が狭いと低音が強調される。
 巻き数・巻くピッチは企業秘密で、独自のノウハウがあるんですよ。

 コレがあれば、内でも外でも、いつでもどこでもエレキが弾ける、そりゃ結構なことだよ。
 ぼくは早速、バッグにこの愛器を入れて、神楽坂に向かった。なんで?? 赤城神社の境内でエレキを弾くためだ。いや嘘、ギンレイホールでチャン・イーモウの新作『サンザシの樹の下で』を観るためにね。

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 これは昨年の七月から観たくて仕方なかった映画だ。
 主人公の新人女優・・・よりも相手役の男優の青年に注目して欲しい。若い頃の中井貴一そっくりなのだよ、明智くん。
 
 これから観る人には気の毒だが、この監督の作品としては少しもいい出来ではない。いや、駄作の部類だろう。綺麗な映像演出は随所に感じられるが、実話の映画化とはいえハリウッド映画的ご都合主義に満ち満ちている。うんざりもいいとこだ。

 だがしかし、ラストシーン、連れの嗚咽は止まらなかった。
 作品の途中途中でも、彼女の肩が・胸が小刻みに揺れていたのを二の腕に感じていた。
 彼女は映画の後半、ずっと泣き続けていたのだった・・・。フツーの女性が観るとそうナンかなぁ・・・彼女の反応/感想では、いい映画を観させていただきました・有難うございました、と感激のあまり涙の弁だったから、あえてこれ以上作品を批判するのはやめにしよう。ぼくって、相当に人が悪いことになるからね。
   ぼくだって、躁鬱病だが人の子である。やっぱり泣いたさ、クソミソに偉そうに批判しててもね。

 映画を観終えて、よく利用している坂の途中のマクドで、ぼくはバッグからミニ・エレキを取り出して最大ヴォリュームにしてウサギのオメメになっている彼女に向かって弾いてみせた。ドヤ顔でさ。ドヤドヤカッコいいっしょ。俺ってジミー・ペイジみたいっしょ。。。(笑)

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 オモチャにしては素敵すぎるでしょう? 音もいい。ただの親爺だって、こんな芸当が簡単にできるんだよ。

 ま、人生、あんまり深刻にならんように。流す涙もほどほどに。

 俺的にはサ、『サンザシの樹~』、あれってテンデ・ダメな作品だと思うよ。
 この数年、ダメ続きだ、映画としては愚劣すぎる。山田洋次みたい。俺、大っ嫌い、山田洋次!
 小田和正と徳永英明と、この世の中で一番嫌いなマキハラ! あいつら以上に、山田も大嫌いだ。

 でも、チャン・イーモウ、過去から見ればターナー的には全体像は好きなんだよね、不思議と。日本で観られるほとんど全作品を、しかも何度も観ている。特に初期の作品はね。そんな中国人映画監督はほとんどいないもの。
 だから君も、DVDで、よ~く・しっかりと観てみて。抜群の映像演出センスがあった!・・・間違いない、ターナーが選ぶ中国人監督ベスト3の一人だ!
 でもサ、惜しむらくは・・・この数年の作品が・・・どうもダメ過ぎるんだなぁ・・・。情けないほど人間的に、ダメになっちゃったみたい。嘘と信じたいんだけど。。。傘の下でぬくぬく状態の権威主義というか、国策主義的映像作家に成り下がったというか。。。かつての彼の映像の魅力は全く感じられない。。。

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